美容師マリコのスピリチュアルな日常

三島永子

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エピソード1

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『う…。っぐっ…』

 カエデの話を聞いたリイコが鼻水をすすり上げて泣いている。そんなリイコの姿を見て、マリコは、よくもまぁそんなに涙が出るものだと感心してしまう。感受性豊かなリイコは依頼者の話を聞くと、必ずと言っていいほど泣いた。

 ちなみに、「面会」というのは、カエデが言うところの「死んだ人に会うためのシュジュツのこと」である。人によっては「交霊術」とか「通信」などと呼ぶ人もいるし、「魂の引き合わせ」などと表現してくる者もいる。母のセツコなどは「あれの予約が入った」と、あれ呼ばわりしていた。つまり、正式名称がないのだ。

 カエデの祖母が言う拝みやとは、セツコの母、つまり、マリコの祖母のキヨヱのことだろう。亡くなったキヨヱは針灸マッサージ院を営む傍ら、口寄せや祈祷、占いに、赤ちゃんの名づけやお祓いまで引き受ける、なんでもござれな霊媒師だった。

 しかし、セツコやマリコにはそこまでの力も知識もない。ただ、どうしたわけか、亡くなって人と引き合わせる能力だけは、代々引き継がれている。そして、きっと、その力はリイコも受け継いでいるはずだ。もう少しリイコが成長すればいずれかわることである。

『それじゃあ、カエデちゃんは死んだママに会いたいってことでOK?』

『ちょっと、ママ、もう少しマシな言い方、できないの?』

『マシって?』

『だから、ママに会ったらまず何を話したいとか…。色々聞いてあげようよ!』

『そんなの知らないよ。それはあたしらには関係のないことだよ。どんな話をしようが結果になろうが、依頼者と面会者次第。あたしは、ただきっかけを作ってあげるに過ぎないんだから。だいたいにして…』

 そこで、マリコは声を潜める。

『だいたいにして、この子お金持ってんの?あのリュックサックの中身は、まさか空っぽの水筒しか入ってないんじゃないでしょうね?』

『ママ!』

『何よ?あたし、なんか変なこと言った?子供だって、施術料金は発生するんだよ。そんなの常識でしょう?そのヨネさんとかいうひいばあさんは、そこんとこきちんと言い残していったのか、それが一番気になるところよ』

『じゃあ何よ?もしも、カエデちゃんが無一文だったら、ママは、カエデちゃんとママを面会させることもなく追い返そうってわけ?』

『当たり前でしょう。慈善事業じゃないんだよ』

『そんなのひどすぎない?こんな小さい子が危険をおかしてまで隣町から自転車で来たのに?死んだ母親に一目会いたい子供の気持ちを汲み取ってやることもできないわけ?ママはそれでも人の親ですか?』

『残念ながら正真正銘あんたの親です』

『あ、あの…』

 言い争うマリコとリイコを交互に見ていたカエデが割って入る。

『あ、あの…実は…』

 言いかけて、口をもごもごさせるカエデに、マリコは、

『何よ。やるならとっとと始めるよ。本来はね、この施術は特別なの。予約が必要なの。でも今日はたまたま時間が空いていたし、遠くからチャリンコで来たカエデちゃんのガッツに免じて特別にやってあげるんだよ。でもさ、ここは見てのおとり美容室なの。もしもお客さんが来たら、そっちが優先なんだから。だいたいにしてカエデちゃん、お金持ってるの?』
 
 とまくしたてた。

『ママったら!美容室のお客なんて、ここ数日来てないじゃん。本当に見栄っ張りなんだから』

 すかさずリイコが突っ込むがマリコはしれっとしている。

『あの、カエデ、お金持ってます。ヨネさんが、シュジュツを受けるにはオフセが必要だからって』

 カエデがリュックサックのサイドポケットからよれよれになった封筒を差し出した。受け取ったマリコちらりと中を覗くと、目を丸くした。

『グッジョブ、ヨネばぁ!まぁ、これはこれは失礼しちゃったわね。じゃあ、こちらのシャンプー台へどうぞ。リイコ例のぶつ、用意してちょうだい』 

『ったく、げんきんなやつ…』

 マリコの変わり身の速さに呆れながら、リイコが棚の引き出しから香炉を取り出し灰を注ぐ。鈍色に光る丸い形をしたこれといって特徴のない古い香炉は、マリコの母の母、つまり、拝みやさんだった祖母のキヨヱから受け継いだもので、その祖母も、その母から受け継いだと聞いている。つまり、代々受け継がれてきた代物なのだ。

『さぁ、カエデちゃんはシャンプー台へ移動して。これから、カエデちゃんにはリラックスしてもらうために、ヘッドスパの施術を行います』

『ヘッドスパ?』

『頭皮マッサージみたいなものよ。向こう側へ意識を飛ばすには、何より体の力を抜いてリラックスしてもう必要があるの。きっと、ヨネばあさんは、ばあちゃんの施術を受けながら、向こう側の世界を見たのね。うちのばあちゃん、マッサージ師だったから』

『シュジュツじゃなくて、シジュツ?』

 カエデが小首をかげる。

『そうよ。あたしはね、こう見えて腕のいい美容師なの。子供にはもったいないくらい贅沢な時間を過ごさせてあげるからね』

『そうそう。ママはカットの腕前はいまいちだけど、シャンプーだけはピカイチだって、死んだおばあちゃんもよく言ってた…イタタタ…』

 マリコにぎゅっとおしりをつねられて、リイコは思わず香炉を落としそうになる。

『余計な事言うんじゃないよ。あたしはカットだってパーマだってうまいわよ』

『だったら、なんでこんなに店が暇なの』

『本当、むかつくんだから』

 マリコとリイコのやり取りを見て、カエデがくすくす笑う。

 なんだかコントみたいだ。もしも、ママが生きていたら、カエデとママもこんな風に喧嘩したりしたのかな。こういうのを友達親子っていうのかな。ヨネさんが生きていた頃は、カエデとヨネさんもふざけて喧嘩もしたな。カエデたちの場合は友達ババコか。

 懐かしさがこみあげ、カエデの心がぐらぐらと揺らぐ。

『苦しくない?』

 シャンプー台に通されたカエデの首にタオルとクロスがかけられる。ちょっと、息苦しい気がしたけれど、カエデは首を振った。

『ここに寝たら体の力を抜いて目を閉じるの』

 リイコが香炉に線香を一本差した。その香炉をマリコが指さす。

『施術が始まったら、このお線香火をつける。その香りを嗅ぎながら会いたい人のことを思い浮かべるの』

『どんなことを思い浮かべたらいいの?』

『その人の顔でも、声でも、思い出でもなんでも…。カエデちゃんは、ママのこと覚えてる?』

『…写真ならあるよ』

 ヨネと一緒に幾度も眺めたアルバムは、カエでの脳裏にしっかりと焼き付いている。

 まだ恋人同士だった初々しいパパとママ。

 結婚式の写真。真っ白なウェディングドレスを着たママはお姫様みたいに綺麗だった。

 新婚旅行ではナイアガラの滝の前でパパが変顔をしてママが笑っている。それはカエデのお気に入りの一枚だ。

 それから、お腹の大きなママに、生まれたてのカエデを抱っこしているママ。カエデがママのおっぱいを吸っている写真もある。この写真が出てくると、必ずヨネさんは言った。

ーカエデ、ママのおっぱいが恋しいんだろう?どれ、ヨネさんのしわしわおっぱい啜るかい?

 そうして、シャツをまくり上げて、本当におっぱいを見せるのだ。

ーやだぁ。ヨネさんの変態!

ーほれほれ遠慮しなさんさ。

ーいらないよぉ。ヨネさんのばかぁ!

ーハハハハハ…

『会いたいって強く願う気持ちが何より大事だから。ただ、いくら会いたい気持ちが強くても、相手に気持ちが届かなかったり、向こうがそれを拒絶したら会えないこともある。それは保証できない』

 カエデが俯いて唇を噛む。その様子を見たリイコがすかさず口を挟んだ。

『絶対に会えるよ!子供に会いたくない親なんかいるはずない!』

『そうとは限らない。子供に呼び出されて拒絶した親もいたし、その逆もあった』

『ママ!』

『残念だけど、本当のことだから。あたしに依頼した以上、子供だからって嘘はつかない。きちんと全てを知ったうえで、それでもいいなら、施術はする。失敗してもお金は返さない。どうする?』

『ママ!』

『お願いします』

 カエデが強い意思を秘めた瞳でマリコを見上げた。
 
『わかった。じゃあ、心の準備ができたら合言葉を言ってちょうだい。線香の香りを感じたら、深く深呼吸するの』

 カエデがシャンプー台に頭を乗せると、白いガーゼが顔にかけられた。シャワーヘッドから勢いよくお湯が滴る。マリコがたっぷりのお湯を手の平にため、その手でカエデの頭皮を揉みほぐしながら洗い流す。心地よい温度のお湯が頭全体に行き渡り、染みこんで、べたついた汗が流される。

 なんて気持ちいんだろう。

 時に強く、時に優しく、指の腹で刺激されると、あまりの気持ちよさに体の力が抜け、おもらししそうになった。

『熱くない?』

『気持ちいい』

 不思議な感覚だった。濡れているのは頭だけのはずなのに、まるで全身がお湯の中にいるみたいにゆらゆらする。

 ママのお腹の中にいた時みたい。とっても心地よくて、すごく眠い。

 深く深呼吸すると、ほのかに花のような甘い香りがした。カエデはその香りを胸いっぱいに吸い込んだ。

 カエデの小さな胸が大きく膨らんだのを見計らって、マリコは尋ねる。

『合言葉は?』

 カエデはほとんど無意識の中で答えた。

『合言葉は…合言葉なんてない』

 その刹那、目の奥にオレンジ色の火花が弾けた。

『いってらっしゃい、カエデちゃん』

 遠のく意識の中で、そんな声を聞いた気がした。
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