異世界暗殺記

蛇崩 通

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<第一章 第3話>

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 <第一章 第3話>
 次の瞬間だった。
 思い切り、蹴り上げた。左足で。
 中年貴族女性の右手の指を。
 あたった。中指と人差し指の第一関節より上の部分だ。
 「いたっ」
 反射的に、中年貴族女性は右手の指を左手でおおった。内側、手のひら側から。
 その直後、真っ青になった。彼女の顔が。
 さわってしまったのだ。左手で、毒針を。
 いや、触ったと言うより、刺してしまった、と言ったほうが正確だ。
 みるみるうちに、彼女の顔から血の気が引いていった。
 一瞬ふらついたのち、彼女は、しゃがみ込んだ。
 彼女の二名のメイドは、すぐに、何が起きたのかを理解した。
 メイドの一人が、口を開いた。中年貴族女性を後方から抱きかかえながら。
 「まあ、たいへん。貧血ですわ。帰って休みましょう」
 そのメイドは、中年貴族女性を立たせようとしたが、すでに両足には力が入らない状態だった。
 メイド二名で、中年貴族女性の両脇を抱えながら、寝室から退出した。
 いつの間にか、スノーティが寝室に来ていた。ドアの近くに立ったまま、中年貴族女性の退出を見送った。
 中年貴族女性たちが玄関から出て行くのを確認してから、アイシアに向かって、スノーティが声をかけた。
 「あの婦人、顔色が猛烈に悪かったけど」
 アイシアが、答えた。なぜか、ドヤ顔で。
 「自分で刺してしまったのよ。自分の毒針を、自分自身に」
 「毒針!」
 仰天した声を出した。スノーティが。
 したり顔で、アイシアが答えた。
 「一瞬だけど、見えたわ。右手にしていた銀の指輪。内側に短い針がついていた。毒針よ」
 絶句した。スノーティが。
 言葉を続けた。アイシアが。
 「この子が、あの女の指を蹴ったおかげで、自分で自分に刺してしまったのよ。自分の毒針を」
 アイシアはレイニーの頭を撫でてから、頬を押しつけた。
 「かしこい子ね。悪い女を見抜けるなんて」
 ボソッとつぶやいた。スノーティが。
 「ワーミアは毒殺されたのかも知れないな。姉さんの言ってたように」
 その瞬間、レイニーの脳内に、アイシアとスノーティの脳内記憶映像が伝わってきた。テレパシー能力によって。
 アイシアとスノーティは、一人の美女を思い出していた。金髪で緑の瞳の優雅な美女。
 ワーミアだ。明るくて快活で、とても優しい。二人の腹違いの姉だ。
 アイシアの前に、政略結婚することになった。この国の黒髪国王と。
 だが、この国に来てすぐ、結婚式の前に、突然、「病死」した。
 そのため、腹違いの妹アイシアが、代わりに黒髪国王と政略結婚することになった。
 アイシアは、最初から疑っていた。ワーミアが毒殺された、と。
 この国には、ワーミアやアイシアの母国との政略結婚に、反対している者たちがいる。
 しかも、殺してでも妨害しようとする者たちが。
 アイシアの脳内に、ある記憶映像が浮かんだ。
 広々とした王宮。巨大な玉座に、金髪の国王が座っている。
 金髪国王が、アイシアに命じた。
 王族の使命を果たせ、と。
 別の記憶映像が浮かんだ。
 広い執務室。高級な大型執務机の向こう側に、初老の金髪男が、椅子に腰かけている。机の前に立つアイシアに、彼が命じた。
 責務を果たせ、と。
 おまえの代わりは、いくらでもいる。役立たずの娘なら、いらない。
 彼が、アイシアとスノーティの父親だ。
 アイシアは心の中で、つぶやいた。
 責務を果たしたわ。産んだのだから。この国の次期国王を。
 だが次の瞬間、気を引き締めた。
 守らなければ。この子を。毒殺されれば、責務を果たせない。
 この子が、この国の王になるまで、暗殺を防がなければ。
 それまでは、あたしも死ぬわけにはいかない。
 そのとき、くしゃみをした。レイニーが。まだ、裸のままだった。
 あわててスマーティアが、レイニーに布地を何重にも巻き付けた。
 アイシアは愛おしそうに、レイニーを改めて抱きしめた。
 最初の暗殺の危機は、これで去った。
 そう思ってホッとしたが、甘かった。
 暗殺の危機は、これで終わらなかった。
 次の暗殺作戦は、すぐに実行されたのだ。
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