始まりの場所、約束の意味

bluestar

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4.別れの言葉は誰のため?

守りたいものー流生sideー

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「ねえ、流生兄」
後ろから翔矢の声がする。
「とわに言ったんだね。自分は白川じゃないって」
「ええ。どうしてそれを?」
「話し方で分かるよ」
それだけ言って翔矢はソファに腰をかけた。
怜から話を聞いた時にはもう、彼女に打ち明ける準備は出来ていた。

特別な理由……。

そんなことは誰が見ても分かりきっているのに、それに気付けなかったなんて。きっとそれほど彼女の中で大切にしてきたものなんだろう。
もちろんそれは尊重すべきだったんだけど……。
まあ、それにしても私の弟は何を考えているんだろうね。あの子自身が彼女への想いに気付いていないというのに。気付いていないのに、この選択が彼女のためだと思っている。私からすれば本当はあの子自身の気持ちを大切にして欲しいんだけど。
「それにしても、山桜……かあ」
「え?」
「あれ、花言葉でしょ?流生兄の考えていることくらい分かってるよ。まあ、でもそれを知ったところで、とわは気付きそうにもないけどね」


山桜の花言葉

あなたに微笑む


どんなに離れていても、君を想っているよ。たとえ暗闇で見えなくたとしても、そしてたとえ君が他の人を見つけたとしても微笑むから。だから俺のことは気にしなくていい。君にとっての一番の幸せがそこにあるなら、そっちを選んでほしい。
それがあの町の子の本当の願いで、山桜で伝えたかった姫への本当の想い。好きっていう想いが何よりも大きかったからこそ、彼は姫の幸せを一番に願った。自分で守られるなら、自分が幸せにしてあげられるなら……それ以上のことはない。だけど、本当の姫の幸せはどこにあるんだろう。それを考えた結果の山桜だったんだ。

でもこのことにとわ様が気付かなくて良かったのかもしれない。
これは彼女と白川の物語。
これに気付くってことは、弟は想いを悟られてしまうわけで…。格好悪いじゃない。
まさかあの子の願いはとわ様の幸せで、そのために自分じゃない他の兄弟を選ばせているなんて。
「流生兄はさ、これでいいと思ってるの?」
「どういうことですか」
「兄ちゃんのことだよ。とわが自分の想いに気付いたなら僕が対象から外れるのも時間の問題だと思う。流生兄、前も言ったよね?とわの幸せを、兄ちゃんのことを想うなら、これは終わらせなきゃって」
いつになく真剣な翔矢。こんな姿は見たことがなかった。
分かってるんですよ、それは。でも……。
「僕自身のことはとわに話すよ。もちろん兄ちゃんとの約束だからそれ以上は言わない。けど、分かってるよね、流生兄。時間はもうないんだよ」
──!
はっとさせられた、いや、もともと知っていること。でも誰かが口に出すことでそれは現実味を増してしまうから、皆暗黙の了解で言わなかった。
「分かって…ます」
そう言うのがやっとで、それ以上の言葉は出てこなかった。
「じゃあ行ってくるね」
翔矢はリビングから出ていった。
彼女は今、涼に連れられて森の方へ行っているから、多分彼女の部屋で待つつもりなんだろう。
翔矢でさえも分かっていること…。
開かれた窓から流れる風に誘われるように自然と窓へ近づいた。

『終わらせなきゃ』

翔矢の言葉が脳裏を何度も行き交う。
でも、きっとこれを終わらせようと言えばあの子は頑固と拒否するんだろう。



幸せ……とは?



目を閉じる。静かな時間が私を包んだ。

***

「兄貴、お願いがあるんだけど」
「どうしたんですか、あなたらしくもない。いや、こうやって頼んでもらえることはずっと私の願いでしたけれど。今日は元気がないですね」
するとハハ、と声を漏らして顔を覆った。
「分かるんだ、何も言ってないのに」
「そりゃ、兄弟ですから。それであなたの願いとは?」
「ん…ああ。さっき聞いたんだ。花沢財閥がアメリカに行くって。でもとわだけは残るらしい。だから白川家から行けないかな…とわのところに。まだ誰もやる人が決まってないんだ」
「ええ。いいですよ。で、結果はどうだったんです?出たのでしょう?」
こくりと頷いたその姿にちょっとした不安を覚えつつ、それでも急かすように続けた。
「どう…だったんです?」
「出たよ。これで決心がついた。ずっといろいろ考えてたんだけどさ、でもこれで腹は決まったから」
何の話をしているのか分からなかった。その決心がどんな結果から生まれたものなのかも。目の前にある笑顔が本物か偽物かなんて、今の私には判断がつけられなかった。
「ですから、結果は──」
「なあ、兄貴。俺、とわと約束してんだ。知ってるよな?」
「……ええ。あれだけ、頑張っていたのですから」
「うん。資格も取ったし、あとはとわに会って話して契約を結ぶ……それだけ、だったのになあ」
涙が一つ溢れてゆく。
「まさかっ……」
「兄貴、二人を集めてくれ」
私は目を離せなかった──今まで一度も見たことがないその涙から。
「あいつ、本当は寂しがり屋なんだ。母さんのことについて触れたことはないけど、たまに悲しそうに空を見るときがある。俺までいなくなったら、あいつはどうなるんだろう。いや、もしかしたらとわは俺を忘れているのかもしれない。だけど、もし覚えていてくれてたら……そしてそれで寂しくなったら。俺が原因でとわに寂しさを与えたくないんだ。俺、とわの笑顔が好きだから。約束も笑顔もどっちも守りたい」
「一体、どうするつもりで──」
「兄貴、俺がいなくなるって言ったらとわはどうなる?約束が守れないって言ったら?でも……もし代わりの俺がいたら、どちらも守れると思わない?」
「──?」
揺るぎない真っ直ぐな瞳。これこそいつもの瞳で、とわ様のことになると自分自身の想いさえも捨ててしまう意志の表れ。
分かってる…この瞳を見せるときはいつだってやり通してしまう。それに彼女のことならなおさら……。
「もう少し早くからあなたの異変に気付いていれば……」
「ううん、違うよ。早さなんて関係なかっただろうし。運命だったんだよ。だからさ兄貴、頼んだよ」
無理やり作られた笑顔はぎこちなくて。だからこそ、私だけは笑わなくては。
「分かりました。でも一つ聞かせてください」
「何?」
「とわ様への想いはどうするのですか?」
「想いって……?」
「えっと、ほら何か特別な──」
うーん、と声を出してから、パッと顔を上げる。
「とわは特別だよ。八年間忘れることはなかった。俺の願いはただ一つ、とわの幸せだけ。とわの笑顔が守られれば、それで十分」
「それはあなたの幸せですか?」
「うん」そう言って微笑み、耳にそっと手を触れた。

「願いであり、幸せであり」

──ああ、そっか。
笑って見つめる目がとても切なくて。
ごめんね、分かるんですよ。どんなに強がっても、笑っても。あなたの癖だけは正直だから。その癖はいつだって言いたいことが上手く言えない時に、そして自分の気持ちに嘘をつく時に表れる。
兄弟じゃなければ気付かなかったっただろうに。そうしたらその秘めた想いは誰にも知られず、あなたの心の中で静かに消え、そしてきっとあなたもそれを望んでいただろうに。
気付かなければ良かったと、初めて思った。そしたら私も淡々とその頼み事を実行したのに。でも、違うでしょう?
あなたの想いは、あなたの願いも幸せも、本当は……。

***

そっと目を開ける。
分かってるんです。けれどもう始まっている。あの子の描いたシナリオ通りに。
時を戻すことは出来なくて──出来たのだとしたら、多分こんなふうにはならなかった。
もし時があの子を変えてしまうのなら、今、兄として──。








「まだ間に合いますよね?──悠里ゆうり






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