コーヒー1杯分のカフェイン

赤宮 里緒

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カウンターから向かって左奥の指定席

5.

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 憂鬱ゆううつな気分で迎えた土曜日の15時、真哉まやさんは店に来なかった。
 会いたいような、会いたくないようなと悶々考えていた結果、会わない未来へと進んでしまった。安堵と同時に、彼が常連になってから来店しなかった週末は一度としてなかったことに気付き更に気が沈んだ。彼がいないだけで、店は随分と味気なく映る。

いつき先輩、元気出してください。来週はきっと」

 気を遣って萌が励ましてくれるが、その顔には笑みが浮かんでいる。ひとりの客の存在に気分を振り回される俺を面白がっているのだろう。

「笑うなよ。毎週来てた人が居ないと寂しくもなるだろ」

「それもそうですね。席、開けてますし」

 萌の視線の先は真哉さんの指定席だった。空白になっているカウンター左奥の席を見ると余計に気が滅入りそうだ。明後日の方角に顔を逸らす。

「でも、嫌われた訳ではないと思いますよ。まさか話しかけられると思ってなくてびっくりしただけかと」

「それならどれだけ良いか……」

 一昨日の昼間に真哉さんと偶然会ったことは萌に話した。人の機微に敏感で察しの良い彼女なら、真哉さんの気持ちを推察してくれることを期待してのことだ。流石に心を読むことは出来ませんよと目に涙を浮かべながら笑った萌を恨みがましい目で睨んだのは記憶に新しい。彼女に泣きついた訳ではないが、まさか揶揄からかわれるとは思っていなかったため話したことを少し後悔している。落ち込む姿を見せたのが初めてだったことも要因のひとつかもしれない。

「樹先輩、真哉さんには熱心ですよねえ」

 しみじみと萌が呟く。俺はまあ、と返答を濁す。

「初めて来た時の真哉さん、今にも消えそうだったろ。あれ思い出すとほっとけない」

 目に光を入れず、遠くを見る瞳は半年経った今も脳裏に焼き付いている。ガラス製のカップを滑らせて落としてしまった時のような心臓が凍る恐怖を覚えた。一度味わった恐れはなかなか拭えないもので、彼を目に入れていないと不安になる日もあった。彼が常連として来るようになるまでは特に。

「……私が心を読めたら、先輩の役に立てるのになあ」

 ぽつりと溢す萌の横顔を見る。目線の先はおそらく、真哉さんがいたはずの空白。肩を落とす彼女の背を軽く叩けばこちらを見上げる。

「十分助けてもらってるよ。私情まで挟んで迷惑かけてるのは俺の方だから気にすんな」

「……私は、先輩に笑顔でいてほしいんです。その為に出来ることがあるなら、何でもやりたいだけ」

 誰にでも寄り添おうと常に努力している、彼女らしい言葉に胸がじわりと温かくなる。ありがとうと告げると、どういたしましてと少し上機嫌な声が返ってきた。

 真哉さんがいない土曜日の15時は、何事も無く過ぎていった。
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