SSランク冒険者ですが今日も初級者用ダンジョンで大好きな人を見守ります

てへぺろ

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 どんっとカウンターに置かれた採集品をみて、受付嬢のサラは目を丸くした。

「ロ、ローゼさん、これ、これって!」
「今回のクエスト完遂したわ。メインもサブもね。報酬受領手続きお願いできる?」

 クエストカードと採集品の間を、何度も目線を往復させながら、サラは手元の台帳を確認する。採集品の大きさや重さを測り、うわあと声をあげた。

「すっごおおい! ミノタウロスの角片とか、この大きさなら一ルクス金貨いくんじゃないですか。それを独り占めとか、いいなぁ。うらやましいなぁ」

 一ルクス金貨はかなりの大金だ。それだけあれば、一家族が一ヶ月、余裕で暮らせる。普通はパーティーを組み、仲間と分けるレベルの報酬である。

 サラは手をぐーにして頬にあて、しなをつくった。目の前のローゼの顔が金貨にみえる。
 
「ローゼさあん、こんど一緒にごはんいきません? もちろん、ローゼさんのお・ご・りで」
「行くわけないでしょ。これでダイブ装備一新するんだから外食する予定なんかないわよ」
「えええええ、信じられなあい! もったいなあい! なんてお金のむだづかい!」

 むきいいいっとサラがカウンターのむこうで歯噛みしている。
 ローゼがダンジョンで稼いだ金なのに、図々しいにもほどがあるサラだった。
 
 下手すれば報酬をちょろまかしそうなサラを、ローゼはきっと睨む。

「もう、ばかなこといってないでさっさと報酬渡しなさい」
「はぁい。ううっ、ソロダイブがこんなに儲かるなんて……信じられない。なんかくやしい。……ねぇ、アッシュさんもそう思いません?」
  
 ぴょこんとポニーテールがひとゆれし、サラがローゼの後ろを覗きこむ。ローゼのすぐ後ろでクエスト受付けの順番待ちをしている眠そうな男性を上目遣いにみやる。
 
「あ………………、えっと」(小声)

 目の下にクマをつくり、ぼんやりとしていたアッシュは、腕に大きな箱を抱えていた。声をかけられて、咄嗟に顔をあげ、一瞬固まり、また顔を下げる。灰青色の髪で隠れていなければ、その耳が真っ赤であることがみてとれただろう。
 
「その、ローゼさんに、これ、これを⸺」(小声)
「受付業務の邪魔になっちゃってるみたいなので、私はこれで失礼しますね」

 モゴモゴと何言ってるか聞こえないアッシュにちらりと目線をやり、ローゼはさっさとその場をあとにした。
 報酬はもう受け取った。
 どうせ昨日のような腹立たしい展開になるに決まっている。また、苛立ちを覚える前に立ち去るのが賢いというものだ。

 ローゼの背中越しに、サラのきんきん声が響く。

「あっ! アッシュさん! その箱、首都で話題のお菓子屋さんの箱じゃないですかー! 昨日、私が言ったこと覚えててくれたんですねっ!」

(私と全然住む世界が違うわね)

 ローゼは泥で汚れたブーツを見て、自嘲気味に息を吐いた。

 確か、あのアッシュという男は若くして冒険者として成功の王道ど真ん中を大手を振って歩んでいるはずだ。女性から誘いを受けているところもよくみる。なぜこんな田舎カノープスの副ギルドマスターを兼任しているのか知らないが、その華々しさはローゼには眩しすぎた。

(あの目の下のクマは、女遊びかしらね)

 抱えていた可愛らしい袋に入った箱も、あの受付嬢にでもあげるのだろう。そういうところには気が回りそうなタイプだ。

(あんなきれいで優秀な男の子が、可愛らしいお菓子を買ってきてくれるとか)

 自分の人生とは無縁すぎてため息しかでない。
 別に、うらやましくもない。
 嬉しそうにサラがお菓子をうけとるのを見たくなくて、ローゼは足早にその場をあとにした。

 
「結構、男性がはいりにくい店構えって聞いてるんですけど、大丈夫でした? って、アッシュさん、なんでそんな小声なんです?」
「はっ、もう小声じゃなくてよかったんだった!」

 はふっと息を吐いて、アッシュはお菓子の箱をカウンターにおいた。
 ほぼ貫徹のまま、朝イチで首都の冒険者ギルド本部に呼び出され、ひと仕事こなしたため、眠くて頭がうまく働かない。
 手元の菓子は、完全に寝不足でかるくラリった状態で、「ローゼさんが喜びそう」ってブツブツ言いながら、首都のおしゃれな女の子向けの菓子屋で買ったのだった。
 確かに店構えは可愛らしくて一瞬ひるんだが、アッシュよりももっと不釣り合いそうな体格の良い怪しげな男が常連風吹かせて店から出てきたので、それに背中を押される形でアッシュも店に入ることができた。
 店でも小声だった気がするが、可愛い店員さんはそういう男性客の扱いに慣れているようで、手際よく注文をとって菓子を包んでくれた。

 そして、ローゼのダンジョンからの帰還に間に合うよう、大急ぎで帰ってきたのだが。
 
 すでに目当てのローゼの姿はどこにもなく。
 アッシュはうなだれながら、箱をサラの方に押しやった。
 
食べてください」
「きゃーん!に買ってきてくださったんですね! ありがとうございますうぅ!」
「じゃ、僕はもうこれで」
「ああん、アッシュさんも一緒に食べましょうよう! なんなら、今夜、一緒に食べません? お菓子じゃなくてもいいんですけどぉ。あぁん、つれない」

 熱烈にサラが目配せするものの、アッシュは、眠そうに首を振り、とぼとぼとその場をあとにするのだった。
 

 それから数日後。
 冒険者ギルドのはり紙をみて、ローゼは唖然とした。

”ダンジョン内で臭いの強い食べ物禁止(例:カノップスープ)”

「ええっ、なんで!?」

 どうやら、においの強い食べ物をダンジョン内でとると、魔物たちへの飯テロ状態となり生態バランスに悪影響を及ぼす可能性があるらしい。
 ミノタウロスの子供の夜泣きが止まらなくなるといった具体例がそこには書かれていた。

(しかたないかー。じゃあ、匂いが少なくて美味しいものつくろ!)

 あきらめずに、ローゼはあらたなレシピへのチャレンジに意欲を燃やすのだった。

 
 そんなローゼを柱の影から見つめるものがあった。

(ローゼさん、すみません、こればっかりは対処せざるを得ず)

 アッシュである。
 明け方までミノタウロスと死闘っぽいものを繰りひろげ、最後、負けを認めたミノタウロスからよくよく話を聞いたところ、カノップスープが原因で困っているということだった。そのため、冒険者ギルドに注意喚起することをミノタウロスと約束した。

(それにしても、ちゃんと魔物の事情まで配慮できるなんて、誰かしら? 素敵ね)

 などとローゼの中で、ひそかにアッシュの株があがりかけているのだが、見守っているだけのアッシュに、それを知る術はまだない。

 さて。
 このあとも変わらずローゼを見守り続けるアッシュの運命が変わるのは、ここから約三ヶ月後。
 ダンジョンでスライムに襲われたローゼを助けて治療したことをきっかけに、二人の仲は大きく進展するのだが、それはまた別のお話。

【完】
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