SSランク冒険者ですが今日も初級者用ダンジョンで大好きな人を見守ります

てへぺろ

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 カノープスの街近郊のダンジョン十五層。
 闇と静寂が支配する中、ローゼはランタン片手にゆっくりと歩をすすめる。

 ゴツゴした岩だらけの地面は、濡れており滑りやすい。他に生き物の気配はない。ローゼの静かな足音以外は、水の滴る音がダンジョン内に響きわたるばかりだ。

 特に壁際に近いところを、ローゼは注意深く観察しながら歩く。壁と地面の境目。そこには無数の石が落ちている。平べったいものや、ゴツゴツしたものに混じり、ごくまれに球状の石が転がっていることがある。大きさは子供のこぶしくらいだ。それを、ローゼは探していた。

 今日のメインクエストは、『ベルシュガーの幼体』を三つである。ちなみにサブクエストは『ミノタウロスの角片』。ミノタウロスは、もっと深層にいるボス級モンスターであり、ローゼ一人でどうこうできる相手ではない。はなからサブクエストは、範疇外だ。報酬には心惹かれるが、いつものようにメインクエストに集中する。 

(これかな?)

 他よりも少し黒っぽい球型の石。それをランタンの灯りで照らしながら、タガネとハンマーで注意深く外側を削る。
 小気味よい音とともに、薄く石片がはがれる。中には、黒い葉っぱのようなものがくるくると丸められて入っている。葉っぱをかき分けた奥に、小指の先ほどの艷やかな赤い丸い物体があった。

 間違いない、ベルシュガーの幼体の魔核だ。

(黒ってはじめてみたかも)

 ベルシュガーは植物系のモンスターであり、幼体だろうが成体だろうが、大抵白い。
 幼体を陽の光に当てると芽吹き、いくつもの大輪の白い花を咲かせる。その花を摘んですり潰し、茹でてアクをとり乾かすことで、甘みのある粉末となる。これが、シルクスタ共和国で広く親しまれている甘味料”ベルシュガー”だ。
 最近、輸入されるようになった、アクムリア連邦王国の天花蜜や、蜜葵ミツリーフほど華やかな味わいではないが、料理や素朴な菓子には十分役立つ庶民御用達の甘味料である。
 ちなみに適切に管理すれば、人を襲うことはない無害な魔物だ。

 ただ、ローゼはいままで、黒いベルシュガーは見たことがなかった。

(亜種? 突然変異なのかも)
 
 鼻を近づけてみると、変わったコクのある香りが鼻孔をくすぐる。

(これはこれでありかも。でもクエスト達成条件に含まれなかったら困るなぁ)
 
 黒ベルシュガーはクエスト的にノーカンと言われたら悲しいので、これ以外にも三つ、普通の白いベルシュガーを採集することにした。

 ひたすらコツコツと探すこと数時間。ローゼの腹時計が静かに主張しはじめる頃、無事に白ベルシュガーの幼体を三つ採集することができた。

 んんーっと伸びをして、戦利品を大事にしまう。
 採集しているときも楽しいが、この達成感もたまらない。
 
 言いしれぬ充足感に、ローゼは鼻歌混じりで今夜の拠点の準備をする。
 今日はこのまま、ダンジョン内で一泊して、地上に戻るのは明日だ。

 ここから先も、ローゼのお楽しみタイムである。
 今日はいつもより早めに潜ったから、時間がたっぷりある。

(せっかく水が豊富な十五層なんだから、カノップスープ作らなきゃ)

 ウキウキしながら熾石しせきで火を起こす。煙が出ない、ダンジョン用の特別な火だ。
 そこに、用意しておいた鍋をかける。水は張らず、まずは、ジャノメウシのミルク脂を溶かす。ふつふつと細かな泡がまわりから立ち、コクのある甘い香りがしてきたところに、刻んだリガの根をいれて軽く炒める。香ばしいかおりが立ったところで、千切った干し肉と、細かく刻んでおいた根菜類をいれて、美味しい香りをまんべんなくまぶす。
 
 そして用意しておいたダンジョン水を加えて、ひと煮立ち。このダンジョン十五層の、常に水が滴りおちているつらら石の下にあらかじめ鍋を置いておくと、ミネラルたっぷりの水がたまる。栄養価が高いし、食材の旨味も増す素晴らしい水だ。ローゼは、これを勝手にダンジョン水と呼んでいる。
 
 沸騰したころ、スープの素をいれる。スープの素は、細かく刻んだハーブ類を、発酵させたラバピグルンの肉に混ぜて丸めたものだ。あらかじめ家で仕込んで持ってきていた。
 蓋をしてくつくつ煮込む。漂う独特の香りは、すべてのシルクスタ民の胃を魅了してやまない。
 
 煮込んでいる間に、雑穀パンをスライスして火のそばにおいておく。硬くてシンプルな味わいのパンだが、少し火で温めるとパリッとして美味しさが増す。シンプルなだけに、癖のあるスープにもよく合う。

 木の椀によそうだけで、たちのぼる香りに喉の奥がじわりと潤う。今日はまた、格別に出来栄えが良い。

 とろみのついたスープに、パンを浸してすぐに食べる。浸しすぎるとパリパリ感がなくなるので、すぐに食べるのがコツだ。

 口の中にいれたとたん、じゅわっとぱりっと肉の旨味が広がった。

「ああ、美味しい~!」

 おもわず叫んだローゼの声が、ダンジョン内にこだましていく。
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