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18. 五日目夕

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 細い路地裏を、ゼンはシウを抱えて走っていた。後方から追ってくる複数の荒々しい気配。

「もー! ゼンさんが、あんなとこでキスするからあ!」

 先程の、目立ちまくったキスのせいで、シウに気づいた懸賞金狙いの者たちに追いかけられているのだった。シウはゼンの腕の中で縮こまっている。なぜか時々聞こえる爆発音が、余計怖い。
 ゼンは細い路地に入った。その先は行き止まりだ。

「ここで待ってて」

 シウを路地の中ほどに降ろすと、踵を返して路地に入ってくる男たちを迎え討つ。路地の狭さから、必然的に男たちとゼンは一対一となるのだった。シウはゼンが戦う所をはじめてみた。おそらく、すべて一撃で殺している。最初の一人が手にしたナイフを奪うと、それで確実に急所をえぐり、ビクビク痙攣する男を後ろに投げる。武器を奪って殺して後ろに投げ、また奪って殺して投げ。武器が奪えない時は殴り殺して投げ。どんどん、ゼンの後ろに男だったものが積み上がっていく。
 圧倒的に男たちの数の方が多いのに、ジリジリとゼンは前に出ながら男たちを殺していく。

 ほぼほぼ殺し尽くした頃、けたたましい笛の音が鳴り響いた。首都の治安維持部隊が騒ぎを聞きつけてやってきたのだ。
 キキッと車輪がこすれる音とともに、強烈な爆破音が連続してあがる。

「おい!? クイーゼル警備用機械魔術式車両になんて真似しやがる……って、あんたは⸺ぐああっ」

 バタバタと足音や金属音が連続する。
 シウの目の前には死体が山積みにされ、向こうの様子はよく見えない。狭い路地裏に夕陽が逆光に射し込んでいて、なおさらだった。ただ、断続的に爆発音と断末魔が聞こえる。

(ゼンさん、何を殺してるの)

 シウは怖くなって、耳を塞いでしゃがみこんだ。
 だから、気づかなかった。
 シウのすぐ横の壁、上方の窓が静かに開いたことを。

 気づいたときには、腕を掴まれ、窓から建物の中に引っ張りこまれていた。

「ゼンさ……!」

 叫ぶ口を、大きな手が塞ぐ。強い煙草の臭いに吐き気がした。
 目の前で窓が閉まる。そこは、無人の教会だった。ステンドグラスが張られた大きな丸窓が、虹を思わせる影を落とす。
 いつもはミサや結婚式が荘厳に行われているだろう講堂に、男たちの押し殺した下卑た笑いだけが響いている。
 
「くく、これで百ダルクとかちょろいな」
「さっさと行くぞ! 護衛の男、あいつはまずい」
「気づかねぇよ」
 
 男は二人組だった。一人は痩身で落ち着かなげにきょろきょろ警戒し、もう一人はシウを抱きかかえて下卑た笑いをあげている。もう百ダルク手にした気分なのだろう。

「顔も良いし、こりゃ身体も良いな」

 口を塞ぐ手とは反対側の手で、ぎゅっと胸を掴まれて、シウは鳥肌が立った。気持ち悪くて吐き気がする。必死で首を振って、わずかに男の手が離れたタイミングで、シウはその手に噛みついた。

「いってえな!」

 頭を殴られて、一瞬、シウの意識が遠のく。

「おい! 傷つけるな!」

 男の言葉が終わらないうちに、近くの窓が激しくぶち破られた。擦過音とともに、シウの間近から蛙が潰れたような音が二度聞こえ、二人の男が無機質な音をたてて崩れ落ちる。

 まるで被ったように返り血を浴びたゼンが、すぐ近くにいた。金の瞳はどこまでも剣呑な光を帯び、ひどく息が荒い。前にも一度、見たことがある光景だった。

「ゼン、さん……」

 金の瞳に射すくめられて、シウは動けなくなる。まるで、狩られる直前の獲物の気分だった。不意に、ずくりと身体の奥が熱を持つ。
 間近に跪(ひざまづ)いたゼンが手をシウに伸ばす。血まみれのその手に掴まれることを想像しただけで、シウは顔が熱くなるのを感じた。うなじの傷がじくりと存在感を主張する。
 武骨な手がシウに届く直前、ぐっと握りこみ、すっと引く。ゼンはシウに触れることなく、己の腕をがぶりと噛んだ。痛いのだろう、眉をしかめながらそれでも噛むのをやめない。ぱたぱたと、血が床にしたたる。しばらく噛んだ後、ゼンは血で汚れた口元を服で乱暴に拭った。

「シウ、大丈夫?」

 その声は、いつものゼンだった。シウが殴られたところを優しく確認すると、安心したように息を吐く。腰に力が入らずへたり込むシウを抱き上げ、こめかみに頬ずりした。

「大丈夫、大丈夫です!」

 シウは大きく息を吸い込むと、真っ赤になっている自分の頬を両手で力いっぱい、ばっちーんと叩いた。



 屋根の上から、そっと下の様子を伺う。何台もの破壊しつくされたクイーゼル警備用機械魔術式車両に、倒れ臥す男たち。夕陽に照らされて石畳に伸びる長い影は、ピクリとも動かない。
 遠くからわらわらと、追加のクイーゼルや警備隊員がやってくるのが見えた。

「目撃者はいない」

 全部殺したから。
 そういうことなのだろう。
 シウはちらりとゼンを見る。ゼンはいつもと変わらぬ、無表情で眼下の惨状を眺めていた。おそらくこの死体の中には、ゼンの知り合いもいたはずだ。護衛の仕事にしては随分と思い切っている。
 シウは、きゅっと唇を噛みしめた。
 
「良い仕事をありがとうございます。これで、動きやすくなりました」

 迫る夕闇を、石畳に溜まった血の赤がくろぐろと照り返した。
 
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