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392. 姫は『伝える』そうです

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392. 姫は『伝える』そうです



 無事に4期生オフコラボは終了し、オレと高坂さんは月明かりが照らす夜道を2人並んで駅まで歩く。

 夜風が涼しくて気持ちいい、静かな時間ということもあってか自然と歩くペースもゆっくりになる。駅まで10分くらいかかる道のりは今のオレたちにとっては少し長く感じる。

 そして静寂を切り裂くように高坂さんが口を開く。

「あの!オフコラボ成功して良かったですね!」

「うん。高坂さんもお疲れ様。なれないピッキングで疲れたでしょ?」

「あ。いえ……皆さんはいつもああやってコメント欄を拾って話題にしてるんですもん、すごいですよ!」

「じゃあ高坂さんもコメント欄を拾えるからすごいよな」

「え?」

 高坂さんはオレの言葉に少し驚くような反応を見せる。きっと褒められると思ってなかったんだろうな。だからオレはそのまま思ったことを伝える。

「高坂さん。もうやめにしませんか?自分の気持ちを抑えるのは」

「神崎先輩……」

「オレが……『姫宮ましろ』が言った言葉は、オレなりの高坂さんへのメッセージです。オレは自分で言うと恥ずかしいんですけど、素直な気持ちを伝えるのが苦手です。でも『姫宮ましろ』なら言える。それは彼女なら自分の言葉で素直に伝えられるんです。高坂さんにも……そんな自分になってほしい」

 高坂さんは静かにオレの言葉に耳を傾ける。オレの気持ちはちゃんと届いているんだろうか? その想いを確かめたくて、オレはさらに言葉を伝える。彼女が今、どんな気持ちでいるかを知るために。

「高坂さんが高坂さんのままだと、素直にやりたいことや思ったことが出来ないのなら、それを……新しい自分でやってみませんか?オレが最初に朝配信をした時に高坂さんがオレに見せた目は……キラキラしてた。本当に楽しそうに配信を観て……それを楽しそうに話してくれた。そうやって誰かに伝えられるのは素晴らしいと思いませんか?……なんてオレもこんな風に社長に昔言われたんですけどね」

「私は……今の私でいいんですか?素直になったほうが……」

「それは高坂さんが決めることです。でもオレはそうしてほしい。それにそのきっかけはオレかもしれませんが、それを本当に変えたいのなら自分で決めることです」

「神崎先輩……」

 高坂さんはその言葉に何を思ったのか、少し考えこんでからオレに静かに話しかける。その声色は少しだけ明るかった。

「……私……Vtuberになりたいです。でも……怖い……自分でどうしたらいいのか、何が正解なのか……だから……背中を押してもらえませんか?」

 そのまっすぐな言葉にオレは頷く。そして……自分の想いをそのまま高坂さんにぶつける。その言葉が、彼女にとって少しでも励みになればと願いながら……。

「……ましろとこれからも一緒に歩んで行こう」

 そしてオレの言葉を聞いた彼女は優しく微笑んでくれた。それから静かにその口を開く。

「ありがとうございます。私も頑張りますから」

 それはまるで高坂さんであって高坂さんじゃないようなそんな気がしたが、その言葉の後に見せた表情は紛れもなく、今目の前にいるのはいつもの彼女だった。


 そして翌日。オレは事務所でミーティングをし、仕事に取り掛かろうとすると高坂さんが桃姉さんのところに行くのが見えた。

「チーフマネージャー。あの……これを」

「え?ちょっと……神崎マネージャー!あなたもこっちに来なさい!」

 2人とともにそのまま廊下に出る。高坂さんの手に握られていたのは『退職願』だった。オレもそのまま廊下に出る。

「いきなりどうしたの?何かあったの?」

「私……Vtuberになりたいんです」

「え?」

「私は本当にこのFmすたーらいぶが好きで入社しました。憧れていたライバーさんと一緒に仕事ができる。そう思ってました。でも違った……神崎先輩の『姫宮ましろ』のマネージャーを担当して、3期生の旅行配信に同行して、4期生のオフコラボにスタッフとして入って、事務所でライバーさんと話して思ったんです。私の憧れは……ライバーになってみんなと一緒に素晴らしいものを作り上げることだって」

 高坂さんはしっかりと桃姉さんの目を見て、自分の想いを伝えている。その想いは確かに桃姉さんに伝わっているはずだろう。

「颯太。あなたはどう思うの?」

「オレは高坂さんはライバーに向いてると思うよ。コメント欄を拾う能力もあるし、何よりいつも配信を観てすごく楽しそうにしているから」

「神崎先輩……」

「気持ちは分かったわ。でも会社として、いきなり辞めてあなたが抜けてしまうと困ることもあるわそれは分かってる?」

 桃姉さんとそんな話をしていると、そこに星乃社長が偶然にもやってくる。

「あら?面白い話をしているじゃない?」

「え?社長お疲れ様です」

「えっと……高坂さん?あなたライバーになりたいの?」

「はっはい!」

 星乃社長は一瞬オレのほうを見て、また高坂さんのほうを見る。そして不敵な笑みを浮かべて言葉を発する。

「……いいわ。面接してあげる。ついてきなさい」

「あっはい!」

「チーフマネージャーも弟君も来なさい」

 星乃社長はそう言うと、そのまま歩き出す。オレたちも慌ててその後ろについていくことになるのだった。
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