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04. もうひとつの姿

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 朝の目覚めはここちよかった。
 あったかですべすべしたものにくるまれて、なんともいえない充足感とともに目覚める。

「おはようクロキ」

 念話ではないルーサーさんの声。間近に聞こえた声の方を、目をこすりながら見て、びっくりした。

 そこにいたのは、犬でも獣人でもなかった。

 黒と白銀が半々くらいメッシュで混ざる髪に、抜けるような白い肌。通った鼻筋に、切れ長の青い瞳、凛々しい眉。

 人間の、二十代くらいの男の人がそこにいた。
 ただ、普通の人間と違うのは頭の上に、黒い大きな三角の耳がちょこんと乗っている。どうみてもハスキー犬の耳だ。

 その犬耳な麗しい方が思いっきりベッドの上で私に添い寝してくれている。横になった私の耳にあたるのはどう考えても彼の二の腕。つまり腕枕。
 しかも、彼は裸だった。下半身はシーツかぶってるけどたぶん全裸。あわてて自分の身体を確認すると、私自身はきっちり寝間着を着ていた。

「よく寝てたね」
「は……はうあ……この声、ルーサーさん……!?」
「そう。随分と獣力が溜まったから、この形態をとることができるようになったんだ」

 絶句する私を前に、ルーサーさんはくすくすと楽しげに笑ったりなんかしている。精悍な顔立ちは、笑うと一気に人懐っこいあどけなさを含む。
 犬のときもかっこよかったが、人間の顔立ちもずいぶんと整っていて、笑った顔から目が離せない。

 ルーサーさんは、ゆっくりと私の頬に触れた。壊れもののように触れて親指で頬の輪郭を撫でる。
 いや、そんなことされたら、顔が熱くなるんですけど。

「これなら、少しはクロキも俺のこと、男として見てくれるだろ?」

 青い瞳でまっすぐ私を見ながら、そんなことを言ってくる。

⸺男として

 今まで私はルーサーさんだけじゃなく、この世界の獣人たちを無意識に犬としか見ていなかった。異なる種族の異なる存在で、男女とかそんな意識まったくなかった。
 そんな私の気持ちを見透かしたような、ルーサーさんの言葉だった。

「いいか、クロキ。この国では、あの獣人の姿が基本なんだ。獣人形態以外は、ごく親しい人にしか晒さない。昨日の俺の完全獣体も、今のこの姿も」

 ルーサーさんが、私の手を握ってくる。その手は今までのような毛に覆われた手ではなく、普通の人間の手だった。指を重ねてきゅっと握ってくる。

「そしてどの姿であれ、一緒にベッドで一晩過ごすっていうのは、そういうことだ」

 握った手が持ち上げられ、指先に柔らかな唇が触れる感触。

「クロキ、俺はお前が憧れてる素敵な恋とやらの相手になりたいと、思っている」

 刺激と衝撃で、私はさっきから動きも思考も固まったまま、まるで時が止まったように、ひたすらルーサーさんを凝視していた。
 そんな私に、柔らかな唇の感触とか、恋の相手とか、でかい爆弾が投下されて、ようやく声が出る。

「ルーサーさんが、犬じゃない……!?」

 唇を私の指先に押し当てて、しばらく伺うようにこちらを見ていたルーサーさんは、目を伏せると、静かに私の手を離した。

 いや、伏せた瞳のまつげが長いし白銀混じって光の加減でキラキラしてるし、ちょっと色っぽいとまで思ってしまうのどうしよう。
 私はいまだに混乱まっさかりである。

 ルーサーさんは目を伏せたまま、小さくほほえんだ。

「まあ、そうだよな。いきなり、こんな姿を見せられても困るよな。クロキもこれに懲りたら、人と異なる形の者に油断しないことだ。今後、護衛役は他の獣人に替えてくれ」

 それだけ言うと、ばさりとシーツを羽織り、私に背を向ける。ちらりとシーツの隙間からガッシリとした背中と、尻尾が見えた。
 尻尾は、ぴったりと垂れさがっている。一緒にいるときはいつも軽く振ってたり、ちょっと持ちあがってたりするのに、身体に沿うようなぴったり具合の垂れ下がりだ。

 その悲しそうな尻尾を見て、ようやく私は理解した。
 さっきの私の一言は、きっと、彼をすごく傷つけてしまったのだと。

「ちょっとまって!!」

 シーツ越しに思いっきり、去りゆく背中に抱きつく。動揺と混乱のあまり、なんて言っていいかわからない。どうにか、心の中のぐちゃぐちゃした想いを言葉にする。

「ごめん、わかってなかった、私、全然あなたたちのことわかってなくて。犬とかいってごめん!」

 わしわしと誤魔化すように、ルーサーさんの大きな手が私の頭をなでる。

「そうだろうと思ってたから気にしなくていい。こうなることはわかっていたのに、俺が我慢できなかった。こっちこそ、驚かせてごめん」

 こんなときにも、ルーサーさんの声は優しい。
 大きな手の甲でそっと私の頬を一度なでて、ベッドから立ちあがろうとする。

 このまま行かせてしまったら、なんだか二度と会えない気がした。
 なんとか止めたくて思わず、ルーサーさんの尻尾の付け根をシーツの上からぐっと押す。

「んんっ!」

 その場でぺたりとルーサーさんがへたりこんだ。

 そうここは、腰百会こしひゃくえ数多あまたの犬が、骨抜きになる超気持ちいいツボなのである。

「おねがい、話をきいて!」

 ぎゅむぎゅむと腰百会を押しつつ、三角の耳の根もとも優しくマッサージをする。

「くっ……効く……っ!」

 ルーサーさんがうつむいて震え出した。耳の根元もきもちいいポイントである。

「いまごろ、こんなこというのは虫がいいと思われるかもしれませんが」

 ルーサーさんの、まるで筆で書いたようなきれいな眉。いまはもみもみされて切なげに寄せられているその顔をのぞきこむ。青い瞳が少し不安げに私を見た。

 やっばい。
 この端正なお顔でこの表情とか、よだれでそう。
 
 いや、そんな邪念にまみれている場合じゃない。とにかく、ルーサーさんに正直な気持ちを言わなければ。

「実は、今のルーサーさんは男性としてめちゃめちゃ私の好みです。さすがに心の準備期間は欲しいので、お友達くらいからはじめてもっと仲良くなるのはどうでしょうか」

 ぱっとルーサーさんの顔が上がると同時に、シーツ越しに尻尾もぴこんとあがる。

「ほんとに!?」
「はい、わたしは本気です」

 耳元をもみもみしている私の手に、ルーサーさんの手が重なる。ほっとしたように、青い瞳が閉じるのが見えた。

 小さくルーサーさんがつぶやいたのが、今度はちゃんと聞こえた。

「勇気出してよかった」


 ◇◇◇

 それから、いつもと変わらない日々が続いた。
 わたしは毎日、楽しい仕事に精を出し。
 ルーサーさんは、いつも傍らにいてくれる。

 ただ、変わったことといえば。

「きゅーん」

 かわいい声に、仕事関連のノートに向き合っていた私は慌てて顔をあげる。
 声の方には、お座りしたハスキー犬。私と目があったとたん、尻尾をぶんぶん振り出した。

「犬100%のルーサーさん!!」

 たまらずノートをほうりだして、とびついて、抱きしめる。完全犬のルーサーさんとかなによりも優先である。なんだかんだで、ハスキー犬には目がないのであった。

『もう寝る時間だ、クロキ。夜ふかしは身体に悪い』
「はい、寝ます!」

 ルーサーさんは、ぴょんっと、ベッドに飛び乗り、ここに来いとばかりに尻尾をパタパタさせる。

 そんなことされて、行かない私はいない。

 ルーサーさんの横に滑りこみ、そのもふもふに顔を埋める。

「ああー、ルーサーさん、かわいい、かっこいい、素敵!大好き!」

 ぽむっと音がしたと思えば、堪能していたもふもふはどこにもなく。

「クロキ、捕まえた。今の言葉、もう一回聞かせてほしい」
「あわわ」

 私の顎をくっと持ち上げて、青い瞳で真っ直ぐに見つめてくるのは、ほぼ人間で犬耳なルーサーさん。今日は裸じゃなくて、ちゃんと服をきている。

 くすくすと楽しげに笑う彼の前で、わたしはいつも真っ赤になってどぎまぎしてしまう。

「俺は、クロキのことも、かわいくてかっこよくて、素敵で大好きだと思ってる」

 こんなふうに、夜ふかししているとルーサーさんが、寝かしつけてくれるようになった。しかも、犬姿を使い分けつつ、毎日私を翻弄しまくるという高等テクニックを披露してくる。

 そして、今日もルーサーさんは、青い瞳で私をのぞきこみながらささやいてくるのだ。

「そろそろ、俺と素敵な恋をしたくなった?」


おしまい
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