上 下
16 / 50

16. 五日目昼➀

しおりを挟む
 シルクスタの首都ドーマ。その南西に位置する中央市場は、国内で最も規模が大きく、多くの人が新鮮な食材を求めて集う。広場内には露天がひしめき合い、あちらこちらで客引きが、目の肥えた客相手にあの手この手の営業トークを披露している。
 
 混み合う雑踏の中、ゼンは見上げるほどの高さの荷物を両手に抱え、バランスを取りながら、器用に人を避けていた。

「おじさん、この小麦粉、十クル分買うんでまけてください。端数はおまけしてもらえます?」
「ただでさえ、最近税金があがってひいこら言ってるんさね。悪いけど嬢ちゃん、これ以上は無理だな」

 横の露天でシウが激しく値切り交渉をするものの、露天商は渋い顔で首を振る。
 
「じゃあ、ここの木の実おまけにつけてくれません?」
「んー、まあ、それぐらいなら。ほんと、あの貴族どもは何考えてるのかね。リベリオンがうまくやってくれりゃあなあ」

 なおも食い下がるシウに根負けし、露天商が妥協した。木の実代がわりとでもいうのか愚痴りだす。
 
 自分たちの利益にしか興味のない貴族たちのこと。
 身分制度に対する不満。
 そして、革命にまたもや失敗したリベリオンのこと。
 
 ちなみに、リベリオンというのは、この国の革命家である。貴族による圧政を憂いて、何度か革命を試みた結果、今では思想犯として投獄されている。

 露天商の愚痴を手頃なところで切り、シウは露天の中からゼンを手招きした。

「ゼンさん、これも、って、両手の上には乗らないですね」

 ゼンがかがむと、子供一人分はありそうな重量の小麦粉袋が、肩にずしりと乗る。うまくバランスをとりながら立ち上がったゼンがあたりを見回すと、シウは、すでに次の露天でなにやら交渉していた。

 果てしなく積まれる荷物を見て、ゼンは思った。

(まだ下着買ってないけど大丈夫かな)

 そう、あれは、ここに来る少し前。
 婚約者が敵であると判明し、ゼンが胸をなでおろした後のこと。
 
 シウが唐突に勢い良く叫んだのだった。

「そうだ、下着、調達しなきゃ!」

 死活問題である。
 そう、シウは述べた。まともなシウの服といえば、奴隷商のところで着ていた簡素な服のみである。それ以外は、全くサイズの合わないゼンの服を折り折りして着ていた。なんなら、ワンピースよろしく羽織っていた。服はそれでいい。
 しかし、下着は流石にそんなわけには行かない。
 仕方がないので、シウは履かずに我慢することもあったらしい。さすがにそろそろ、服や下着を揃えたいとのことだった。

 ゼンとしてはあまり気にしなかったが、言われてみればシウの服を脱がす時に履いてなかった気がする。
 ためしにぴらりとシウの服をめくると、ほんとに履いてなかった。

「きゃああ! それはだめです! えっち!」

 顎にきつい衝撃をくらい、思わず蹲(うずくま)る。見事なアッパーだった。咄嗟に衝撃を逃していなければ沈んでいただろう。
 あれだけやることやってるのに、この仕打ち。不思議に思いつつ殴られた顎をなでていると、シウも一緒に顎を撫でてくれる。

「す、すみません、ゼンさんがあんなことするなんて思わなくてつい」

 一通りゼンを撫で撫でしたシウは、ぴとっと身体をくっつけてゼンを抱きしめる。シウの柔らかい圧迫感をゼンが堪能していると、耳元に軽くキスしながら、シウが囁いた。

「ゼンさん、そういうご趣味があるのですね。覚えておきます」

(どういうご趣味だ!?)

 狼狽しているうちに、シウはゼンの頬にキスして、向こうに行ってしまい、結局詳細は聞けぬまま「中央市場でお買い物ですよ!」と言われ、今に至る。

 中央市場では、ゼンはいつものようにフードで顔を隠しており、シウも同じように顔を隠している。さすがに懸賞金がかけられている顔を晒すわけにはいかない。
 といっても、ゼンがすごい量の荷物を持っているせいで目立ってしまっていることに二人は気づいていなかった。しかも、荷物は増え続ける。
 さすがにゼンもバランスをとるのが難しくなってきたころ。シウが、ぴたりと歩みを止めた。顎に手を当て、じっと真剣な表情で遠くの露天を見ている。
 視線の先には仲良さそうなカップルが、のんびりと手を繋いでショッピングを楽しんでいる。

「こういうところは初めてでしたので、はしゃぎすぎたようです」

 こほんと咳払いすると、シウは市場の一角に向かった。そこには、たくさんの荷馬車が所狭しと並んでいる。シウは馬車を眺めながらゆっくり歩き、その中のひとつの前で足を止めた。幌馬車の、本来なら馬がいる部分に二本足のトカゲみたいな生き物がいた。灰色の身体に背中から尻尾にかけて赤い背ビレが立っている。トカゲは、黄色い目をくるりとまわし、首を傾げてシウを見た。

「すみません、この跳馬はねうまで荷運びお願いします」

 幌の中から、たぷんと腹を揺らしながら中年の男が出てきた。赤ら顔だが酒臭くはない。シウを見て、ゼンを見て、荷物を幌に乗せろというように顎をしゃくった。

「国境近くか。途中までは跳馬でいけるが、魔獣の気配で怯えちまう。河馬虎カバトラに乗り換えなきゃならん。追加料金かかるぞ」

 シウが手続きしている間、荷物を乗せ終えたゼンは、跳馬の顔の横をなでる。うっとりと目を細めながら跳馬はゼンの手に顔を預け、何度も額をこすりつけた。
 
 軽快に車輪を鳴らす男と跳馬を見送ったシウは、ぴょんとゼンの横に来て、手を握る。

「おやつ、食べ歩きしちゃいましょうか」

 嬉しそうににこにこしながら、ゼンの腕に寄り添う。普通に立つと、シウの背はゼンの肩より低い。手も握っているというより、ゼンの手の端っこを持っている。ゼンは少し身体をかがめて、シウの手を包むように握った。
 
 おやつどきのせいか、いろんなところから良い匂いがしてきて、シウもゼンも匂いに誘われるままに歩いては、気になる屋台を指さす。大抵、シウが美味しそうなものを見つけ、その後をゼンが背を縮めながら屋台の中を覗き込むのだった。
 
 蜜に漬けて熟成させたフルーツを串に刺したもの。
 蒸した丸芋をスライスしてカリッとあげたもの。
 野菜ベースの温(ぬる)いジュース。
 
 あれこれと食べて飲んでは、たまにはんぶっこしてみたりする。
 
「こうやって、外で男の方とデートするの初めてなんです。楽しいものですね」

 ご機嫌なシウの話を聞きながら、ゼンは一瞬首筋がチリチリした。振り返ってみても特に不審な影は無い。

(少し、目立ちすぎたか)

 警戒度合いをあげながら、シウの話に耳をかたむけた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

処理中です...