【れんかの】～週末。『ボク』は『白雪姫』に変わる。憧れのあの子と始めるナイショの関係～

1. 週末の白雪姫

1.　週末の白雪姫


　きっかけは突然だった……

　コミュ障で陰キャのオタクの自分がたった一度だけ大勢の人が集まるコミケに『コスプレ』をして参加した時である。

　オタク仲間に唆され、大好きな推しのキャラクターになった。しかも……『女装』。でも……周りの反応は想像していたものと違った。遠くから聞こえてくる『あの子可愛い』との声。更に写真まで撮らせてほしいとも言われ謎の撮影会になった。

　普段の自分との反応のギャップに驚かされながらも悪い気はしなかった。

　ボクの名前は白瀬勇輝。高校3年生。学校では陰キャのオタク。身長も低く、顔立ちも幼い、女の子のような高い声。勉強も運動も苦手。毎日クラスメートからバカにされる日々。

　漢字は違えど『ゆうき』なんて名前負けも良いところ。そんなボクには誰にも言えない秘密があった……

「う～ん……バッチリ！今日も可愛い！」

　鏡の前で一回転し、ポーズを決めると、そこには可愛らしい女の子がいた。どこからどう見ても女の子にしか見えない。そう……週末だけボクは『女装』にハマっている。いわゆる『男の娘』。

　それはあの時の感覚が忘れられないからだ。普段の自分では想像も出来ない新しい自分になれるあの感覚が……。

　それ以来、ボクは週末になると女装をして外出することにハマってしまった。今日も例外なく、お気に入りのコーディネートに身を包み、意気揚々と家を出る。

「今日はどこへ行こうかな……最近駅前にできたカフェも良いし、公園でのんびり過ごすのも良いかも……でも……」

　そう色々と考えるが、やっぱりいつもの喫茶店にいこう。あそこはレトロな雰囲気と落ち着いたBGMが最高だし、何よりマスターの作るケーキが美味しいから。

　電車に揺られること数十分。目的の駅に到着したボクは足早に喫茶店へと向かった。カランコロン……扉を開けるといつもの優しいベルの音とコーヒーの香りが出迎えてくれる。

「いらっしゃいませ」

「あの……ケーキセットお願いします」

「かしこまりました。少々お待ちください」

　マスターに注文を済ませ、いつもの窓際の席へと座る。ここは特等席で、ここからは海が一望できる。今日は天気も良いから海がとても澄んで見える。そんな景色を眺めていると、マスターが注文したケーキセットを運んできてくれた。

「お待たせしました。こちらがご注文のケーキセットになります」

　早速フォークを手に取り一口頬張ると口の中に甘さが広がる。やっぱりここのケーキは絶品だ。思わず笑みが溢れてしまうほど美味しい。

　幸せだぁ……このケーキも、この喫茶店も……そして女装して外出する時間も……何もかも満たされるようなそんな感覚になる。

　そんなボクの様子をマスターが微笑みながら見ていることに気付いたボクは慌てて表情を引き締める。

　それからボクはゆっくりとコーヒーを飲みながら、窓から見える海を眺めていた。するとカランコロンと入り口のベルが鳴る。お客様がやってきたようだ。ここの喫茶店は穴場で普段はあまりお客様がいないんだけどね。そんなことを考えているとマスターとお客様の会話が聞こえてくる。

「いらっしゃいませ。お好きな席へどうぞ」

「はい。アイスコーヒー1つ。待ち合わせなんですけど……まだ来てないみたい」

　……ボクは一瞬耳を疑った。その声はとても聞き覚えのある声で……

　恐る恐るその子が座ったほうに視線を向ける。外見は黒髪のロングでスタイルも良く、身長はボクより少し低めで『美少女』という言葉が似合う。間違いなくボクの知っている人だった。

　彼女の名前は藤咲葵さん。ボクと同じクラスのしかも隣の席。眉目秀麗、文武両道。誰からも好かれるクラスのアイドル。そして男子から何度も告白されている……そんなボクも彼女に『憧れ』ていた。彼女はまさにボクの可愛い女の子の理想像だったから……

　そんな子がどうして……

　混乱する頭で必死に考えようとしたけど頭が真っ白で何も考えられない……一体なぜ彼女がここに来たんだろうか？そんなことより……ボクが『女装』をしていることがバレたら！？

　パニック状態になりながらも、時間は何事もなく進んでいた。それと同時にボクは完全にこの喫茶店を出るタイミングを失っていた。

　もしかしたら彼女が待ち合わせしている人物が気になっていたのかもしれない。どうしよう……でもまだバレた訳じゃないし……このままやり過ごせばいい……はず。するとふと彼女と目が合ってしまう。

　まずい！完全にバレた！？ 焦ったボクは慌てて視線を逸らし、窓の外を見た。すると彼女は突然立ち上がりボクの方へと向かってくる。

（あ……終わった……）

　そんなボクの予想を裏切り、彼女はボクの側まで来て話しかけてきた。

「あの……少しお時間ありますか？約束していた人にドタキャンされて。良かったらお話ししたいなぁって？ダメですか？」

　彼女はボクが男であること、いや隣の席の白瀬勇輝だと気付いていない？それとも気付いていてあえてスルーしてくれているのか……思考能力が停止した頭では何も考えることができずにボクは無意識に『はい』と言っていた。

「初めまして。私は藤咲葵って言います。良かったらお名前教えてもらえますか？」

「えっと……」

　とりあえず声を作って……名前……どっどうする？今のボクは女装の時の名前を用意していない。早く何か答えなければ！

「し……しら……い……ゆ……きです」

「『しらいゆき』さん？」

「うっうん！しらいは普通に白に井戸の井。ゆきは冬に降る雪……に姫です！」

「そうなんですね？なんか……『白雪姫』みたいで可愛いですね！」

　そう言って天使のような笑顔をボクに向ける藤咲さん。その可愛い笑顔にドキッとしてしまう。でも良かった……なんとかバレずに誤魔化せそうだ。

　これが、ボクこと『白井雪姫』と藤咲さんの初対面だった。