絶体絶命ルビー・クールの逆襲<奪還編>

蛇崩 通

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<第二章 第3話>

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  <第二章 第3話>
 ジョゼフ=ピエールが、鮮血のしたたる右手首を抱えながら、口を開いた。
 「全員! いっせいに……」
 その瞬間、大量の鮮血が、ほとばしった。
 ジョゼフ=ピエールのけい動脈が、切り裂かれたのだ。ルビー・クールの右手の短剣で。
 短剣は二本、仕込んでいた。左右の袖の中に。
 左手を伸ばした。ジョゼフ=ピエールが。ルビー・クールを、つかもうと。
 だが、つかめなかった。ルビー・クールが一歩、後退したためだ。
 冷ややかに、言い放った。
 「あなたは昨日、商店主百名とその家族を、皆殺しにした。おんな子どもも含めて。ゆえに、人民裁判の判決は、死刑よ」
 大量出血により血の気の失せたジョゼフ=ピエールは、一瞬ふらついたあと、後方にバタリと倒れた。
 「師団長!」
 「主席!」
 無産者革命党の党員たちが、絶叫した。
 ルビー・クールの心臓の鼓動は、すでに平常に戻っていた。
 突撃命令を出す前に、倒すことができた。その点は、良かった。
 だがまだ、四千名に命令を出すことのできる者がいる。序列第三位の師団参謀だ。まずは、彼を見つけなければ。
 そう思い、ルビー・クールは、周囲を見回した。
 労農革命党の戦闘員たちが、怒鳴っている。無産者革命党の党員たちに向かって。「降伏しろ」、「両手を挙げろ」、「両膝をつけ」などと。拳銃の銃口を、向けながら。
 だが、誰も両手を挙げない。両膝をつかない。
 しかし、攻撃にも移らない。殺気立っている者は、かなりいるのに。
 待っているのだ。命令を。
 だが、命令を出す者はいない。
 師団長と副師団長は死亡した。師団参謀は、なぜか、見当たらない。別の場所で、別の連隊を指揮しているのだろうか。
 中隊長十名は、スパナで後頭部を殴られ、失神している。
 他に、彼らに命令を出せる者は、各中隊の中隊副隊長だ。だが副隊長は、自分の中隊のみにしか、命令を出せない。他の中隊や党友たちには、命令を出せない。
 そのときだった。
 鐘が鳴った。時計台の鐘だ。時計台は、広場の北端にある。
 怪鳥のような奇声が、響いた。鐘の音に混じって。
 左手のほうを見た。エルザが、男たちに斬りかかっていた。左右の手に細身のナイフを持って。ナイフが一閃するたびに、無産者革命党の党員たちは絶叫し、血しぶきが舞った。
 エルザは、敵の集団に突撃した。
 あっという間に、周囲を包囲された。
 あたりまえだ。相手は、一個中隊百名だ。
 奇声を発しながら、エルザは大車輪のように回転している。ナイフを振るって、鮮血をまき散らしながら。
 作戦計画では、副師団長を殺害したあと、敵が攻撃してこないかぎりは、戦わないことになっていた。
 それなのに、自分から敵の中に飛び込むとは。
 スイッチが、入ってしまったのだ。殺人狂のスイッチが。
 銃声が、響いた。猟銃の銃声だ。五月雨さみだれ式に、何発も。
 ルビー・クールが叫んだ。
 「エルザ! ベレー帽をかぶって! 狙撃されるわよ!」
 だが、聞こえないのか、ナイフを振るい続けている。
 内心、あせった。エルザの今の服装では、無産者革命党の党員と、区別がつかない。百メートルも離れた狙撃手からは。赤や青のベレー帽は、狙撃手が敵と味方を区別するための目印なのだ。
 エルザを後退させて、無産者革命党から引き離さなければ。
 「ダリア!」
 振り返り、ダリアに向かって叫んだ。
 「エルザの退路を作って! 炎の道よ!」
 ダリアがぼやいた。
 「さっきの魔法の炎で、魔法力を使い果たしたわ」
 「あなたの魔法力は、あの程度では枯渇しないでしょ」
 「しかたないわね」
 ダリアが、魔法詠唱を始めた。
 エルザの後方に、炎の道が出現した。幅は三メートルほど。炎の高さは、膝上まである。足を燃やされた男たちが、慌てて炎の道から飛び出した。
 「エルザ! 今よ! 後退して!」
 エルザが、後方に跳躍した。炎の道の上を、大きく三歩跳躍し、敵の包囲を脱した。
 エルザは血のしたたるナイフを口にくわえ、ふところから赤いベレー帽を取り出した。
 ホッとした。そのときだった。
 ルビー・クールの正面にいた男が、叫んだ。鬼のような形相で。中隊副隊長だろう。
 「師団長のかたきだ! 赤毛の魔女を殺せ!」
 百人近い男たちが、ナイフを振り上げ、襲いかかってきた。
 一度にこの人数は、多すぎる。
 短剣で戦うには、荷が重い。
 というより、不可能だ。
 これは、まずい。まずすぎる。
 ルビー・クールは、顔面から血の気が引くのを感じた。
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