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3.気付けばそれを恋と呼んで
桜の花びら
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「起きて、とわ」
風の音が耳に優しく入ってくる。こんなに柔らかく繊細な音を奏でられるのは自然だけだろう、なんて。風の音よりももっとすぐそばで聞こえる声に目を開けた。
「流生?」
「うん。探したよ」
そう言って流生は私に王子様スマイルを向けた。
ここ最近何度も森を訪れるのだけれどあの場所へは辿り着けないままだった。
今思えば当たり前なんだけど…。
白川とのお別れの前日に一度行ったことがあるだけで私は道順を知らないんだから。
あの場所は白川がいないと行けない場所なんだ。
「隣いい?」
流生は私の隣に座ると、目を閉じた。
「ねえ、とわが白川を探す理由は?」
え…?
流生は私を見て笑った。
「怜から聞いた」
「怜から…?」
「うん。難しい話だよね。誰が白川か、とかそういうことの方が簡単なのかもしれない。自分の気持ちを知ることの方が案外難しいものなんだよ。ましてや、自覚のない気持ちならね」
流生は前へ目をやって「うん、ホントにね」と独り言のように呟いた。
「ねえ、一つのお話をしてもいいかな」
「うん」
流生はありがと、とそれだけを呟いて空を仰ぎ見た。
「これは小さな国のお話。そうだね、お花の国ってことにしておこうかな。お姫様は庭を歩くのが大好きでした。ある日、その姫は見知らぬ場所へたどり着いたのです。今までずっとこの庭を歩いてきたのに一度も来たことのない場所でした。そこには大きな桜の木が一本。その場所をピンク色に染めていました。その時、姫は桜の花びらの降る中に一人の男子がいることに気付いたのです。彼は言いました。「すみません、勝手に入ってしまって…。でも、この桜があまりにも綺麗で」言い終えるとまた彼は桜の木を見上げました。彼はこの国の町の子でした。けれど姫はそんなことは気にせず、桜の美しさと、誰かと共有できる場所や時間の喜びを感じていました。「今日からここは私たちのだけの秘密の場所ね」それから二人はよくその場所で待ち合わせをし、会うようになりました」
流生は一度言葉を途切れさせると私を見た。
ここからが大切、そう言うとにっこり笑う。
「ある日、彼はどうしても姫を町に連れて行きたくて、町に行こうと誘ったんだ。姫ももちろん喜んだ。けれど、ちょうど町へ下りてきていた家来の一人にその姿を見られてしまった」
「別にいいじゃない。町くらい行くよ」
「まあまあ」と彼は話を続ける。
「その日から彼と会うことは禁じられ、庭に出ることも出来なくなった。そして父親から言われたんだ。外に出て彼と会うようなら彼をこの国から追放する、と。なんたって国の姫と町の子だからね。身分の差は大きすぎたんだ。姫は悲しくて毎晩泣いたらしい。ある夜、月を眺めている時、風に流れて一枚の桜の花びらが入り込んできた。次の日も、その次の日も。毎日毎晩花びらが届く。不思議に思った姫は思い切って「誰かいるの?」と尋ねたんだ。そしたら声が聞こえた、そう暗闇の中から。彼の声がね。彼は小さな声で、けれど姫に届くようにはっきりと、「いつまでも君を待つ。その証に毎日花びらを一枚、必ず届けに来るから」と言ったらしい。そしてそれは何年も続き、姫の父親もようやく気付いたんだ。彼の想いも、それがどれほど大きいかも。そして二人は結ばれたのでした」
「はい」流生はいきなり私のほうへ体の向きを変え、私の顔を覗き込むようにして言った。
「問題。彼は町の子です。姫と町の子では身分が違うよね。だけど彼はずっと桜の花びらを届け続けた。それはなぜでしょう」
桜を届け続けた理由……?
「それにさ、毎日だよ?疲れると思わない?」
たとえ疲れていようとも彼は姫に会いに行った。
そして姫も父親の許しが出るまで、と外へ行くのを我慢した。
「約束をしてたからでしょ?」
すると流生は「アハッ」と笑った。
「とわならそう言うと思ったよ。でもね、約束以上にある想いがあったんだよ。二人を約束以上に繋いでいた想いは何か、これがとわへのヒント。怜の質問のね」
流生は私に手を差し出した。
その手は温かくて、その熱が私の手を包み込む。
「帰ろう」
笑った顔はどこか切なくて、でも口に出してはいけないと思った。
どこを見てるんだろう。
前を見ているのは分かるのに、彼の瞳に映っているものは違う気がする。
いつの間にか太陽が傾いていた。彼の背中をオレンジに染めてゆく。
「そういえば……彼が姫に届けていた桜は山桜なんだって」
こっちを見てにっこり笑った。
流生も怜も私を助けようとしてくれている。それが分かっているのにまた私は踏みとどまるのだろうか。
分かってる。止まっちゃいけない。
この別荘にいられるうちに何か見つけなきゃ。
私はオレンジ色に染まる空の向こうを見つめた。
風の音が耳に優しく入ってくる。こんなに柔らかく繊細な音を奏でられるのは自然だけだろう、なんて。風の音よりももっとすぐそばで聞こえる声に目を開けた。
「流生?」
「うん。探したよ」
そう言って流生は私に王子様スマイルを向けた。
ここ最近何度も森を訪れるのだけれどあの場所へは辿り着けないままだった。
今思えば当たり前なんだけど…。
白川とのお別れの前日に一度行ったことがあるだけで私は道順を知らないんだから。
あの場所は白川がいないと行けない場所なんだ。
「隣いい?」
流生は私の隣に座ると、目を閉じた。
「ねえ、とわが白川を探す理由は?」
え…?
流生は私を見て笑った。
「怜から聞いた」
「怜から…?」
「うん。難しい話だよね。誰が白川か、とかそういうことの方が簡単なのかもしれない。自分の気持ちを知ることの方が案外難しいものなんだよ。ましてや、自覚のない気持ちならね」
流生は前へ目をやって「うん、ホントにね」と独り言のように呟いた。
「ねえ、一つのお話をしてもいいかな」
「うん」
流生はありがと、とそれだけを呟いて空を仰ぎ見た。
「これは小さな国のお話。そうだね、お花の国ってことにしておこうかな。お姫様は庭を歩くのが大好きでした。ある日、その姫は見知らぬ場所へたどり着いたのです。今までずっとこの庭を歩いてきたのに一度も来たことのない場所でした。そこには大きな桜の木が一本。その場所をピンク色に染めていました。その時、姫は桜の花びらの降る中に一人の男子がいることに気付いたのです。彼は言いました。「すみません、勝手に入ってしまって…。でも、この桜があまりにも綺麗で」言い終えるとまた彼は桜の木を見上げました。彼はこの国の町の子でした。けれど姫はそんなことは気にせず、桜の美しさと、誰かと共有できる場所や時間の喜びを感じていました。「今日からここは私たちのだけの秘密の場所ね」それから二人はよくその場所で待ち合わせをし、会うようになりました」
流生は一度言葉を途切れさせると私を見た。
ここからが大切、そう言うとにっこり笑う。
「ある日、彼はどうしても姫を町に連れて行きたくて、町に行こうと誘ったんだ。姫ももちろん喜んだ。けれど、ちょうど町へ下りてきていた家来の一人にその姿を見られてしまった」
「別にいいじゃない。町くらい行くよ」
「まあまあ」と彼は話を続ける。
「その日から彼と会うことは禁じられ、庭に出ることも出来なくなった。そして父親から言われたんだ。外に出て彼と会うようなら彼をこの国から追放する、と。なんたって国の姫と町の子だからね。身分の差は大きすぎたんだ。姫は悲しくて毎晩泣いたらしい。ある夜、月を眺めている時、風に流れて一枚の桜の花びらが入り込んできた。次の日も、その次の日も。毎日毎晩花びらが届く。不思議に思った姫は思い切って「誰かいるの?」と尋ねたんだ。そしたら声が聞こえた、そう暗闇の中から。彼の声がね。彼は小さな声で、けれど姫に届くようにはっきりと、「いつまでも君を待つ。その証に毎日花びらを一枚、必ず届けに来るから」と言ったらしい。そしてそれは何年も続き、姫の父親もようやく気付いたんだ。彼の想いも、それがどれほど大きいかも。そして二人は結ばれたのでした」
「はい」流生はいきなり私のほうへ体の向きを変え、私の顔を覗き込むようにして言った。
「問題。彼は町の子です。姫と町の子では身分が違うよね。だけど彼はずっと桜の花びらを届け続けた。それはなぜでしょう」
桜を届け続けた理由……?
「それにさ、毎日だよ?疲れると思わない?」
たとえ疲れていようとも彼は姫に会いに行った。
そして姫も父親の許しが出るまで、と外へ行くのを我慢した。
「約束をしてたからでしょ?」
すると流生は「アハッ」と笑った。
「とわならそう言うと思ったよ。でもね、約束以上にある想いがあったんだよ。二人を約束以上に繋いでいた想いは何か、これがとわへのヒント。怜の質問のね」
流生は私に手を差し出した。
その手は温かくて、その熱が私の手を包み込む。
「帰ろう」
笑った顔はどこか切なくて、でも口に出してはいけないと思った。
どこを見てるんだろう。
前を見ているのは分かるのに、彼の瞳に映っているものは違う気がする。
いつの間にか太陽が傾いていた。彼の背中をオレンジに染めてゆく。
「そういえば……彼が姫に届けていた桜は山桜なんだって」
こっちを見てにっこり笑った。
流生も怜も私を助けようとしてくれている。それが分かっているのにまた私は踏みとどまるのだろうか。
分かってる。止まっちゃいけない。
この別荘にいられるうちに何か見つけなきゃ。
私はオレンジ色に染まる空の向こうを見つめた。
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