追放聖女。自由気ままに生きていく ~聖魔法?そんなの知らないのです!~

夕姫

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第3章 聖女。魔法と鉱山に挑むのです!

30. 嘘 ~マルセナside~

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 出撃の朝の緊張感は、どこの軍隊でも変わりはしない。昨日まで野球に興じたり山岳部族の子供達と戯れていた兵士達の様子は一変し、緊張した面持ちで整列して装備の確認をしているのが窓から見える。クリスは表で爆音を立てているホバーのエンジンのリズムに合わせて剃刀で髭を剃っていた。

「別にデートに行くわけじゃないんだ。そんな丹念に剃ること無いじゃないか 」 

 ベッドに腰掛けたハワードはカメラの準備に余念が無い。

「一応、北兼軍閥の最高指導者の機体に乗せていただけるんだ。それなりの気遣いと言うものも必要だろ? 」 

 口元に残った髭をそり落とすと、そのまま洗面器に剃刀を泳がせる。大きな音がして建物が揺れるのは大型ホバーが格納庫の扉にでもぶつかったのだろう。罵声と警笛が響き渡り戦場の後方に自分はいるんだという意識がクリスにも伝わってくる。そんなクリスにハワードが整備が終わったカメラのレンズを向けた。

「確かにそうかもしれないがな。それより大丈夫なのか? 四式は駆動部分や推進機関のパルス波動エンジンは最新のものに換装してあるって話だぞ。あんな時代遅れの機体に最新の運動システムが付いていけると思うのか? それに重力制御式コックピットの世代は二世代も前のを使っているって話だ。Gだって半端じゃないはずだろ 」

 鏡をのぞきながら剃り跡を見ていたクリスだが、そうハワードから言われると仕方ないというように頭を掻きながら相棒の方を振り向く。 

「なに、私もM3くらいなら操縦したことがあるからな。それに今回は後部座席で見物するだけだ。大して問題にはならないよ 」 

 そう言うとクリスは足元に置いておいた戦場でいつも身につけているケプラー防弾板の入ったベストを着込んだ。そして、出かけようという時、ノックする音に気づいた。

「どうぞ! 」 

 迷彩のヘルメットカバーにピースマークをペンで書き込んだものを被るクリス。ドアが開く。そこにはクリスの見たことの無い戦闘帽を被った嵯峨が立っていた。

「すいませんねえ、早く起こしちまって。朝食でも食べながら話しましょうや 」 

 何かをたくらんでいそうな笑みを浮かべた嵯峨に、クリスはハワードと顔を見合わせた。

「ええ、まあよろしくお願いします 」 

 断るわけにも行かない。そう思いながらクリスはそのまま歩き出した嵯峨に続いた。嵯峨が着ている昨日と同じ半袖の軍服は人民軍の夏季戦闘服である。そして足首にはゲートルが巻かれ、黒い足袋に雪駄を履いていた。その奇妙な格好にハワードは手にしていた小型カメラのフラッシュを焚く。嵯峨はそれを咎めもせず、そのまま立て付けの悪い引き戸を開いて食堂に入った。

「食事があるってのはいいものっすねえ 」 

 そう言うと嵯峨は周りの隊員達を見回す。食堂にたむろしているのはまだ出番の来ない補給担当の隊員達だった。その体臭として染み付いたガンオイルのよどんだ匂いが部屋に充満している。兵士達は攻撃部隊が出撃中だというのに大笑いをしながら入ってきたクリス達を見ようともせず食事を続けている。

「俺と同じのあと二つ 」 

 カウンターに顔を突っ込むと嵯峨は太った炊事担当者に声をかけた。嵯峨の顔を見ても特に気にする様子も無く淡々と鍋にうどんを放り込む料理担当兵。

「そう言えば嵯峨中佐は前の大戦では遼南戦線にいたそうですね 」 

 クリスの言葉に嵯峨の表情に曇りが入った。だが、カレーうどんが大盛りになったトレーを受け取った頃にはその曇りは消えて、人を食ったような笑顔が再び戻ってきていた。

「そうですよ。ありゃあ酷い戦場だったねえ 」 

 そう言いながら嵯峨はテーブルの上のやかんに手を伸ばすと、近くに置いてあった湯飲みにほうじ茶を注いだ。聞かれることを判っている、何度と無く聞かれて飽きたとでも言いたいような表情。嵯峨の大げさな言葉とは裏腹に目は死んだように見える。それを見てクリスは少しばかり自分が失敗したことに気付いていた。

「ここから三百キロくらい西に新詠という町がありましてね。そこで編成した私の連隊に配備されたアサルト・モジュールはたった三機。しかも、一機は故障中と来てる。連隊規模で三機ですよ?どう戦争すればいいんですよ 」 

 圧倒的な遼北の物量を前に、敗走していく胡州の兵士の写真はクリスも何度も見ていた。胡州から仕掛けた戦いだった遼南戦線は見通しの甘さと胡州帝国軍の疲弊振りを銀河に知らしめるだけの戦いだった。

 初期の時点でアサルト・モジュールなどの機動兵器の不足がまず胡州の作戦本部の意図を裏切ることになった。作戦立案時の三分の一の数のアサルト・モジュールはほとんどが旧式化していた九七式だった。その紙の様な装甲で動きは鈍いが重武装で知られるロシア製のアサルト・モジュールをそろえていた遼北軍を相手にするのははじめから無理な話だった。すぐに遼北の要請で駆けつけた西モスレムの機動部隊は胡州・遼南同盟軍の横腹に襲い掛かり、宇宙へ上がる基地はアサルト・モジュールを使った大規模な電撃戦で瞬時に陥落した。

 彼らが無事に胡州の勢力圏へと帰ろうと思えば、遼南帝国ムジャンタ・カバラ帝を退位に追い込んだ米軍とゴンザレス政権同盟軍への投降以外に手はなかった。遼北による捕虜の非道な扱いの噂は戦場に鳴り響いており、反枢軸レジスタンス勢力による敗残兵狩りは凄惨を極めていた。さらにそんな彼らの前に延々数千キロにわたって続く熱帯雨林が立ちはだかった。指揮命令系統はずたずたにされ、補給など当てに出来ない泥沼の中、彼らは南に向かって敗走を続けた。

 嵯峨の指揮していた下河内混成特機連隊も例外ではなかった。彼らは殿として脱落兵を拾いながら南を目指した。当時の胡州陸軍部隊の敗走する姿は胡州軍に投降を呼びかけるビラを作成する為、民間人を装い彼らに近づいた地球側の特殊潜行部隊に撮影されていた。

 兵士の多くが痩せこけた頬とぎらぎらした眼光で弾が尽きて槍の代わりにしかならないだろう自動小銃を構えて膝まで泥につかり歩いている。その後ろには瀕死の戦友を担架に乗せて疲れたように進む衛生兵。宇宙に人類が進出したと言うのにそこにあるのは昔ながらの敗残兵の姿だった。

 文献を見ても蚊を媒介とする熱病が流行し、生水を飲んだものは激しい下痢で体力を失い倒れていったと言う記述ばかりが目立つ戦いだったと言う。住民は遼北、アメリカの工作員が指導したゲリラとして彼らに襲い掛かるため昼間はジャングルの奥で動くことも出来ずに、重症の患者を連れて行くかどうかを迷う指揮官が多かったと伝えられている。置いていくとなると負傷者には一発の拳銃弾と拳銃が手渡されたと言う。

 その地獄から帰還した歴戦の指揮官。しかし、そんな面影など今目の前でカレーうどんを食べ続けている嵯峨には見て取ることができなかった。いっそのこと貴族上がりのボンボンとも思いたいがずるずると音を立てて勢い良くうどんをすすりこむ姿はどちらかといえばブルーカラー階級の出身者を思わせる雰囲気があった。
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