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「まったく! もう!」

 カッ! カッ! ガリッ!

「よけいな! お世話! だっていうのにっ!」

 ガリガリッ! ガッ!

 怒りまかせにローゼはハンマーをふるう。大きな釘のような形をしたタガネの頭にハンマーをうちつけて、少しずつ洞窟内の岩壁を削る。
 パキリと小気味よい音をさせ、薄く岩壁が剥がれた。その下から現れたのは、複雑に輝く黒い鉱石。ローゼがランタンの火を近づけると、角度によって青にも赤にも輝く。
 ニジルリゴケだ。コケと名前がついているが、実際は虹色に輝く層質の鉱石である。魔導具の材料としても使えるが、その美しさから装飾品としての人気も高い。
 ローゼは胸をときめかせながら、ニジルリゴケの周りを丁寧に掘っていく。時々ハケを使い、息を吹き込んで細かい砂を飛ばす。ローゼの仕事の中で最も気を使い、そして心おどる瞬間である。

 ローゼは、主に植物や鉱物の採集を生業としている。名目上は冒険者だが、未知に挑むわけではない。すでに開拓されたダンジョンでひたすらクエストをこなす、地味な部類の冒険者である。
 今日はニジルリゴケ採集のため、カノープスの街近郊にあるダンジョンの十三層に、潜っているのだった。人が来なくて静かなこのダンジョンは、ローゼのお気にいりだった。地下深い暗がりは落ち着くし、地道にクエストをこなすのも苦ではない。

 しかし今日に限っては、少々苛立っていた。首尾よくニジルリゴケを掘り出し一息つくと、また腹立たしい記憶がよみがえる。

”あらやだ、またお一人なんですぅ?”

 脳裏によぎるのは、サラのからかい混じりの声。サラは冒険者ギルドの受付嬢だ。もう何度、あのけたたましい笑い声を聞いただろう。

”もう良いお年なんですから。せめてバディ組んだらどうですか”

「なーにが良いお年よ! まだ! 二十代! だっていうのに!」

 二十歳はたちかそこらの受付嬢から見れば、二十代後半のローゼは確かに良いお年かもしれない。しかし、そんなこといちいち言われる筋合いはない。
 ぎろりと剣呑に睨むローゼに、サラは「こわーい」などと言いながら身をくねらせていた。藪をつついて思いっきり蛇を出しておきながら、なにが「こわーい」だ。つつくな。

”そんなんだから、だれからも求愛されないんですよぉ……、あっ、アッシュさん、こんにちわっ!”

 ローゼの後ろに並んでいた男性に気づくなり、サラはすぐにそちらに笑顔を振り向ける。もうローゼになど興味は無いというように。
 サラのその変わり身の早さも、相手によって態度を変える豹変ぶりも、ローゼは気に入らなかった。

 ローゼだって、男性からのお誘いくらい受けたことはある。過去に何度かお付き合いもした。
 ただいつも「君、俺よりダンジョン好きでしょ」って言われて、最終的には振られるのだが。
 
 プロポーズなんて一度も受けたこと……。

 いや、一度だけあるな?

 ふと、ローゼは思い出した。

”僕と、け、結婚してください!”

 顔を真っ赤にして、綺麗な青い瞳を潤ませて、震えながらプロポーズしてもらったことがあるのだ。あれはローゼが十七歳の頃。相手は十歳くらいのちびっこだったけど。
 微笑ましい思い出に口の端がゆるむ。思い返せば、ローゼの人生の中で、あれが唯一のまともな求婚だった。
 
 彼の名前も聞かないまま、あれから十年。
 あの子も、今は随分と大きくなっているだろう。きっと可愛いらしい彼女でもつくって⸺。

 ガッガッガッ!

 ローゼは採集に集中することにした。ちまちまと気長に集めてクエスト条件を満たす達成感。これが味わえれば、ローゼは満足なのだ。そう自分に言い聞かせ、激しくハンマーを振るった。

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