追放聖女。自由気ままに生きていく ~聖魔法?そんなの知らないのです!~

夕姫

文字の大きさ
上 下
154 / 158
第5章 二人の聖女 

9. 交響曲(シンフォニー) ~マルセナside~

しおりを挟む
 西園寺家の会合から二ヶ月。少佐に昇進し中隊長に任命された明石には忙しい日々が待っていた。

 第三艦隊のエース。人型兵器『アサルト・モジュール』胡州名称『特機』の新任部隊長。彼の部下達はみな若く、海軍兵学校の中途課程の学生ばかりなのが気になったが、逆にそれが裏の世界で生きてきた明石には新鮮で楽しい日々に感じられた。だが彼等を見るうちに次第に不安が芽生えてくるのもまた事実だった。

 胡州の格差社会は極めて残酷なものだ。生まれたとたんにその赤ん坊の将来を決め付けることが出来るそんな世の中に明石は違和感を感じていた。人口の70パーセントが貧困寸前の状態のこの国で小学校、中学校、高校と進めるのはほんの一握りの人間に過ぎない。多少勉強が出来る生徒にはそのしがらみから抜けるには二つの道しかなかった。

 一つは彼の部下達のように軍に入ること。15歳で兵学校に入り、成績優秀ならばそのまま推薦で下士官待遇での部隊配属。そしてそこでも上官の信頼を得ることが出来れば士官学校への道も開ける。

 そしてもう一つの道が寺に入ること。明石も子供のころからそう言う野心家の小坊主達に囲まれながら日々を過ごしていた。彼等も寺の経営する私立中学、高校を経て推薦で大学に進む道があり、多くは寺とは関係ない学科に進学して卒業後は大企業に勤めると言う道もあった。そんな小坊主達とともに育った明石にとって部下の平民や貧民上がりの下士官達のやる気と根性は賞賛するに値することだった。

 その日も部下の出した戦術関連のレポートを見ながら隊の隊長室でのんびりとそれに点数をつけていた明石の部屋をノックするものがいた。

「ああ、開いてるで」 

 答えた明石。そこに静かに入ってきたのは兵学校の一回生と思しき少女だった。

『なんや?貴族上がりのお嬢さんか何かか?』 

 そう思っている明石に少女は敬礼をした。

「今度この中隊に配属になりました正親町三条楓おおぎまちさんじょうかえでと申します!」 

「おおぎまち……?」 

「正親町三条です!」 

 しばらく明石はその無駄に長い名前を頭の中で繰り返していた。

「長いな……」 

「はい!僕もそう思います」 

 少女は自分を僕と呼んだ。その言葉にしばらく明石の思考は止まる。

「正親町侯爵とは親戚か何かか?」 

「いえ、父は嵯峨惟基陸軍大佐であります!」 

 その言葉で明石はようやくこれまでの思考が無意味になるほど状況が理解できて来た。

 正親町三条家は醍醐家や佐賀家や池家と並ぶ嵯峨家の一門である。嵯峨惟基には双子の娘がおり、一人は現在東和に在住しているが、本来なら家督は彼女が継ぐのが当然とされていた。部屋住みである妹の楓が分家したところで不思議な話ではない。そして自分も部屋住みで停止されてはいるものの貴族年金を受けるときは子爵待遇の身分を証明する必要があった。なんとなく似た境遇に自然と明石の頬は緩んだ。

「長い名前やなあ……何とかならへんのか?」 

 明石の言葉に理解できないと言う顔をする楓。

「まあ、ええわ。楓曹長でええか?」 

「ハイ!」 

 明石の言葉に楓は初々しい敬礼をして見せた。そしてそのまま同じ場所に突っ立っている楓。じっと立っている彼女に明石は仕事を始めるかどうかで悩んでいた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

神のいとし子は追放された私でした〜異母妹を選んだ王太子様、今のお気持ちは如何ですか?〜

星里有乃
恋愛
「アメリアお姉様は、私達の幸せを考えて、自ら身を引いてくださいました」 「オレは……王太子としてではなく、一人の男としてアメリアの妹、聖女レティアへの真実の愛に目覚めたのだ!」 (レティアったら、何を血迷っているの……だって貴女本当は、霊感なんてこれっぽっちも無いじゃない!)  美貌の聖女レティアとは対照的に、とにかく目立たない姉のアメリア。しかし、地味に装っているアメリアこそが、この国の神のいとし子なのだが、悪魔と契約した妹レティアはついに姉を追放してしまう。  やがて、神のいとし子の祈りが届かなくなった国は災いが増え、聖女の力を隠さなくなったアメリアに救いの手を求めるが……。 * 2023年01月15日、連載完結しました。 * ヒロインアメリアの相手役が第1章は精霊ラルド、第2章からは隣国の王子アッシュに切り替わります。最終章に該当する黄昏の章で、それぞれの関係性を決着させています。お読みくださった読者様、ありがとうございました! * 初期投稿ではショートショート作品の予定で始まった本作ですが、途中から長編版に路線を変更して完結させました。 * この作品は小説家になろうさんとアルファポリスさんに投稿しております。 * ブクマ、感想、ありがとうございます。

【完結】聖女を害した公爵令嬢の私は国外追放をされ宿屋で住み込み女中をしております。え、偽聖女だった? ごめんなさい知りません。

藍生蕗
恋愛
 かれこれ五年ほど前、公爵令嬢だった私───オリランダは、王太子の婚約者と実家の娘の立場の両方を聖女であるメイルティン様に奪われた事を許せずに、彼女を害してしまいました。しかしそれが王太子と実家から不興を買い、私は国外追放をされてしまいます。  そうして私は自らの罪と向き合い、平民となり宿屋で住み込み女中として過ごしていたのですが……  偽聖女だった? 更にどうして偽聖女の償いを今更私がしなければならないのでしょうか? とりあえず今幸せなので帰って下さい。 ※ 設定は甘めです ※ 他のサイトにも投稿しています

そろそろ前世は忘れませんか。旦那様?

氷雨そら
恋愛
 結婚式で私のベールをめくった瞬間、旦那様は固まった。たぶん、旦那様は記憶を取り戻してしまったのだ。前世の私の名前を呼んでしまったのがその証拠。  そしておそらく旦那様は理解した。  私が前世にこっぴどく裏切った旦那様の幼馴染だってこと。  ――――でも、それだって理由はある。  前世、旦那様は15歳のあの日、魔力の才能を開花した。そして私が開花したのは、相手の魔力を奪う魔眼だった。  しかも、その魔眼を今世まで持ち越しで受け継いでしまっている。 「どれだけ俺を弄んだら気が済むの」とか「悪い女」という癖に、旦那様は私を離してくれない。  そして二人で眠った次の朝から、なぜかかつての幼馴染のように、冷酷だった旦那様は豹変した。私を溺愛する人間へと。  お願い旦那様。もう前世のことは忘れてください!  かつての幼馴染は、今度こそ絶対幸せになる。そんな幼馴染推しによる幼馴染推しのための物語。  小説家になろうにも掲載しています。

強制力がなくなった世界に残されたものは

りりん
ファンタジー
一人の令嬢が処刑によってこの世を去った 令嬢を虐げていた者達、処刑に狂喜乱舞した者達、そして最愛の娘であったはずの令嬢を冷たく切り捨てた家族達 世界の強制力が解けたその瞬間、その世界はどうなるのか その世界を狂わせたものは

【完結】聖女にはなりません。平凡に生きます!

暮田呉子
ファンタジー
この世界で、ただ平凡に、自由に、人生を謳歌したい! 政略結婚から三年──。夫に見向きもされず、屋敷の中で虐げられてきたマリアーナは夫の子を身籠ったという女性に水を掛けられて前世を思い出す。そうだ、前世は慎ましくも充実した人生を送った。それなら現世も平凡で幸せな人生を送ろう、と強く決意するのだった。

冤罪で殺された聖女、生まれ変わって自由に生きる

みおな
恋愛
聖女。 女神から選ばれし、世界にたった一人の存在。 本来なら、誰からも尊ばれ大切に扱われる存在である聖女ルディアは、婚約者である王太子から冤罪をかけられ処刑されてしまう。 愛し子の死に、女神はルディアの時間を巻き戻す。 記憶を持ったまま聖女認定の前に戻ったルディアは、聖女にならず自由に生きる道を選択する。

無一文で追放される悪女に転生したので特技を活かしてお金儲けを始めたら、聖女様と呼ばれるようになりました

結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
スーパームーンの美しい夜。仕事帰り、トラックに撥ねらてしまった私。気づけば草の生えた地面の上に倒れていた。目の前に見える城に入れば、盛大なパーティーの真っ最中。目の前にある豪華な食事を口にしていると見知らぬ男性にいきなり名前を呼ばれて、次期王妃候補の資格を失ったことを聞かされた。理由も分からないまま、家に帰宅すると「お前のような恥さらしは今日限り、出ていけ」と追い出されてしまう。途方に暮れる私についてきてくれたのは、私の専属メイドと御者の青年。そこで私は2人を連れて新天地目指して旅立つことにした。無一文だけど大丈夫。私は前世の特技を活かしてお金を稼ぐことが出来るのだから―― ※ 他サイトでも投稿中

巻添え召喚されたので、引きこもりスローライフを希望します!

あきづきみなと
ファンタジー
階段から女の子が降ってきた!? 資料を抱えて歩いていた紗江は、階段から飛び下りてきた転校生に巻き込まれて転倒する。気がついたらその彼女と二人、全く知らない場所にいた。 そしてその場にいた人達は、聖女を召喚したのだという。 どちらが『聖女』なのか、と問われる前に転校生の少女が声をあげる。 「私、ガンバる!」 だったら私は帰してもらえない?ダメ? 聖女の扱いを他所に、巻き込まれた紗江が『食』を元に自分の居場所を見つける話。 スローライフまでは到達しなかったよ……。 緩いざまああり。 注意 いわゆる『キラキラネーム』への苦言というか、マイナス感情の描写があります。気にされる方には申し訳ありませんが、作中人物の説明には必要と考えました。

処理中です...