美容師マリコのスピリチュアルな日常

三島永子

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エピソード1

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 ヨネが用意したお布施には一万円札が5枚も入っていた。マリコはお寿司でも取ろうかと提案したのだが、堅実なリイコが頑なに拒否し、スーパーで国産牛豚の焼き肉セットを買ってホットプレートで焼いて食べた。デザートはユキヒコからもらったメロン。二人にとっては久しぶりの豪華な食事だった。

 夜、マリコはタロットカードをシャッフルしていた。マリコの趣味は占いで、副業で占い師もしているのだが、その話はまた今度。

  マリコが使うのはスタンダードな西洋タロットで、ルノルマンカードや、美しい柄のオラクルカードも収集している。

 普段、マリコは自分のことを占ったりはしない。近しい身内や自分のことは、あまりにも感情移入しすぎて占えないというのがマリコの自論だった。

 それでも、なんとなく胸がざわつく日は、直感で一枚だけカードを引くワンオラクル占いをする。良いカードが出ればほっとするし、悪いカードが出れば用心しようと心がける。験担ぎのようなものだ。

 マリコが引いたのは女帝のカードだった。意味は母性。決して悪い意味のカードではない。それなのに、浮かんでくるイメージは、ひどく悲しい。

 マリコは煙草に火をつけるとベランダに出た。リイコには禁煙するように口を酸っぱく言われているが、でも、どうしてもやめることができない。

 蒸し暑く、月のない夜だった。湿った漆黒の空に向かって紫煙を吐く。ちりちりとこめかみのあたりがうずいて、マリコは大きなため息をつく。どうやら呼んでしまったようだ。

 タバコを吸い終え、吸殻をもみ消して部屋に入ると、やはり、それはいた。浅黒い肌と、大きな目、太い眉毛が印象的な大柄の女は、多分、カエデの母親のリカだろう。マリコのベッドに腰かけ、じっとマリコを睨んでいる。

『ひどいじゃない』

 リカの第一声は、それだった。

『仕方ないじゃない。生みの親より育ての親って言うでしょう。それに、あたしは向こう側の世界とつなぐのが仕事で、誰と会うか選ぶのは依頼人なの。恨むなら、あんたの娘を恨みなよ。あたしに化けて出るなんて筋違いだよ』

 面会で引き合わせた直後は、霊力が高まるのか、はたまた、向こう側の世界との境界線が薄くなるのか、異界の者を呼び寄せてしまうことがある。夢の中に現れてお礼を言われたりするパターンが多いのだが、たまにこうしてダイレクトに現れるものもいるのだ。しかも、そういう場合は、言われるのはお礼ではなく文句や恨み言が多い。

『そうじゃなくて、ユキヒコ君よ。私の夫を誘惑するなんて、ひどいじゃない』

『はぁ?』

 マリコは呆れ、ふんと鼻で笑った。

『悪いけど、あなたの旦那の顔なんてもう覚えてもいないよ』

『なんですって!』

 リカが肩をいからせると、生ぬるい風が部屋に流れ込んできて、ふわり、テーブルの上のタロットカードが舞い上がって、床へ散らばった。

『ちょっと、何するのよ。いたずらするなら今すぐ消えて!消えないなら巫女を呼んでくるよ』

 マリコがすごむと、初めは恐ろしい顔をしていたリカの顔がみるみる崩れ、泣き顔に変わった。

『もう、私の人生なんか最悪よぉ。結婚と同時に同居だったし、姑は厳しいし、不妊治療の末やっと子供が授かったと思ったら病気になるし、死んじゃうし。娘はママよりひいばあちゃんラブだし、私って本当に不幸だわ』

 わっとベッドに突っ伏して、リカはわんわん泣く。マリコは無視して黙々とカードを拾い集める。

『ちょっとは気にしてくれても良くない?』

『あんたのせいで片付けるはめになったんでしょうが!って、ちょっと、あんた!』

 リカがマリコのタバコ拝借し、火をつけた。プーと豪快に鼻から煙を吐き出したところで、マリコはリカの首根っこを掴んでベランダへと引っ張り出す。

『タバコは部屋では吸わない約束なの!』

『誰と?』

『娘とよ』

『いいわね。あなたは娘と一緒に生きて行けて』

 リカがまたべそをかく。
 
 まったく、一体なんなのだ、この幽霊は。マリコはたいがいうんざりしていた。

『私なんか、カエデとたった一年と少ししかいられなかった。妊娠と同時に病気が発覚して。出産してすぐに治療を開始したらか、まともにおっぱいをあげたこともないんだから。ヨネばあちゃんがうらやましいよ。勿論、カエデにあんなにたくさんの愛情をかけて育ててくれたことには感謝してるけどさ。でも、やっぱりちょっと悔しい。だって私は命と引き換えにカエデのことを産んだのに…』

 そう言ってめそめそするものだから、さすがのマリコも気の毒になってきて、リカの背中をぽんぽんと叩いてやった。マリコの気づかいに触れ、リカの表情がふっと和らぐ。

『親は無償の愛情を子供に与えられるだなんて誰が決めたの。だって、私、こんなにもカエデに見返りを求めてる。ママのことを忘れないで、ママがあなたを恋しがるようにあなたもママを恋しがってって、本当は叫びたい。私って、親として未熟なのかな?たった一年と少ししか、ママでいられなかったから親として未完成なのかな』

自分の名前の由来を語った時のカエデの誇らしそうな顔をマリコは思い出す。あの子はほとんど記憶にない母を、愛おしんでいるのだ。

『そんなことないよ。あたしだって同じだよ』

『あなたも?』

 マリコが頷く。親だからと言って無条件に子供を愛せるわけではない。期待もすれば、期待した分だけがっかりもする。こちらが苦労していることを理解して欲しいし、その苦労を汲み取った分努力をして欲しいと望む。時には心の底から腹が立つし、育て方を間違えたと悔いることもある。親になって初めてわかる親の苦悩に日々驚かせれているのだ。子供に何も求めず、期待せず、まっすぐな愛情だけ注げる親なんかきっといない。

『産んだだけで何もしてあげられなかった私が、カエデに必要とされたいと願うのは贅沢な事なの?』

リカの問いに、マリコは少し考えてこう答える。

『いつかカエデちゃんも親になった時、きっと、あんたを必要として会いに来る。だから、その時まで待ってなよ』

『本当?』

『うん。本当だよ』

 リカがほっとしたように笑い、吸いかけのタバコをマリコに渡す。マリコがそれをもみ消すと同時に、リカの姿もジュッと消えた。

きっと、将来、カエデはリカに会うために、再びここへやってくるだろう。でもそれは、悲しいかな、カエデもリカと同じ選択肢を辿る運命にあるからだ。

 タロットカードを引いた時、強烈なイメージが頭に浮かんだ。それは、大人になったカエデが、リカと同じ病気に侵されるというもの。しかも、カエデのお腹は膨らんでいた。

ーママ、私を妊娠した時、なぜ自分の命を縮めるとわかっていながら、私を産んだの?ママは後悔していない?

 そんな未来の母子のやりとりが、マリコには見えてしまったのだ。でも、それは、同じ娘を持つ母親としてリカには言えなかった。

『ふん、あたしのほうが数倍綺麗じゃん』
 
 タバコを咥え火をつける。瞬く星の中に、マリコは必死に流れ星を探す。カエデに定められた悲しい未来が、どうかよい方向へ変わりますようにと祈るために、マリコはじっと目を凝らし、流れ星を探し続けた。
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