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<第四章 第5話>

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   <第四章 第5話>
 後方に回り込まれるのは、まずい状況だ。
 だが、想定済みだ。
 ハンマーが、怒鳴った。
 「全員、円形陣形を作れ!」
 ハンマーは、労農革命党戦闘部隊の隊長だ。
 労農革命党の戦闘員たちが、木製大型十字架を中心に、円形陣形を作り始めた。
 しかし残念なことに、その円形陣形は、スカスカの状態だ。戦闘員と戦闘員の距離が、広すぎる。
 あたりまえだ。
 木製大型十字架の後方には、有産者市民百家族がいる。彼らを守るには、労農革命党員二十四名では、少なすぎる。
 市民男性の参戦が、必要だ。
 ルビー・クールは、市民に呼びかけた。大声で。
 「市民の皆さん、戦いましょう! 自分の家族を、守るために!」
 男性市民の一人が、抗議した。
 「武器もないのに、どうやって戦うんだ!」
 「武器ならあります。薪を手に取りましょう!」
 「薪なんかで戦えるか!」
 すぐさま、ルビー・クールが反論した。
 「戦えます。なぜなら、この状況を想定して、あらかじめ、薪の長さを四十センチメートルに切りそろえています。敵の刃物は、刃渡りが二十センチから二十五センチ。よって、四十センチの薪で、充分に戦えます。しかも、上のほうに積んである薪は、片手でつかみやすい太さに、そろえています!」
 薪の山も、木製大型十字架も、すべて労農革命党員が用意した。無産者革命党員のふりをして。
 ルビー・クールは、大声で言葉を続けた。
 「戦い方は、私が教えます。男性市民の皆さん、右手に、薪を持ちましょう」
 そこで、ナットら四名が戦列から離れ、薪の山に駆け寄った。山の上のほうから、次々に薪を取り上げ、男性市民に渡し始めた。
 ルビー・クールは、そのまま言葉を続けた。
 「次に、右手を敵の刃物から守るため、マフラーやストールなどを巻きましょう。女性市民の皆さん、自分のマフラーやストールを、夫の右手に巻きましょう」
 一部の女性たちが、自分のマフラーやストールをはずし、夫の右手に巻き始めた。
 ルビー・クールは、さらに言葉を続けた。
 「戦う際は、右足を前に出します。左足は後ろです。理由は、自分の心臓を、敵の刃物から、できるだけ遠ざけるためです。右手の薪は、自分のひたいより高く掲げましょう。敵が攻撃してきたら、刃物を持つ敵の手首に、薪を振り下ろします」
 そこで、周囲を見回した。
 敵の四個中隊が、布陣をほぼ完成させていた。北側、東側、西側を、半円形状に包囲している。
 フランクら自由革命党の戦闘員たちは、正面、すなわち南側に布陣している。南側には、全滅、壊滅した五個中隊の生き残りがいる。生き残りの中で、まだ戦える者は、合計で百数十名だろう。彼らの攻撃を抑止するためにも、フランクらは、その場を動けない。
 男性市民の一部が、マフラーやストールを巻き終わった。
 ルビー・クールが、呼びかけた。
 「さあ、男性市民の皆さん、労農革命党員の戦列に、加わりましょう!」
 その直後だった。
 ホイールが、大声で叫んだ。
 「労働者諸君! 立ち上がれ! 立ち上がれ! 立ち上がれ! 今が、革命の時だ!」
 次の瞬間、労農革命党員二十四名全員が、声を合わせて叫んだ。
 「労働者よ! 立ち上がろう! 立ち上がろう! 立ち上がろう! 今が、革命の時だ!」
 一瞬にして変わった。その場の空気が。そのかけ声で。
 多くの男性市民の戦意が、高揚こうようした。次々に、戦列に加わり始めた。
 ダリアが立ち上がり、叫んだ。
 「自由革命のために、戦いましょう!」
 続いてフランクが、叫んだ。
 「自由革命のために、戦え! 戦え! 戦え!」
 自由革命党の戦闘員たちが、口々に叫んだ。「自由のために」と。
 男性市民の士気が、さらに盛り上がった。彼らも、口々に叫んだ。「家族を守るぞ」「家族のために、戦うぞ」「女房子どものために」などなどなど。
 男性市民が次々に加わったため、スカスカだった労農革命党の戦列が、充実した。
 これで、防衛体制は構築できた。
 だが、ここにいる市民たちは、戦った経験のない者たちばかりだ。
 もう一押しする言葉の力が、必要だ。
 ルビー・クールが、叫んだ。
 「戦う際に必要なものが、三つあります。それは」
 そこで、息を大きく吸い込み、大声で叫んだ。
 「逃げない! 退かない! さがらない!」
 さらに、言葉を続けた。
 「古代ローマ兵は、なぜ、世界最強だったのか。武器は、短剣だけだったのに。それは、彼らはどんなときも絶対に、逃げず、退かず、さがらなかったからよ!」
 軍事史の本で読んだ話だ。古代ローマ兵は、鎧や盾を分厚くした防御中心の装備だった。鎧や盾が重いため、その分、武器の重量を軽くしなければならず、そのため短剣しか装備しなかった。だが、蛮族との戦いでは、連戦連勝だった。なぜなら、守り続けていれば、攻めあぐねた敵は疲れ切り、撤退せざるを得なくなるからだ。
 敵方から、怒鳴る声が聞こえた。
 「なにが古代ローマだ! 古代ローマ帝国同様、この帝国も、ぶっ潰してやる!」
 さらに、別の中隊副隊長らしき男が、怒鳴った。
 「全員、攻撃開始!」
 決戦の時が、来た。
 ルビー・クールは、気持ちを引き締めた。
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