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4.別れの言葉は誰のため?
お願い……
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「翠澪に行って、悠里を探したんだ。なんて言ってもあのときは名前も知らなかったけどね。それで話して、仲良くなって──それで諦めがついたんだよ。だって叶いそうにもなかったから。あいつがとわ様のためにどれだけ努力しているのか間近で見ちゃったからね。いいかって、悠里になら任せられるって」
そう一区切りつけてから、悠里は私から目を離した。
「それから幾年を越えて今年の春、父さんから連絡が入ったんだ。花沢財閥のアメリカ行きの話ね。とわ様には夏まで黙っておくつもりだとも。そこで、その日が来たら、父さんが帰ってくるまでのとわ様の執事を任せるって言われたんだ。だけど、そのときから決めてた。これは悠里に譲ろうって。それで悠里に教えて……。もう既にE・Bの資格取ってたのも知ってるし、いい機会じゃないかって。だけど、悠里は俺も一緒に行ってほしいって言ったんだ。それも「白川」に成りすまして、ね」
涼は私に目を戻すと微笑んだ。その意味が知りたくて、私は何も言わずに次の言葉を待った。
「とわ様が勘違いしてるかもしれないからね、言っておくよ。本当は言いたくないんだけどね」
──悠里はね、ただ八年前に交わしたとわ様との約束を守りたいんだよ。
「え……?」
「これは全てとわ様のためなんだ。勝てる気がしないよ。ここまで想われてるんじゃ俺が入る隙なんてないじゃない。信じてほしい。とわ様が悠里を待っていたように、悠里もいつだってとわ様との約束を思い出しては、その約束を叶えられる日を待っていたんだよ」
私は、なぜ一度でも彼を疑ったのだろう。
約束を捨てたなんて、「忘れちゃったんでしょ?」なんて、ひどい言葉を私は彼に送った。
こんな私でも……まだ彼を待ってもいいんだろうか。まだ彼を想っていてもいいんだろうか。
「それでもね、あの日から俺の気持ちも変わってないよ」
涼が呟く。
涼を見つめると、彼はいつもの笑顔で笑ってみせた。
「たとえこの先、とわ様が悠里だけを見ていたとしても、悠里が側にいたとしても、俺の気持ちは変わらない。だって、ずっと好きだったんだから。ほんと、馬鹿みたいにとわ様だけを見てきたんだ」
そのストレート過ぎる告白に誰が平気でいられるだろう。
溢れそうになる涙を必死に抑えた。
私は泣ける立場ではないから。私は彼をたくさん傷つけてきたんだろう。専属でありながら、その主に仕えられない悔しさ。自分が無力だから……きっとそう思えたほうが楽なはずで、納得もできただろう。
でもそうじゃない。
どうすることも出来ないんだ。想う相手が他の人を想っていて。普通なら奪うなんてことも出来るけれど、私たちが住んでいる世界はそんなに優しくない。
そんな世界で彼は──涼は何年も苦しみながら、今私の側にいてくれるんだろう。
ありがとう、なんてそんな言葉じゃ言い表せないくらい。
「俺のことは気にしないで。俺はただの専属、それは十分承知してる。それに悠里のことも。でもこれだけは覚えておいて。俺はいつだってとわ様の味方だし、とわ様の幸せが一番なんだよ。これだけは神田家の執事として胸を張って言いたいんだ」
「何も……気付けなくてごめんね」
「いいんだよ。気付かれないようにしてたんだから。逆に気付かれちゃうほうが恥ずかしいでしょ?」
ね、そう言ってまた涼は笑った。
いつもどんな想いで笑っていたのかなんて、私には分からないし、それがどれほどの痛みを、苦しみを伴っていたかなんて計り知れない。けれども顔に表すこともせず、誰にも悟られないようにしてきた涼は、もう完璧な執事だった。
「だからさ、たとえ悠里との約束でも、俺はとわ様に伝えたい。伝えなきゃいけないんだと思うよ。だって、俺にとってはとわ様が一番なんだから」
出ておいでよ、そうドアのほうに目をやった。
──?
「知ってたの?」
この声……。
「そりゃね。姿がチラチラ見えてたから」
「そっか」
思った通り、現れたのは翔矢だった。
「翔矢っ」
「ごめんね、とわ。盗み聞きとかそんなのするつもりはなくて……。でも、なんか出て行きづらい雰囲気だったから」
そう言ってから翔矢は涼へと向きを変えた。
「涼兄、僕も今でもそれが一番だと思ってるよ。……だけどね、状況が変わったんだ」
「どういうこと?」
涼が怪訝そうに翔矢を見る。
「言葉通りの意味だ」
そう声がして扉の影から怜が歩いてくる。
この登場にはもう驚かなかった。
「どういうこと?」
「翔矢が言ったままだ。変わったんだよ、状況が」
翔矢は私に視線を移した。
「とわはもう知ってるよね。悠里兄が八年前の白川だって。知られた以上隠すつもりもないよ。初めの計画からとわにバレたら、悠里兄が何を言ってもとわに状況を話して、悠里兄に会わせるってことにしてたんだ」
「初めから?」
そう声をあげたのは意外にも怜だった。
「そうだよ。初めから涼兄と決めてたんだよ。流生兄にも言っておいたんだけどね、「悠里の頼みだから、出来るだけあの子の願い通りにしてあげたい」って言ってて」
「そんなの、知らない」
「そうだよ。だって初めから決めていたんだもん。怜兄には話さないってね。だって怜兄、悠里兄との秘密あるでしょ。流生兄にしか気づかれないとでも思ってた?」
怜が黙る。
彼らのなかでも、共有されていない情報があったと言うのか……。それでも今はきっとその当初の計画(?)が始まってはいるんだろうけど。
「まあまあ、それはいいよ。それで、状況が変わったってどういうことなの?最初の計画通りにいかなくなったってことは、とわに悠里と会わせることも出来ないって言うの?」
こくりと頷く翔矢に涼も何かを察したみたい。
っていうかさ……
「ちょっと待ってよっ」
私の声が静かなこの部屋に響いた。
「これはさ、私と白川の問題でしょ。ずっと思ってた。おかしいでしょ、これ。私と約束したのは白川なんだよ。その約束が守れないからってどうして皆がここにいるのよ。話し合うべきなのは、私たち二人なのに」
もう言っていて自分でも訳がわからない。
だけど、涼からあんな話を聞いて、今更会えないだなんてそんな辛いことはない。
「お願い、会わせて。もう一度ちゃんと白川と話がしたいの。……お願い」
そう一区切りつけてから、悠里は私から目を離した。
「それから幾年を越えて今年の春、父さんから連絡が入ったんだ。花沢財閥のアメリカ行きの話ね。とわ様には夏まで黙っておくつもりだとも。そこで、その日が来たら、父さんが帰ってくるまでのとわ様の執事を任せるって言われたんだ。だけど、そのときから決めてた。これは悠里に譲ろうって。それで悠里に教えて……。もう既にE・Bの資格取ってたのも知ってるし、いい機会じゃないかって。だけど、悠里は俺も一緒に行ってほしいって言ったんだ。それも「白川」に成りすまして、ね」
涼は私に目を戻すと微笑んだ。その意味が知りたくて、私は何も言わずに次の言葉を待った。
「とわ様が勘違いしてるかもしれないからね、言っておくよ。本当は言いたくないんだけどね」
──悠里はね、ただ八年前に交わしたとわ様との約束を守りたいんだよ。
「え……?」
「これは全てとわ様のためなんだ。勝てる気がしないよ。ここまで想われてるんじゃ俺が入る隙なんてないじゃない。信じてほしい。とわ様が悠里を待っていたように、悠里もいつだってとわ様との約束を思い出しては、その約束を叶えられる日を待っていたんだよ」
私は、なぜ一度でも彼を疑ったのだろう。
約束を捨てたなんて、「忘れちゃったんでしょ?」なんて、ひどい言葉を私は彼に送った。
こんな私でも……まだ彼を待ってもいいんだろうか。まだ彼を想っていてもいいんだろうか。
「それでもね、あの日から俺の気持ちも変わってないよ」
涼が呟く。
涼を見つめると、彼はいつもの笑顔で笑ってみせた。
「たとえこの先、とわ様が悠里だけを見ていたとしても、悠里が側にいたとしても、俺の気持ちは変わらない。だって、ずっと好きだったんだから。ほんと、馬鹿みたいにとわ様だけを見てきたんだ」
そのストレート過ぎる告白に誰が平気でいられるだろう。
溢れそうになる涙を必死に抑えた。
私は泣ける立場ではないから。私は彼をたくさん傷つけてきたんだろう。専属でありながら、その主に仕えられない悔しさ。自分が無力だから……きっとそう思えたほうが楽なはずで、納得もできただろう。
でもそうじゃない。
どうすることも出来ないんだ。想う相手が他の人を想っていて。普通なら奪うなんてことも出来るけれど、私たちが住んでいる世界はそんなに優しくない。
そんな世界で彼は──涼は何年も苦しみながら、今私の側にいてくれるんだろう。
ありがとう、なんてそんな言葉じゃ言い表せないくらい。
「俺のことは気にしないで。俺はただの専属、それは十分承知してる。それに悠里のことも。でもこれだけは覚えておいて。俺はいつだってとわ様の味方だし、とわ様の幸せが一番なんだよ。これだけは神田家の執事として胸を張って言いたいんだ」
「何も……気付けなくてごめんね」
「いいんだよ。気付かれないようにしてたんだから。逆に気付かれちゃうほうが恥ずかしいでしょ?」
ね、そう言ってまた涼は笑った。
いつもどんな想いで笑っていたのかなんて、私には分からないし、それがどれほどの痛みを、苦しみを伴っていたかなんて計り知れない。けれども顔に表すこともせず、誰にも悟られないようにしてきた涼は、もう完璧な執事だった。
「だからさ、たとえ悠里との約束でも、俺はとわ様に伝えたい。伝えなきゃいけないんだと思うよ。だって、俺にとってはとわ様が一番なんだから」
出ておいでよ、そうドアのほうに目をやった。
──?
「知ってたの?」
この声……。
「そりゃね。姿がチラチラ見えてたから」
「そっか」
思った通り、現れたのは翔矢だった。
「翔矢っ」
「ごめんね、とわ。盗み聞きとかそんなのするつもりはなくて……。でも、なんか出て行きづらい雰囲気だったから」
そう言ってから翔矢は涼へと向きを変えた。
「涼兄、僕も今でもそれが一番だと思ってるよ。……だけどね、状況が変わったんだ」
「どういうこと?」
涼が怪訝そうに翔矢を見る。
「言葉通りの意味だ」
そう声がして扉の影から怜が歩いてくる。
この登場にはもう驚かなかった。
「どういうこと?」
「翔矢が言ったままだ。変わったんだよ、状況が」
翔矢は私に視線を移した。
「とわはもう知ってるよね。悠里兄が八年前の白川だって。知られた以上隠すつもりもないよ。初めの計画からとわにバレたら、悠里兄が何を言ってもとわに状況を話して、悠里兄に会わせるってことにしてたんだ」
「初めから?」
そう声をあげたのは意外にも怜だった。
「そうだよ。初めから涼兄と決めてたんだよ。流生兄にも言っておいたんだけどね、「悠里の頼みだから、出来るだけあの子の願い通りにしてあげたい」って言ってて」
「そんなの、知らない」
「そうだよ。だって初めから決めていたんだもん。怜兄には話さないってね。だって怜兄、悠里兄との秘密あるでしょ。流生兄にしか気づかれないとでも思ってた?」
怜が黙る。
彼らのなかでも、共有されていない情報があったと言うのか……。それでも今はきっとその当初の計画(?)が始まってはいるんだろうけど。
「まあまあ、それはいいよ。それで、状況が変わったってどういうことなの?最初の計画通りにいかなくなったってことは、とわに悠里と会わせることも出来ないって言うの?」
こくりと頷く翔矢に涼も何かを察したみたい。
っていうかさ……
「ちょっと待ってよっ」
私の声が静かなこの部屋に響いた。
「これはさ、私と白川の問題でしょ。ずっと思ってた。おかしいでしょ、これ。私と約束したのは白川なんだよ。その約束が守れないからってどうして皆がここにいるのよ。話し合うべきなのは、私たち二人なのに」
もう言っていて自分でも訳がわからない。
だけど、涼からあんな話を聞いて、今更会えないだなんてそんな辛いことはない。
「お願い、会わせて。もう一度ちゃんと白川と話がしたいの。……お願い」
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