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87. 姫は『過ごしたい』ようです

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87. 姫は『過ごしたい』ようです



 不手際で鈴町さんと同じ部屋に泊まることになったオレ。

 部屋を見渡す。大丈夫、部屋は広いし布団は離して寝れる。焦るな……普段だって一緒にいることは少ないが同じ家にいるし、配信を一緒にすれば至近距離にいる。同じ空間にいること自体慣れているじゃないか。そうだ……落ち着けオレ……

 それにしても桃姉さんはやらかしすぎだぞ?ココアちゃんじゃないがポン桃だぞ。

 と。文句を言っても仕方ない。オレも鈴町さんも大人だし、これは仕事だ。トラブルだってある。

 オレはパソコンを取り出し、残りの荷物を部屋の隅に置く。そして鈴町さんの方を見た。鈴町さんは落ち着かない様子で、キョロキョロしながら座っている。

「素材の準備はオレがやるから、鈴町さんは配信内容と台本考えてくれるか?」

「あっはい……その……ツイートしてもいいですか?」

「ああ。いいんじゃない?」

 すると鈴町さんは嬉しそうにスマホを取り出し、ツイートを始めた。

 双葉かのん@futabakanon
「案件の仕事無事に終わりました(>_<)めちゃめちゃ緊張した……。今日はましろん先輩とお泊まりなの!てぇてぇ(^_^)vこのあと公式チャンネルで19時から配信します!みんな観に来てね!」

「あの……ましろん先輩?」

「どうした?」

「配信終わったら……あとは……自由なんですよね?」

「ああ。明日のチェックアウトは12時にしてもらったから、ゆっくり温泉にも入れるよ」

「えっと……ましろん先輩と一緒に夕食食べて、卓球して……遊べるんですか?」

「そうだな。せっかくだから温泉施設を楽しもうか」

 すると鈴町さんは、まるで花が咲いたように笑みを浮かべる。

 やばっ……可愛い……

 こんな状況だから尚更可愛く見えるのかもしれない。いつもより化粧もバッチリしているし、服装もオシャレをしているし……

 ん?あれ……待てよ。ということはこのあとは温泉に入って、ご飯を食べて、2人きりで……いやいやいやいや!!何を考えている!?相手は後輩だぞ?そんな邪な感情を持ってはいけない。

 でも……鈴町さんも女の子だ。仕事とはいえ同じ部屋に泊まりなんて、それなりに意識してしまうだろ……しかもさっきの鈴町さんのTwitterも……

「ましろん先輩?」

「え?あっ配信内容考えようか!」

 鈴町さんが不思議そうな顔で見てくる。危なかった……変なこと考えてたら鈴町さんに失礼だよな。その後、オレと鈴町さんは配信内容を考え、19時の配信まで待つことにする。

「あの……ましろん先輩……聞いてもいいですか?」

「何?」

「その……今まで……女性とお泊まりとかしたこと……あるんですか?」

「え?……いや……ないよ。オレ彼女いたことないからさ」

 それを聞いた鈴町さんは何も言わなかったが、どことなく頬が緩んでいたような気がする。

 そして19時の公式配信が始まる。普段は家や事務所のスタジオでの配信なので、こう違う場所での配信は新鮮だったし、少しだけドキドキしていた。鈴町さんと『ましのん』を結成して3ヶ月……だいぶお互いのことも分かってきたからな。

 無事に公式配信を終え、時間は20時すぎ、ここからは自由時間だ。

「お疲れ様。鈴町さん。疲れただろ?温泉行ってきな、夕飯は21時30分くらいにお願いしてあるからさ。オレはまだ仕事があるから」

「あっ。その……手伝います……せっかくの……自由時間……ましろん先輩と一緒に過ごしたい……ので」

「……じゃあ、これ作って事務所に送ってもらえる?オレは明日の朝配信のサムネとか準備するからさ」

 鈴町さんは向かい側でパソコンを開き、事務所に送る書類やらTwitterやらを確認している。こういう姿も初めて見るよな……鈴町さんだって、オレと同じライバーなんだからいつもやっているはず……

 それに鈴町さんはガチで陰キャでコミュ障だけど、オレとは頑張って話そうとしている。むしろオレの方こそ何もしていない。そう思うとなぜか少しモヤモヤとする。そしてオレは無意識に声に出していた。

「あのさ鈴町さん。家でもこうやって時間ある時……一緒に仕事しないか?」

「え……?」

「あっいや。『ましのん』になって3ヶ月だけど、せっかく同じ家にいるのにほとんど別々だし……その……もっと一緒の時間を過ごしたいなぁと思って……」

「…………」

「ごめん!なんか気持ち悪いこと言っちゃったな!今の忘れてくれ!」

「そ、その……わ、私も……ましろん先輩と……もっと……一緒にいたいです……だから……」

「おっおう!それじゃ今度からそうしよう!」

 そう言って再び仕事に戻る。そのあと仕事が終わるまで会話はなくキーボードを打つ音だけが響いていたが、その空間にいるだけで、それも心地良さを感じるのだった。
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