絶体絶命ルビー・クールの逆襲<奪還編>

蛇崩 通

文字の大きさ
上 下
7 / 44

<第二章 第3話>

しおりを挟む
  <第二章 第3話>
 ジョゼフ=ピエールが、鮮血のしたたる右手首を抱えながら、口を開いた。
 「全員! いっせいに……」
 その瞬間、大量の鮮血が、ほとばしった。
 ジョゼフ=ピエールのけい動脈が、切り裂かれたのだ。ルビー・クールの右手の短剣で。
 短剣は二本、仕込んでいた。左右の袖の中に。
 左手を伸ばした。ジョゼフ=ピエールが。ルビー・クールを、つかもうと。
 だが、つかめなかった。ルビー・クールが一歩、後退したためだ。
 冷ややかに、言い放った。
 「あなたは昨日、商店主百名とその家族を、皆殺しにした。おんな子どもも含めて。ゆえに、人民裁判の判決は、死刑よ」
 大量出血により血の気の失せたジョゼフ=ピエールは、一瞬ふらついたあと、後方にバタリと倒れた。
 「師団長!」
 「主席!」
 無産者革命党の党員たちが、絶叫した。
 ルビー・クールの心臓の鼓動は、すでに平常に戻っていた。
 突撃命令を出す前に、倒すことができた。その点は、良かった。
 だがまだ、四千名に命令を出すことのできる者がいる。序列第三位の師団参謀だ。まずは、彼を見つけなければ。
 そう思い、ルビー・クールは、周囲を見回した。
 労農革命党の戦闘員たちが、怒鳴っている。無産者革命党の党員たちに向かって。「降伏しろ」、「両手を挙げろ」、「両膝をつけ」などと。拳銃の銃口を、向けながら。
 だが、誰も両手を挙げない。両膝をつかない。
 しかし、攻撃にも移らない。殺気立っている者は、かなりいるのに。
 待っているのだ。命令を。
 だが、命令を出す者はいない。
 師団長と副師団長は死亡した。師団参謀は、なぜか、見当たらない。別の場所で、別の連隊を指揮しているのだろうか。
 中隊長十名は、スパナで後頭部を殴られ、失神している。
 他に、彼らに命令を出せる者は、各中隊の中隊副隊長だ。だが副隊長は、自分の中隊のみにしか、命令を出せない。他の中隊や党友たちには、命令を出せない。
 そのときだった。
 鐘が鳴った。時計台の鐘だ。時計台は、広場の北端にある。
 怪鳥のような奇声が、響いた。鐘の音に混じって。
 左手のほうを見た。エルザが、男たちに斬りかかっていた。左右の手に細身のナイフを持って。ナイフが一閃するたびに、無産者革命党の党員たちは絶叫し、血しぶきが舞った。
 エルザは、敵の集団に突撃した。
 あっという間に、周囲を包囲された。
 あたりまえだ。相手は、一個中隊百名だ。
 奇声を発しながら、エルザは大車輪のように回転している。ナイフを振るって、鮮血をまき散らしながら。
 作戦計画では、副師団長を殺害したあと、敵が攻撃してこないかぎりは、戦わないことになっていた。
 それなのに、自分から敵の中に飛び込むとは。
 スイッチが、入ってしまったのだ。殺人狂のスイッチが。
 銃声が、響いた。猟銃の銃声だ。五月雨さみだれ式に、何発も。
 ルビー・クールが叫んだ。
 「エルザ! ベレー帽をかぶって! 狙撃されるわよ!」
 だが、聞こえないのか、ナイフを振るい続けている。
 内心、あせった。エルザの今の服装では、無産者革命党の党員と、区別がつかない。百メートルも離れた狙撃手からは。赤や青のベレー帽は、狙撃手が敵と味方を区別するための目印なのだ。
 エルザを後退させて、無産者革命党から引き離さなければ。
 「ダリア!」
 振り返り、ダリアに向かって叫んだ。
 「エルザの退路を作って! 炎の道よ!」
 ダリアがぼやいた。
 「さっきの魔法の炎で、魔法力を使い果たしたわ」
 「あなたの魔法力は、あの程度では枯渇しないでしょ」
 「しかたないわね」
 ダリアが、魔法詠唱を始めた。
 エルザの後方に、炎の道が出現した。幅は三メートルほど。炎の高さは、膝上まである。足を燃やされた男たちが、慌てて炎の道から飛び出した。
 「エルザ! 今よ! 後退して!」
 エルザが、後方に跳躍した。炎の道の上を、大きく三歩跳躍し、敵の包囲を脱した。
 エルザは血のしたたるナイフを口にくわえ、ふところから赤いベレー帽を取り出した。
 ホッとした。そのときだった。
 ルビー・クールの正面にいた男が、叫んだ。鬼のような形相で。中隊副隊長だろう。
 「師団長のかたきだ! 赤毛の魔女を殺せ!」
 百人近い男たちが、ナイフを振り上げ、襲いかかってきた。
 一度にこの人数は、多すぎる。
 短剣で戦うには、荷が重い。
 というより、不可能だ。
 これは、まずい。まずすぎる。
 ルビー・クールは、顔面から血の気が引くのを感じた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

鎌倉最後の日

もず りょう
歴史・時代
かつて源頼朝や北条政子・義時らが多くの血を流して築き上げた武家政権・鎌倉幕府。承久の乱や元寇など幾多の困難を乗り越えてきた幕府も、悪名高き執権北条高時の治政下で頽廃を極めていた。京では後醍醐天皇による倒幕計画が持ち上がり、世に動乱の兆しが見え始める中にあって、北条一門の武将金澤貞将は危機感を募らせていく。ふとしたきっかけで交流を深めることとなった御家人新田義貞らは、貞将にならば鎌倉の未来を託すことができると彼に「決断」を迫るが――。鎌倉幕府の最後を華々しく彩った若き名将の清冽な生きざまを活写する歴史小説、ここに開幕!

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

夜の動物園の異変 ~見えない来園者~

メイナ
ミステリー
夜の動物園で起こる不可解な事件。 飼育員・えまは「動物の声を聞く力」を持っていた。 ある夜、動物たちが一斉に怯え、こう囁いた—— 「そこに、"何か"がいる……。」 科学者・水原透子と共に、"見えざる来園者"の正体を探る。 これは幽霊なのか、それとも——?

四代目 豊臣秀勝

克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。 読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。 史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。 秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。 小牧長久手で秀吉は勝てるのか? 朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか? 朝鮮征伐は行われるのか? 秀頼は生まれるのか。 秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?

【完結】Amnesia(アムネシア)~カフェ「時遊館」に現れた美しい青年は記憶を失っていた~

紫紺
ミステリー
郊外の人気カフェ、『時游館』のマスター航留は、ある日美しい青年と出会う。彼は自分が誰かも全て忘れてしまう記憶喪失を患っていた。 行きがかり上、面倒を見ることになったのが……。 ※「Amnesia」は医学用語で、一般的には「記憶喪失」のことを指します。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

マクデブルクの半球

ナコイトオル
ミステリー
ある夜、電話がかかってきた。ただそれだけの、はずだった。 高校時代、自分と折り合いの付かなかった優等生からの唐突な電話。それが全てのはじまりだった。 電話をかけたのとほぼ同時刻、何者かに突き落とされ意識不明となった青年コウと、そんな彼と昔折り合いを付けることが出来なかった、容疑者となった女、ユキ。どうしてこうなったのかを調べていく内に、コウを突き落とした容疑者はどんどんと増えてきてしまう─── 「犯人を探そう。出来れば、彼が目を覚ますまでに」 自他共に認める在宅ストーカーを相棒に、誰かのために進む、犯人探し。

virtual lover

空川億里
ミステリー
 人気アイドルグループの不人気メンバーのユメカのファンが集まるオフ会に今年30歳になる名願愛斗(みょうがん まなと)が参加する。  が、その会を通じて知り合った人物が殺され、警察はユメカを逮捕する。  主人公達はユメカの無実を信じ、真犯人を捕まえようとするのだが……。

処理中です...