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<第一章 第3話>

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  <第一章 第3話>
 「もうすぐ、正午でさあ」
 「わかっておる!」
 ホイールが、さらにジョゼフ=ピエールに近づいた。
 そのときだった。副師団長が怒鳴った。
 「おまえ、それ以上、近づくな! 兄貴! こいつ、何かおかしいぞ!」
 ジョゼフ=ピエールが怒鳴った。副師団長に向かって。
 「兄貴と呼ぶな! オレたちはもう、場末ばすえのゴロツキじゃない! 師団長か主席と呼べ!」
 「兄貴、いや、師団長、その中年野郎、何か隠し持ってんじゃねえか?」
 「マッチでさあ。そのたいまつに、火をつけるんでさあ」
 ジョゼフ=ピエールは、右手に、たいまつを持っている。さきほど、ナットが渡したものだ。まだ、火はついていない。
 時計台に視線を向けてから、ジョゼフ=ピエールが吐き捨てた。
 「まだ、時間がある。正午まで、な」
 副師団長が、また怒鳴った。
 「おまえ、それ以上、師団長に近づくな!」
 ホイールが声を荒げた。
 「あの女を捕らえたのは、アッシの手柄でさあ。せめて、師団長閣下のたいまつに火をつける栄誉くらい、アッシにくだせえ」
 ホイールが、作戦を軌道に戻すつもりなのだ。本来は、若いナットの役割だったが。
 「いいだろう。オレ様のたいまつに火をつける栄誉を、おまえにやろう」
 「へい。ありがとうごぜえますだ」
 ホイールが、たいまつに火をつけた。勢いよく燃えあがった。たいまつの先端が。先端部分だけ、松ヤニが塗ってあるからだ。
 ジョゼフ=ピエールは、たいまつを高く掲げた。
 「無産者革命党の党員、党友諸君!」
 その一言で、広場にいた党員党友たちが、どよめいた。
 「あの時計台の針が正午を指したとき、赤毛の魔女は、火あぶりだ!」
 党員党友たちが、歓声を上げた。
 ジョゼフ=ピエールが、市民たちに視線を向けた。極悪そうな笑みを浮かべて。
 「正午まで、もうあと五分間、いや四分間ほどだ。おまえらプチブルのブタどもに、最後のチャンスをやろう。偉大なる指導者であるオレ様に、服従することを示せ。正午になる前に、全員、服を脱げ!」
 市民たちが、絶句した。
 「な、何言ってんだ……」
 「おまえらが着ている服は、もはや、おまえらのものではない。我々の共有物だ。共有物の使用者を決めるのは、指導者であるオレ様だ。おまえら全員、服を脱げ! 女も子どももだ!」
 市民男性の一人が、思わず抗議した。
 「雪が降ってる! こんな真冬に屋外で服を脱いだら、凍死してしまう!」
 先ほどから、わずかだが、雪が舞っている。
 「その判断をするのは、おまえではない! 指導者であるオレ様だ! オレ様に従わない者は、あの赤毛の魔女と共に、火あぶりだ! おまえらのガキどもを、炎の中に放り込むぞ!」
 若い母親が、泣きながら懇願こんがんした。
 「お願い! 子どもだけは助けて! あたしは、どうなってもいいから……」
 「だったら、さっさと服を脱げ、全部だぞ!」
 ジョゼフ=ピエールは、いやらしい笑みを浮かべた。
 無産者革命党の党員たちが、卑猥なヤジを飛ばし始めた。ナイフを振りかざし、早く服を脱ぐよう、女たちを脅しながら。
 何人かの女たちが、泣きながら、コートのボタンを、はずしはじめた。
 「ダメよ!」
 ルビー・クールが叫んだ。
 「その男は、あなたたち全員を皆殺しにするつもりよ! その男にしたがっても、子どもも赤んぼうも殺されるわ! あなたたちの子どもたちを守るのは、あなたたちしかいないのよ!」
 赤んぼうを抱いた若い母親が、泣きながら叫んだ。
 「だったら、どうすればいいのよ!」
 「戦うのよ!」
 ルビー・クールが、即座に叫んだ。
 ジョゼフ=ピエールが、高らかに笑った。
 「プチブルのブタども! もう時間がないぞ! 正午の鐘が鳴る前に、服を全部、下着まで全部脱げ! 間に合わなかったヤツは、火あぶりだ! まずは、その赤んぼうを炎の中に投げ入れる!」
 ヒイッッと、悲鳴をあげた。赤んぼうを抱いた若い母親が。片腕で赤んぼうを抱いたまま、服を脱ぎはじめた。だが、片腕だけでは、コートさえ思うように脱げない。
 無産者革命党の党員・党友たちが、はやし立てた。市民たちに、侮辱と脅しの言葉を投げつけた。
 数十名の市民たちが、慌てて子どもたちの服を脱がせはじめた。
 ルビー・クールが叫んだ。
 「ダメよ! 子どもたちが凍死してしまうわ! 子どもたちの服を脱がせてはダメ!」
 市民男性の一人が、怒鳴った。
 「せめて子どもの命だけでも……」
 そのときだった。誰かが、カウントダウンをはじめた。
 党員・党友たちが、いっせいに声を合わせて、数を数えはじめた。
 「まだ数十秒あるだろ!」
 市民男性の一人が怒鳴った。自分の子どもの服を脱がせながら。
 高らかに笑いながら、ジョゼフ=ピエールも、カウントダウンに加わった。
 「サン、ニィ、イチ!」
 次の瞬間、火をつけた。ジョゼフ=ピエールが、たいまつで。ピラミッド状に組んだ薪の山に。一番下の段の薪だ。
 炎が、一気に燃えあがった。薪の山全体が。
 燃えあがった炎は、ルビー・クールの身体全体を飲み込んだ。
 絶叫した。ルビー・クールが。真っ赤な炎に包まれて。身をよじりながら。

  第二章に続く
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