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エピソード2
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『ミーちゃん!』
叫んだ次の瞬間、ミサコの目の前にあったのは。涙を浮かべて自分をのぞき込むトシオの顔だった。
『ミサちゃん…』
『トシちゃん?』
ここは?私は戻ってきたの?
『はい、ミサコさん、お帰りなさい。お疲れ様』
ミサコの肩をつかんで揺さぶるトシオをぐっと押しやって、マリコはシャンプー台の椅子を起こすと、ミサコの髪の毛をタオルでごしごしふいた。
『あんたも無情な女だね、せっかく恋人同士が再会を喜んでるんだ。もう少し余韻を味合わせてやったっていいじゃないの』
『そうはいいますけどね、もう10時ですよ。リイコだって、そろそろ寝る時間なの。明日のお弁当の仕込みだってあるし、無事再会できたなら、めでたしめでたしですよ。あとは、お二人でごゆっくりどうぞ』
マリコの言葉に、ミサコは慌ててセット面へ移動する。
今までのことは夢?それとも幻覚?
トシオも何が起こったのか知りたそうにしていたが、マリコの言う通りもう遅い時間だ。まだ中学生の子供を一人きりにさせて、こちらの都合に合わせてもらったことに恐縮し黙ってしまった。
『ごめんなさいね。私が、カラーカットまで頼んだから』
『いいえ、いいんですよ。でも、お代は面会費用とカラーカット代の両方、きっちりいただきますから』
『ほほほ。もちろんですとも』
マリコにはっきりと言われて、ミサコの心は軽くなる。この子のこういうところは、おばあちゃん譲りね、とミサコはしみじみ感じた。
ドライヤーで髪の毛を乾かし、きれいにセットした後、マリコはミサコの肩のマッサージをしようと首元に手をかた。そして、ぎょっとする。首には、くっきりと指の跡がついていた。
これは…。
マリコが顔をあげると、鏡の中でミサコと目が合った。ミサコは、『ふふふ』と笑うと、そっとブラウスのボタンを閉めた。
『ミサちゃん、大丈夫だったか?別れた亭主に酷いことされたんじゃないか?』
マリコがセットした髪の毛をスプレーで固め終えると、待ってましたとばかりにトシオが尋ねる。
『大丈夫ですよ。あの人には会いませんでしたから』
ミサコの返事に、「へ?」とトシオとヤエが顔を見合せた。マリコもおや?という風に鏡越しにミサコを見たが、ミサコは平然としている。
『あんた、あのバカ旦那に会わなかったのかい?』
『会いませんでした』
『なら、誰に会ったんだい?』
『ミーちゃんですよ』
『ミーちゃん?!』『ミーちゃん!!』
ヤエとトシオの声が重なる。
『はい。昔、私が可愛がっていた野良猫なんですけどね。どうやら私はあの子を引き寄せてしまったようなんですよ。ふふふ』
微笑むミサコに、トシオはほっとしたように頷いた。
『ミサちゃんらしいや。いやあ、よかった、よかった』
死者とはいえ、長年連れ添った亭主に恋人が会うのだから、どこか嫉妬心もあったのだろう。トシオは、ミサコの嘘を信じ、心底安堵しているようだ。
施術中、眠るミサコを見つめるトシオの様子を見れば、どれほどミサコを愛しているのかは安易に想像がつく。老いらくの恋なんて、と、マリコは半分呆れ、半分羨ましく思った。
『ちっともよくなんかない!』
しかし、そう叫んだのはヤエである。
『あんた、それじゃあ、私はまたあんたの亭主に夜な夜な枕元に立たれなくちゃならないのかい?冗談じゃないよ!!』
皆、はっとしたように顔を見合わせる。そもそもことの発端はヤエの枕元にハルオが立ったのが始まりだったのだ。さて、どうしたものかとマリコが見守っていると、ミサコが「ほほほ」と笑った。
『大丈夫ですよ。マリちゃんがきちんとお祓いしてくれますから』
ぎょっとしたが、鏡の中にミサコを見返すとミサコは小さく頷いた。
『ねぇ、マリちゃん?もうあの人は出てこないわよね?マリちゃんがなんとかしてくれるんでしょう?』
微笑んではいるが有無を言わさぬ迫力のミサコに、思わずマリコは頷いてしまう。
『だったら、あんた、最初からそう言いなさいよね!』
ヤエににらまれ、口をとがらせるマリコに、ミサコが肩をすくめた。
『とりあえず一件落着ってことでいいのね?』
ヤエがマリコに尋ねる。
『そうみたいですね。ミサコさんお疲れさまでした』
マリコはヤエと目を合わせないでおざなりに返事をした。
明るい茶色に染められ、ふんわりとセットした髪の毛を、ミサコがそっと愛おし気に撫でる。
私も、まだまだすてたもんじゃありませんね。ふふふ。
もう、姑の我がままに付き合って、濡れた髪の毛のまま美容院を飛び出したりする必要はないんだ。
そんな当たり前のことに、ミサコはいちいち感動していた。
『きれいだよ、ミサちゃん。よく似合ってる』
『いやですよ、こんなおばあちゃんからかって』
『けっ。勝手にしてよね。胸くそわるいったらないわ』
『ほほほ。ヤエちゃんたら、相変わらず口が悪いんだから』
トシオに褒められ、ほほを赤く染めるミサコを見て、マリコは「めでたしめでたし」と心の中で呟いたのだった。
叫んだ次の瞬間、ミサコの目の前にあったのは。涙を浮かべて自分をのぞき込むトシオの顔だった。
『ミサちゃん…』
『トシちゃん?』
ここは?私は戻ってきたの?
『はい、ミサコさん、お帰りなさい。お疲れ様』
ミサコの肩をつかんで揺さぶるトシオをぐっと押しやって、マリコはシャンプー台の椅子を起こすと、ミサコの髪の毛をタオルでごしごしふいた。
『あんたも無情な女だね、せっかく恋人同士が再会を喜んでるんだ。もう少し余韻を味合わせてやったっていいじゃないの』
『そうはいいますけどね、もう10時ですよ。リイコだって、そろそろ寝る時間なの。明日のお弁当の仕込みだってあるし、無事再会できたなら、めでたしめでたしですよ。あとは、お二人でごゆっくりどうぞ』
マリコの言葉に、ミサコは慌ててセット面へ移動する。
今までのことは夢?それとも幻覚?
トシオも何が起こったのか知りたそうにしていたが、マリコの言う通りもう遅い時間だ。まだ中学生の子供を一人きりにさせて、こちらの都合に合わせてもらったことに恐縮し黙ってしまった。
『ごめんなさいね。私が、カラーカットまで頼んだから』
『いいえ、いいんですよ。でも、お代は面会費用とカラーカット代の両方、きっちりいただきますから』
『ほほほ。もちろんですとも』
マリコにはっきりと言われて、ミサコの心は軽くなる。この子のこういうところは、おばあちゃん譲りね、とミサコはしみじみ感じた。
ドライヤーで髪の毛を乾かし、きれいにセットした後、マリコはミサコの肩のマッサージをしようと首元に手をかた。そして、ぎょっとする。首には、くっきりと指の跡がついていた。
これは…。
マリコが顔をあげると、鏡の中でミサコと目が合った。ミサコは、『ふふふ』と笑うと、そっとブラウスのボタンを閉めた。
『ミサちゃん、大丈夫だったか?別れた亭主に酷いことされたんじゃないか?』
マリコがセットした髪の毛をスプレーで固め終えると、待ってましたとばかりにトシオが尋ねる。
『大丈夫ですよ。あの人には会いませんでしたから』
ミサコの返事に、「へ?」とトシオとヤエが顔を見合せた。マリコもおや?という風に鏡越しにミサコを見たが、ミサコは平然としている。
『あんた、あのバカ旦那に会わなかったのかい?』
『会いませんでした』
『なら、誰に会ったんだい?』
『ミーちゃんですよ』
『ミーちゃん?!』『ミーちゃん!!』
ヤエとトシオの声が重なる。
『はい。昔、私が可愛がっていた野良猫なんですけどね。どうやら私はあの子を引き寄せてしまったようなんですよ。ふふふ』
微笑むミサコに、トシオはほっとしたように頷いた。
『ミサちゃんらしいや。いやあ、よかった、よかった』
死者とはいえ、長年連れ添った亭主に恋人が会うのだから、どこか嫉妬心もあったのだろう。トシオは、ミサコの嘘を信じ、心底安堵しているようだ。
施術中、眠るミサコを見つめるトシオの様子を見れば、どれほどミサコを愛しているのかは安易に想像がつく。老いらくの恋なんて、と、マリコは半分呆れ、半分羨ましく思った。
『ちっともよくなんかない!』
しかし、そう叫んだのはヤエである。
『あんた、それじゃあ、私はまたあんたの亭主に夜な夜な枕元に立たれなくちゃならないのかい?冗談じゃないよ!!』
皆、はっとしたように顔を見合わせる。そもそもことの発端はヤエの枕元にハルオが立ったのが始まりだったのだ。さて、どうしたものかとマリコが見守っていると、ミサコが「ほほほ」と笑った。
『大丈夫ですよ。マリちゃんがきちんとお祓いしてくれますから』
ぎょっとしたが、鏡の中にミサコを見返すとミサコは小さく頷いた。
『ねぇ、マリちゃん?もうあの人は出てこないわよね?マリちゃんがなんとかしてくれるんでしょう?』
微笑んではいるが有無を言わさぬ迫力のミサコに、思わずマリコは頷いてしまう。
『だったら、あんた、最初からそう言いなさいよね!』
ヤエににらまれ、口をとがらせるマリコに、ミサコが肩をすくめた。
『とりあえず一件落着ってことでいいのね?』
ヤエがマリコに尋ねる。
『そうみたいですね。ミサコさんお疲れさまでした』
マリコはヤエと目を合わせないでおざなりに返事をした。
明るい茶色に染められ、ふんわりとセットした髪の毛を、ミサコがそっと愛おし気に撫でる。
私も、まだまだすてたもんじゃありませんね。ふふふ。
もう、姑の我がままに付き合って、濡れた髪の毛のまま美容院を飛び出したりする必要はないんだ。
そんな当たり前のことに、ミサコはいちいち感動していた。
『きれいだよ、ミサちゃん。よく似合ってる』
『いやですよ、こんなおばあちゃんからかって』
『けっ。勝手にしてよね。胸くそわるいったらないわ』
『ほほほ。ヤエちゃんたら、相変わらず口が悪いんだから』
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