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角砂糖ほどには甘くない
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いらっしゃいませ、の声を聞くと何故か安心する。強張っていた身体の力が抜けて、ふっと口元が綻んでしまう。大股で近づいてきた男性の首元あたりを見ながらお邪魔しますと言えば、そろそろ来ると思っていたと明るい声音で返事された。毎回同じ時間に来るせいか、店員も自然と気付いたのだろう。
慣れた様子でいつも利用している席に案内され、注文を聞かれた。見慣れたメニュー表を見ることなく、ブラックコーヒーを頼む。メモすることもなく、頭を下げてカウンターへ下がった店員を見送ってから、鞄から本を数冊取り出しテーブルへ乗せた。
しおりを挟んだ一冊を開き、数ページ読んだ後に先程の店員がお待たせしましたとコーヒーを運んできたため、一度本を閉じる。芳ばしい匂いが鼻孔を擽った。湯気がたつ黒に近い茶褐色の液体は、先週と変わらず美味しそうだ。
ごゆっくりどうぞと言う店員へ、顔を見ないように俯いたまま会釈する。店員は再びカウンターへ戻っていき、ひとりの時間が始まった。店内は賑やかだが、この席でこのコーヒーを嗜む間だけは周りの音は不思議と気にならなくなる。まるで自分だけ別の世界に移動したように、周囲の音が遮断されるのだ。仕切りも何もないというのに。
だが、例外がある。あの店員の、耳に心地の良い声と彼の奏でる音だけは、漏らすことなくこの耳は拾う。足音、レジを打つ音、ドアを開ける音。静かすぎると集中力が研ぎやすいからと、勝手に脳が心地よい音だけ補完してくれているのだろう。少し離れた位置から聞こえる彼の声は、本の世界にいてもはっきりと聞こえてくる。まるで、イヤホンを付けて歌に聞き入っているような没入感を覚える。
――本を読み、ひとりの時間を楽しんでいるのか、彼の声を聞きに来ているのか。果たしてどちらなのだろう。結論のない疑問を抱えながら、今日も彼の居場所に少しの間だけ居座る。
慣れた様子でいつも利用している席に案内され、注文を聞かれた。見慣れたメニュー表を見ることなく、ブラックコーヒーを頼む。メモすることもなく、頭を下げてカウンターへ下がった店員を見送ってから、鞄から本を数冊取り出しテーブルへ乗せた。
しおりを挟んだ一冊を開き、数ページ読んだ後に先程の店員がお待たせしましたとコーヒーを運んできたため、一度本を閉じる。芳ばしい匂いが鼻孔を擽った。湯気がたつ黒に近い茶褐色の液体は、先週と変わらず美味しそうだ。
ごゆっくりどうぞと言う店員へ、顔を見ないように俯いたまま会釈する。店員は再びカウンターへ戻っていき、ひとりの時間が始まった。店内は賑やかだが、この席でこのコーヒーを嗜む間だけは周りの音は不思議と気にならなくなる。まるで自分だけ別の世界に移動したように、周囲の音が遮断されるのだ。仕切りも何もないというのに。
だが、例外がある。あの店員の、耳に心地の良い声と彼の奏でる音だけは、漏らすことなくこの耳は拾う。足音、レジを打つ音、ドアを開ける音。静かすぎると集中力が研ぎやすいからと、勝手に脳が心地よい音だけ補完してくれているのだろう。少し離れた位置から聞こえる彼の声は、本の世界にいてもはっきりと聞こえてくる。まるで、イヤホンを付けて歌に聞き入っているような没入感を覚える。
――本を読み、ひとりの時間を楽しんでいるのか、彼の声を聞きに来ているのか。果たしてどちらなのだろう。結論のない疑問を抱えながら、今日も彼の居場所に少しの間だけ居座る。
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