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30. 六日目夜➆

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「こちらにいらっしゃいましたか。探しましたぞ」

 もっさりと黒い毛を生やした小型の魔獣にまたがった男が、ぬっと茂みから出てきた。魔獣は馬に似た形をしているがそれにしては毛深い。
 褐色の肌に黒髪黒眼。背中には黒いコウモリのような翼。ストレートの髪は、肩口で綺麗に切りそろえている。やや頬がこけており、黒目は小さく、目は釣り上がっている。

「まったく国境の確認に、帝王自ら出向くなど。なにかありましたかな?」
「いや、何も。出迎えご苦労、ジーク」

 ジークと呼ばれた新たな魔族は、魔獣から降りてうやうやしく膝をつく。すんすんと鼻を鳴らし、上目遣いで己の主を見た。
 
「人間の気配がしますな。まさか、侵入があったのですか」

 ぎくっ。
 思いっきり顔に出ている主を、冷たい目でジークはにらむ。互いの土地を侵したものには、それ相応の罰を与えることになっていたはずだ。

「うっかり迷い込んだようだ。丁重に詫びの品をもらったから見逃した。ほら、ジーク甘いの好きだろ? 俺の分も食べていいぞ」

 差し出された白い箱を見て、ちらっと中の菓子を確認して、ジークは小さく溜息をついた。

「わかりました。これの没収が罰だったということで。甘すぎますが。ところで、定例集会がもう始まりますぞ。お急ぎください」
「すぐ行く、先に行っててくれ」

 またこのパターンかと、ジークは肩をすくめた。だいたいこういう言い回しのあとは、なかなか来ないことが彼は多いのだ。

「今日はわたくしが城まで送ります。さあ、魔獣にお乗りください」
「いや、少しだけ用事が……んんっ」

 魔獣に乗るのを拒む主が、いきなりしゃがみだした。腹を両腕で抱えて、顔をしかめている。

「どうされましたっ!?」
「あ、いや、ちょっと……ん……うう……変な感覚が、伝わってくる……?」
「腹が痛むのです?」
「そう! 腹が! 変な感じ……うくっ……いろいろ、だしたい」

 なるほど、今日はこっちのパターンも使うのか。
 ジークはさらに、肩をすくめた。こういう、あの手この手を使ってくる場合、大抵この方はサボるのだ。過去の経験からジークはよく知っていた。
 
「野グ○ですかな。帝王たるもの野○ソはいけないといつも言っているでしょう。城まで我慢してください」
「いや、そうじゃなくて。俺、そんなのしたことないだろ……うぅ」

 妙に顔が赤い。褐色の肌でもわかる赤さだ。
 何かを我慢しているようにうずくまっている。
 いつにもまして、迫真の演技だと、ジークは思った。こういうどうでもいい特技ばかり、一体どこで身につけてくるのやら。

「城のトイレでどうぞ。またここに来たければ、集会の後にしてください。貴方が来ないと我が帝国はまとまりませんし、鎖国も維持できないんですから。さ、行きますよ」
「いや、ほんと、……この状態で集会とか勘弁……って、あいつら、俺のうろでなにしてんだ!?」

 無情にもジークは、顔真っ赤で震える主をひょいっと魔獣にのせる。魔獣はジークに促されて、大人しく進みだした。
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