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エピソード1
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『はい、おつかれちゃん!』
きゅーと椅子が起き上がり、ごしごしと強い力で頭をタオルでふかれる。
『な、なに?ここは?』
突然の展開に、カエデはパニック状態だ。
『ヨネさんは?おっぱいは?』
『何言ってるの?おっぱいだなんて、赤ちゃんじゃあるまいし、目を覚ましなさいよね。はい、こちらへどうぞぉ』
ヨネとの別れを惜しむ暇も、一連の出来事を整理する時間も与えられぬまま、カエデはシャンプー台からセット面に移動させられる。でも、頭はさっぱりとして軽い。ミントシャンプーがスースースーして爽やかだ。
あれよあれよという間に、両脇に立ったマリコとリイコからドライヤーを当てられる。ぶぉおおおんという風の音。余韻に浸る暇もないほど機械的に作業は進み、最終的にはリイコによって綺麗な編み込みのお下げスタイルにされた。
『カエデちゃん、ママに会えた?』
『う、うん…』
リイコに聞かれ、なぜか、カエデはそう答えた。
『よかったね。ママとどんな…』
リイコが尋ねかけた時、
『いらっしゃいませぇ』
『カエデ!』
カエデの父親のユキヒコが店に飛び込んできた。
『パパ!』
『あたしがリイコに連絡させたの。そのリュックに、住所と連絡先が書いてあったから』
マリコがカエデのリュックを顎でしゃくった。
『お前、なんだって、こんなとこまで…』
ユキヒコは、なぜカエデがこんなところにいるのか、見当もつかず困惑している。
『そ、それは…』
なんと説明したらいいのだろう。こんな嘘みたいな本当の話を、パパが信じてくれるわけがない。それに、なんとなくだけれど、このことはあまり人に言いふらしてはいけない気がした。
『ちょっと、冒険の旅に出たのよね?それで、道に迷って、こんなとこまで来ちゃったの。ね?』
『う、うん…。ごめんなさい』
リイコの出した助け舟にカエデはのっかる。どんな嘘や言い訳をするより、それが一番しっくりくる気がしたからだ。後できっと、たっぷりと叱られるだろうが、それも仕方ない。謝って、泣いて、それでもだめなら布団にもぐってしまおうとカエデは決めた。
『まったく、お前ってやつは。どうもすみませんでした。あの、おいくらですか?』
カエデの結い上げられた髪の毛を見て、ユキヒコがおずおずと尋ねた。
『あ、セット料金は子供が1500円で…』
『ママ!』
リイコが飛んできてマリコの耳元で囁く。
『お布施ならちきんともらったでしょう?』
『払うって言うんだからもらっとけばいいじゃない』
『だめだよ、そんなの、詐欺じゃん』
『あ、あの…』
こそこそする親子を、ユキヒコが訝し気に見ている。親切にしてもらってありがたいのだが、この親子、特に母親の方は派手で、態度もでかい。今だって、どかりとレジの前に座り、白けた顔で頬杖をついている。これで客商売が務まるのだろうかと余計なお世話だろうがが心配になる。
でも…。
ユキヒコは目の前のマリコを盗み見た。こんな大きな子供がいるようには見えない。華があって、スタイルもいい。目が大きなところと色が黒いところが、どことなく亡くなったリカに似ているような気がする。もちろん、リカのほうが若くて、数倍も愛嬌があったが。
『あ、お代は結構です。髪の毛結ってあげたの、私なんで。遊びみたいなものですから』
見かねてリイコが口をはさむ。
『でも…』
『いいじゃん、もらっとけば。ジュース代だよ』
リイコの背後から、マリコが小声で言う。
『どこの世界に1500円もするオレンジジュースを出す美容室があるのよ。ホストクラブじゃないんだよ』
『あんた、よくそんなこと知ってるね。まさか、その年でホスト遊びしてるんじゃ…いててて』
リイコが、マリコの足を思いきり踏んだ。
『本当に気にしないでください。あはははは…』
『じゃ、じゃあ、お言葉に甘えて…』
ユキヒコが、おずおずと財布に千円札を引っ込めるのを、マリコが恨めしそうに見つめた。
『あ、そうだ。ちょっと、待っててください』
ユキヒコが踵を返し、店の前に止めてある軽トラックの荷台へ向かう。そして、大きなメロンを二つ抱えて戻ってきた。
『よかったら、これ』
『いいんですか!!!』
リイコの背後から飛び出したマリコが、さっと二つのメロンをユキヒコから受け取る。
『いいんです。うち、メロン農家だから売るほどあるんです。な、カエデ?』
カエデが頷く。
『リイコ、見て、このメロン。立派じゃないの?今夜のデザートよぉ。豪華ねぇ』
『ママやめて!』
はしゃぐマリコが恥ずかしくて、思わずリイコは肩をすくめるが、ユキヒコは、そんなマリコを眩しそうに見つめている。そんなユキヒコの視線に気づいたのは、マリコ本人ではなくリイコだ。母のマリコは、なぜだか男の気を引くらしい。
『さっそく冷やしておきましょう。リイコ。冷蔵庫へ』
『う、うわぁ』
大きなメロンを二玉も渡され、リイコは思わずよろける。
『パパさんもさ、あんまりこの子のこと叱らないでやってちょうだいよ。このくらいの時ってさ、なんか突拍子もないことしちゃうもんなのよ。うちの子もそうだった。いきなり、ふらっといなくなって、何時間も帰って来ないの。ね?』
『そんなもんですか?』
突然話の矛先が自分へ向けられ。リイコは慌てふためく。
『え?いや、まぁ』
適当に話を合わせながら、そんなこと、一度もなかったとリイコは思う。それでもそう言わなかったのはカエデのためだ。
『まぁ、これも何かの縁だからさ、誰かお友達でも紹介してよ。ほら、このティッシュにお店の番号が書いてあるから。はい、もってて』
『あ、あぁ。ありがとうございます』
『じゃあ、ありがとうございましたぁ。カエデちゃん、またね、ばいばい』
半分追い出すようなかたちで、マリコはカエデ親子を見送った。
山もりのポケットティッシュを抱え、ユキヒコは名残惜しそうに何度も振り返りながら頭を下げると、軽トラックで帰っていった。
きゅーと椅子が起き上がり、ごしごしと強い力で頭をタオルでふかれる。
『な、なに?ここは?』
突然の展開に、カエデはパニック状態だ。
『ヨネさんは?おっぱいは?』
『何言ってるの?おっぱいだなんて、赤ちゃんじゃあるまいし、目を覚ましなさいよね。はい、こちらへどうぞぉ』
ヨネとの別れを惜しむ暇も、一連の出来事を整理する時間も与えられぬまま、カエデはシャンプー台からセット面に移動させられる。でも、頭はさっぱりとして軽い。ミントシャンプーがスースースーして爽やかだ。
あれよあれよという間に、両脇に立ったマリコとリイコからドライヤーを当てられる。ぶぉおおおんという風の音。余韻に浸る暇もないほど機械的に作業は進み、最終的にはリイコによって綺麗な編み込みのお下げスタイルにされた。
『カエデちゃん、ママに会えた?』
『う、うん…』
リイコに聞かれ、なぜか、カエデはそう答えた。
『よかったね。ママとどんな…』
リイコが尋ねかけた時、
『いらっしゃいませぇ』
『カエデ!』
カエデの父親のユキヒコが店に飛び込んできた。
『パパ!』
『あたしがリイコに連絡させたの。そのリュックに、住所と連絡先が書いてあったから』
マリコがカエデのリュックを顎でしゃくった。
『お前、なんだって、こんなとこまで…』
ユキヒコは、なぜカエデがこんなところにいるのか、見当もつかず困惑している。
『そ、それは…』
なんと説明したらいいのだろう。こんな嘘みたいな本当の話を、パパが信じてくれるわけがない。それに、なんとなくだけれど、このことはあまり人に言いふらしてはいけない気がした。
『ちょっと、冒険の旅に出たのよね?それで、道に迷って、こんなとこまで来ちゃったの。ね?』
『う、うん…。ごめんなさい』
リイコの出した助け舟にカエデはのっかる。どんな嘘や言い訳をするより、それが一番しっくりくる気がしたからだ。後できっと、たっぷりと叱られるだろうが、それも仕方ない。謝って、泣いて、それでもだめなら布団にもぐってしまおうとカエデは決めた。
『まったく、お前ってやつは。どうもすみませんでした。あの、おいくらですか?』
カエデの結い上げられた髪の毛を見て、ユキヒコがおずおずと尋ねた。
『あ、セット料金は子供が1500円で…』
『ママ!』
リイコが飛んできてマリコの耳元で囁く。
『お布施ならちきんともらったでしょう?』
『払うって言うんだからもらっとけばいいじゃない』
『だめだよ、そんなの、詐欺じゃん』
『あ、あの…』
こそこそする親子を、ユキヒコが訝し気に見ている。親切にしてもらってありがたいのだが、この親子、特に母親の方は派手で、態度もでかい。今だって、どかりとレジの前に座り、白けた顔で頬杖をついている。これで客商売が務まるのだろうかと余計なお世話だろうがが心配になる。
でも…。
ユキヒコは目の前のマリコを盗み見た。こんな大きな子供がいるようには見えない。華があって、スタイルもいい。目が大きなところと色が黒いところが、どことなく亡くなったリカに似ているような気がする。もちろん、リカのほうが若くて、数倍も愛嬌があったが。
『あ、お代は結構です。髪の毛結ってあげたの、私なんで。遊びみたいなものですから』
見かねてリイコが口をはさむ。
『でも…』
『いいじゃん、もらっとけば。ジュース代だよ』
リイコの背後から、マリコが小声で言う。
『どこの世界に1500円もするオレンジジュースを出す美容室があるのよ。ホストクラブじゃないんだよ』
『あんた、よくそんなこと知ってるね。まさか、その年でホスト遊びしてるんじゃ…いててて』
リイコが、マリコの足を思いきり踏んだ。
『本当に気にしないでください。あはははは…』
『じゃ、じゃあ、お言葉に甘えて…』
ユキヒコが、おずおずと財布に千円札を引っ込めるのを、マリコが恨めしそうに見つめた。
『あ、そうだ。ちょっと、待っててください』
ユキヒコが踵を返し、店の前に止めてある軽トラックの荷台へ向かう。そして、大きなメロンを二つ抱えて戻ってきた。
『よかったら、これ』
『いいんですか!!!』
リイコの背後から飛び出したマリコが、さっと二つのメロンをユキヒコから受け取る。
『いいんです。うち、メロン農家だから売るほどあるんです。な、カエデ?』
カエデが頷く。
『リイコ、見て、このメロン。立派じゃないの?今夜のデザートよぉ。豪華ねぇ』
『ママやめて!』
はしゃぐマリコが恥ずかしくて、思わずリイコは肩をすくめるが、ユキヒコは、そんなマリコを眩しそうに見つめている。そんなユキヒコの視線に気づいたのは、マリコ本人ではなくリイコだ。母のマリコは、なぜだか男の気を引くらしい。
『さっそく冷やしておきましょう。リイコ。冷蔵庫へ』
『う、うわぁ』
大きなメロンを二玉も渡され、リイコは思わずよろける。
『パパさんもさ、あんまりこの子のこと叱らないでやってちょうだいよ。このくらいの時ってさ、なんか突拍子もないことしちゃうもんなのよ。うちの子もそうだった。いきなり、ふらっといなくなって、何時間も帰って来ないの。ね?』
『そんなもんですか?』
突然話の矛先が自分へ向けられ。リイコは慌てふためく。
『え?いや、まぁ』
適当に話を合わせながら、そんなこと、一度もなかったとリイコは思う。それでもそう言わなかったのはカエデのためだ。
『まぁ、これも何かの縁だからさ、誰かお友達でも紹介してよ。ほら、このティッシュにお店の番号が書いてあるから。はい、もってて』
『あ、あぁ。ありがとうございます』
『じゃあ、ありがとうございましたぁ。カエデちゃん、またね、ばいばい』
半分追い出すようなかたちで、マリコはカエデ親子を見送った。
山もりのポケットティッシュを抱え、ユキヒコは名残惜しそうに何度も振り返りながら頭を下げると、軽トラックで帰っていった。
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