上 下
10 / 44

<第三章 第3話>

しおりを挟む
  <第三章 第3話>
 ブルーノが激昂げきこうした。
 「オレの話を、途中でさえぎるんじゃねえ! このビッチが! ぶっ殺すぞ!」
 ルビー・クールは、冷ややかな表情で言い放った。
 「あなたのおしゃべりの時間は、もうおしまいよ。さっさと、かかってきなさい」
 怒り狂ったブルーノが、右手に持ったナタを振るった。ななめ上から下へと。
 一歩後退し、かわした。ルビー・クールが。無表情のままで。
 見切った。そう思った。
 ブルーノの動きは、遅かった。それに、完全に素人だ。
 腕力は、それなりにあるのだろう。だが、この男に殺せる人間は、戦うことも逃げることもできない人間だけだ。おそらく、そうした人間ばかりを狙って、殺してきたのだろう。
 ブルーノが、次々にナタを振るった。でたらめな太刀筋で。
 ルビー・クールは次々に、かわした。右ななめ後方に後退しながら、円を描くように移動して。
 「くそ! なぜ、あたらない! このビッチめ!」
 そう怒鳴った直後、今度はナタを、内側から外側に水平に振った。ルビー・クールの首の位置で。
 一瞬、歓声が上がった。包囲している男たちから。
 ナタが側頭部に、めり込んだように見えたのだ。
 だが実際には、舞い上がった長い赤毛の先に、触れただけだった。
 ルビー・クールは、頭部を下げてしゃがみ込み、かわしていた。
 次の瞬間だった。
 ルビー・クールが飛び込んだ。がら空きとなったブルーノの胸元に。
 二本の短剣が、一閃いっせんした。ブルーノの喉元のどもとで交差して。
 鮮血が、ほとばしった。噴水のように。左右のけい動脈から、二本の血しぶきが。
 内側から外側へと、左右の短剣で、切り裂いたのだ。
 ブルーノの身体は、そのまま後方に倒れた。切り倒された倒木のように。
 凍りついた。包囲している男たちが。
 数秒たってから、どよめいた。そのどよめきは、動揺と不安と恐怖によるものだ。
 「今の、見えたか?」
 「見えなかった」
 「速すぎるぜ」
 「皆殺しのブルーノが、やられるなんて」
 「狂犬ジャンゴに続いて……」
 男たちは、ささやきあった。自らの不安と恐怖を吐き出すように。
 ルビー・クールは、背筋を伸ばし、周囲を見回した。
 「他に、死刑になりたい凶悪犯は、いないかしら?」
 気を取り直した中隊副隊長が、吐き捨てた。
 「役立たずが! 新入りのくせに、でかい口を散々たたきやがって」
 「あなたが、中隊副隊長かしら?」
 「そうだ。それがどうした?」
 「序列第三位の中隊参謀は、どこかしら?」
 「オレだ! 文句あっか!」
 中隊副隊長の隣にいた男だった。まだ若い。
 その二人の前方には一列、後方には三列ほど、部下たちが並んでいる。隊列というほど整然としていないが。
 中隊副隊長が怒鳴った。
 「包囲を縮めて、全員で、なぶり殺しだ!」
 それは、まずい。
 そうなる前に、包囲網を突破しなければ。
 再び、中隊副隊長が怒鳴った。包囲網を縮小するため、前進するようにと。
 だが部下たちは、半歩ずつしか踏み出さない。
 ルビー・クールに、恐怖を感じてしまったのだ。
 いったん、しゃがみ込んだ。左手の短剣の血を、死んだブルーノのコートでぬぐった。
 立ち上がり、左手の短剣を、右のわきの下に、はさんだ。
 「あなたたちに、いいものを見せてあげるわ」
 そう言いながら、左のポケットに左手を入れた。
 出したときには、人差し指から小指の間に、釘を三本はさんでいた。四本の指の第二関節を内側に曲げ、釘の先端を上に向けて。
 すでに包囲網は、半径七メートルから八メートルほどに縮まっている。
 距離的に、ちょうど良い。
 現在のルビー・クールの魔法力には、「九・九・九」の壁がある。小さな魔法ならば、一度に九つまで出現させることができる。魔法持続時間は九秒までで、射程距離は九メートルが限界だ。
 ダリアのような絶大な魔法力と比べれば、雲泥の差だ。だが、物理攻撃と組み合わせれば、それなりに役に立つ。
 「この釘を、あなたたちの左目に打ち込んであげるわ」
 そう言って釘を、四方の男たちに見せつけた。
 中隊参謀が、中隊副隊長に向かって怒鳴った。
 「あの女、何かたくらんでるぞ! その前に、やっちまえ!」
 中隊副隊長が叫んだ。
 「全員、突撃だ!」
 ルビー・クールが、魔法詠唱を始めた。
 男たちが、全方向から突撃してきた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

PetrichoR

鏡 みら
ミステリー
雨が降るたびに、きっとまた思い出す 君の好きなぺトリコール ▼あらすじ▼ しがない会社員の吉本弥一は彼女である花木奏美との幸せな生活を送っていたがプロポーズ当日 奏美は書き置きを置いて失踪してしまう 弥一は事態を受け入れられず探偵を雇い彼女を探すが…… 3人の視点により繰り広げられる 恋愛サスペンス群像劇

双珠楼秘話

平坂 静音
ミステリー
親を亡くして近所の家に引き取られて育った輪花は、自立してひとりで生きるため、呂家という大きな屋敷で働くことになった。 呂家には美しい未亡人や令嬢、年老いても威厳のある老女という女性たちがいた。 少しずつ屋敷の生活に慣れていく輪花だが、だんだん屋敷の奇妙な秘密に気づいていく。

【R15】アリア・ルージュの妄信

皐月うしこ
ミステリー
その日、白濁の中で少女は死んだ。 異質な匂いに包まれて、全身を粘着質な白い液体に覆われて、乱れた着衣が物語る悲惨な光景を何と表現すればいいのだろう。世界は日常に溢れている。何気ない会話、変わらない秒針、規則正しく進む人波。それでもここに、雲が形を変えるように、ガラスが粉々に砕けるように、一輪の花が小さな種を産んだ。

ダブルネーム

しまおか
ミステリー
有名人となった藤子の弟が謎の死を遂げ、真相を探る内に事態が急変する! 四十五歳でうつ病により会社を退職した藤子は、五十歳で純文学の新人賞を獲得し白井真琴の筆名で芥山賞まで受賞し、人生が一気に変わる。容姿や珍しい経歴もあり、世間から注目を浴びテレビ出演した際、渡部亮と名乗る男の死についてコメント。それが後に別名義を使っていた弟の雄太と知らされ、騒動に巻き込まれる。さらに本人名義の土地建物を含めた多額の遺産は全て藤子にとの遺書も発見され、いくつもの謎を残して死んだ彼の過去を探り始めた。相続を巡り兄夫婦との確執が産まれる中、かつて雄太の同僚だったと名乗る同性愛者の女性が現れ、警察は事故と処理したが殺されたのではと言い出す。さらに刑事を紹介され裏で捜査すると告げられる。そうして真相を解明しようと動き出した藤子を待っていたのは、予想をはるかに超える事態だった。登場人物のそれぞれにおける人生や、藤子自身の過去を振り返りながら謎を解き明かす、どんでん返しありのミステリー&サスペンス&ヒューマンドラマ。

死者からのロミオメール

青の雀
ミステリー
公爵令嬢ロアンヌには、昔から将来を言い交した幼馴染の婚約者ロバートがいたが、半年前に事故でなくなってしまった。悲しみに暮れるロアンヌを慰め、励ましたのが、同い年で学園の同級生でもある王太子殿下のリチャード 彼にも幼馴染の婚約者クリスティーヌがいるにも関わらず、何かとロアンヌの世話を焼きたがる困りもの クリスティーヌは、ロアンヌとリチャードの仲を誤解し、やがて軋轢が生じる ロアンヌを貶めるような発言や行動を繰り返し、次第にリチャードの心は離れていく クリスティーヌが嫉妬に狂えば、狂うほど、今までクリスティーヌに向けてきた感情をロアンヌに注いでしまう結果となる ロアンヌは、そんな二人の様子に心を痛めていると、なぜか死んだはずの婚約者からロミオメールが届きだす さらに玉の輿を狙う男爵家の庶子が転校してくるなど、波乱の学園生活が幕開けする タイトルはすぐ思い浮かんだけど、書けるかどうか不安でしかない ミステリーぽいタイトルだけど、自信がないので、恋愛で書きます

【完結】リアナの婚約条件

仲 奈華 (nakanaka)
ミステリー
山奥の広大な洋館で使用人として働くリアナは、目の前の男を訝し気に見た。 目の前の男、木龍ジョージはジーウ製薬会社専務であり、経済情報雑誌の表紙を何度も飾るほどの有名人だ。 その彼が、ただの使用人リアナに結婚を申し込んできた。 話を聞いていた他の使用人達が、甲高い叫び声を上げ、リアナの代わりに頷く者までいるが、リアナはどうやって木龍からの提案を断ろうか必死に考えていた。 リアナには、木龍とは結婚できない理由があった。 どうしても‥‥‥ 登場人物紹介 ・リアナ 山の上の洋館で働く使用人。22歳 ・木龍ジョージ ジーウ製薬会社専務。29歳。 ・マイラー夫人 山の上の洋館の女主人。高齢。 ・林原ケイゴ 木龍ジョージの秘書 ・東城院カオリ 木龍ジョージの友人 ・雨鳥エリナ チョウ食品会社社長夫人。長い黒髪の派手な美人。 ・雨鳥ソウマ チョウ食品会社社長。婿養子。 ・林山ガウン 不動産会社社員

💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活

XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。

亡くなった妻からのラブレター

毛蟹葵葉
ミステリー
亡くなった妻からの手紙が届いた 私は、最後に遺された彼女からのメッセージを読むことにした

処理中です...