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ぐ…………きゅるるるるる……
思わず主張してしまった腹の虫に、慌ててアッシュは腹を押さえた。こんなことで、気づかれるわけにはいかない。
ローゼがいる場所からしばらく離れたここ、大きな岩の影である。
そこからアッシュは時折、ローゼをこっそりのぞきつつ、美味しそうなスープの匂いを堪能していた。
もちろん、きれいに気配は消している。
アッシュはカノープス冒険者ギルドの副ギルドマスターである。
冒険者とはいえ、女性がソロでダンジョンに潜るとか通常ならありえない。危険もたくさんあるだろう。ということで、管理職の職務の一つとして、ローゼを見守りにきているのだった。
そう、これはアッシュの最重要業務である。
仕事である。
ちなみに、誰かに命じられたわけではなく、アッシュが勝手にやっている。
(ローゼさんの、カノップスープ……! おいしそう! 匂いだけでパン三斤はいける……!)
とか思いつつ、手元の携帯食料をさみしくかじる。味も素っ気もなく、栄養しかないこの携帯食料。普通、冒険者のダンジョンで飯といえば、これである。
しかしここに、ローゼのカノップスープの匂いが加わるだけで、あら不思議。
一つ星料理店のメインディッシュもかくやというご馳走に早変わりだ。
(ローゼさん、美味しそうに食べてる……かわいい)
そう、これは仕事。
仕事なのだが。
アッシュは、ローゼにベタぼれだった。
ちなみに、片想いすること十年。十歳の時に十七歳のローゼにプロポーズして、見事に玉砕した過去を持つ。
長く患い過ぎた恋心は、もはや悟りの境地に達していた。
ローゼに直接アプローチどころではない。
視界の端で彼女を見守れればいい。
なんなら、同じ空間で息を吸っているだけで幸せ。
それぐらいに悟りきっていた。
(美味しいって叫んだ! かわいい!)
もう、ローゼが何してても、アッシュは楽しかった。
副ギルドマスターの権限で、「ソロダイブだめです」とか「僕がついていきます」とか言えばよかったのかもしれない。しかし、毎回、あまりにローゼが楽しそうにソロダンジョンを楽しむものだから、なんとなく野暮な気がして言い出せていない。
アッシュが携帯食料をちまちま食べ終わったころ、ローゼも食事が終わったようだ。鍋に蓋をしてダンジョンの壁際によけ、別の鍋で湯を沸かしてお茶を淹れている。
どうやら、粉引きにした猩々豆のお茶のようだ。アッシュのところまで深みのあるほろ苦い芳香が漂う。
その香りにうっとりしているアッシュの耳に、ローゼの独り言がとびこんできた。
何やらブツブツと、あまりよろしくない思い出について愚痴ってるようだ。お茶の入ったカップに話しかけるみたいに愚痴っている。
(あんまり、プライベートなことは、聞いちゃだめだな)
そう思い、少し岩の奥に引っ込もうとしたアッシュの耳にそれは聞こえた。
「あの副マスさんには、ちょっとわるいことしちゃったな。八つ当たりで、態度わるかったよね」
副マス。副ギルドマスターのことである。
(俺!? ローゼさんが俺のことを脳内に思い描いてらっしゃる!?)
不意打ち的な衝撃に思わず岩影ぎりぎりまでにじりよるも、アッシュはひとつ息を吐いて吸って落ち着こうと試みる。
副ギルドマスターは、三人いる。
もしかしたら、アッシュのことじゃないかもしれない。
それでも、胸がドキドキのバクバクで落ち着かなかった。
思わず主張してしまった腹の虫に、慌ててアッシュは腹を押さえた。こんなことで、気づかれるわけにはいかない。
ローゼがいる場所からしばらく離れたここ、大きな岩の影である。
そこからアッシュは時折、ローゼをこっそりのぞきつつ、美味しそうなスープの匂いを堪能していた。
もちろん、きれいに気配は消している。
アッシュはカノープス冒険者ギルドの副ギルドマスターである。
冒険者とはいえ、女性がソロでダンジョンに潜るとか通常ならありえない。危険もたくさんあるだろう。ということで、管理職の職務の一つとして、ローゼを見守りにきているのだった。
そう、これはアッシュの最重要業務である。
仕事である。
ちなみに、誰かに命じられたわけではなく、アッシュが勝手にやっている。
(ローゼさんの、カノップスープ……! おいしそう! 匂いだけでパン三斤はいける……!)
とか思いつつ、手元の携帯食料をさみしくかじる。味も素っ気もなく、栄養しかないこの携帯食料。普通、冒険者のダンジョンで飯といえば、これである。
しかしここに、ローゼのカノップスープの匂いが加わるだけで、あら不思議。
一つ星料理店のメインディッシュもかくやというご馳走に早変わりだ。
(ローゼさん、美味しそうに食べてる……かわいい)
そう、これは仕事。
仕事なのだが。
アッシュは、ローゼにベタぼれだった。
ちなみに、片想いすること十年。十歳の時に十七歳のローゼにプロポーズして、見事に玉砕した過去を持つ。
長く患い過ぎた恋心は、もはや悟りの境地に達していた。
ローゼに直接アプローチどころではない。
視界の端で彼女を見守れればいい。
なんなら、同じ空間で息を吸っているだけで幸せ。
それぐらいに悟りきっていた。
(美味しいって叫んだ! かわいい!)
もう、ローゼが何してても、アッシュは楽しかった。
副ギルドマスターの権限で、「ソロダイブだめです」とか「僕がついていきます」とか言えばよかったのかもしれない。しかし、毎回、あまりにローゼが楽しそうにソロダンジョンを楽しむものだから、なんとなく野暮な気がして言い出せていない。
アッシュが携帯食料をちまちま食べ終わったころ、ローゼも食事が終わったようだ。鍋に蓋をしてダンジョンの壁際によけ、別の鍋で湯を沸かしてお茶を淹れている。
どうやら、粉引きにした猩々豆のお茶のようだ。アッシュのところまで深みのあるほろ苦い芳香が漂う。
その香りにうっとりしているアッシュの耳に、ローゼの独り言がとびこんできた。
何やらブツブツと、あまりよろしくない思い出について愚痴ってるようだ。お茶の入ったカップに話しかけるみたいに愚痴っている。
(あんまり、プライベートなことは、聞いちゃだめだな)
そう思い、少し岩の奥に引っ込もうとしたアッシュの耳にそれは聞こえた。
「あの副マスさんには、ちょっとわるいことしちゃったな。八つ当たりで、態度わるかったよね」
副マス。副ギルドマスターのことである。
(俺!? ローゼさんが俺のことを脳内に思い描いてらっしゃる!?)
不意打ち的な衝撃に思わず岩影ぎりぎりまでにじりよるも、アッシュはひとつ息を吐いて吸って落ち着こうと試みる。
副ギルドマスターは、三人いる。
もしかしたら、アッシュのことじゃないかもしれない。
それでも、胸がドキドキのバクバクで落ち着かなかった。
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