異世界暗殺記

蛇崩 通

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<第一章 第2話>

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 <第一章 第2話>
 生後二日目の午後だった。
 隣の部屋で、中年婦人が声を荒げるのが聞こえた。
 初めて聞く声だ。訪問客のようだ。
 どうやら玄関で、訪問客の中年婦人が、メイドと押し問答をしているようだ。
 訪問客の中年婦人は、室内に入れろ、と要求しているようだ。
 メイドは、それを拒絶している。アイシア様のご命令です、と答えて。
 それに対し中年婦人は、国王の命令です、と声を荒げている。
 この異世界の言葉は、まだ、充分には理解できていない。だがたぶん、そんな感じのやりとりだ。
 メイド長のスマーティアが、副メイド長のニーティアに指示したようだ。
 ニーティアが、隣室の居間から、こちらの寝室に来た。
 「アイシア様、どういたしましょうか。国王陛下のご命令だと言っておりますが」
 母のアイシアは、ベッドの上で、上体を起こした。レイニーを抱いたまま。
 「陛下のご命令ならば、やむをえません。けれど念のため、スノーティをこの部屋に呼んでちょうだい」
 ニーティアが居間に戻ってから数十秒後、三名の中年婦人が寝室に入ってきた。
 先頭の中年婦人は、見た瞬間に分かった。貴族女性だ。身なりが良いからだ。
 彼女の後方につきしたがっているのは、二名のメイドだ。ベテランのメイドで、二名ともスマーティアよりも年上だ。
 どす黒い感情が、あふれていた。中年貴族女性からは。
 それに、強い殺気を帯びている。
 テレパシー能力のおかげで、彼女の脳内思考が伝わってきた。
 上の二人は王女だった。三人目も王女だったのに、王子と偽っている可能性もある。
 しかしもし本当に王子ならば……。
 殺す。
 殺す。コロス。ころす。
 毒針で。
 バレないはず。この毒針ならば。
 彼女は、右手の人差し指に、銀の指輪をしている。一見、何の変哲もない銀製の指輪だ。
 だが、内側、手のひら側に、毒針がついている。短い針だ。手の甲を表にしているため、こちら側からは、毒針は見えない。
 だが、テレパシー能力のおかげで、毒針による暗殺計画を知ることができた。
 彼女の脳内思考は、ダダ漏れだ。焦燥感に駆られながらも、自分を安心させるためか、心の中で、自分に言い聞かせている。
 赤んぼうが突然死することは、よくあること。この毒針は細いため、傷跡もほとんど残らないはず。だから、絶対にバレない。
 もし疑われても、証拠はない。毒針による毒殺ならば。
 刺すのは、一瞬。
 だいじょうぶ。絶対にバレない。うまくやれば。
 中年貴族女性が、口を開いた。
 「ごきげんうるわしゅうございます、王妃様」
 「ええ、ごきげんよう」
 母のアイシアは、素っ気なく答えた。
 「それで、何の用かしら。王命ですって? どのようなご命令なのかしら?」
 「確かめてこいとのご命令です。男児かどうかの」
 間髪入れずに、スマーティアが口を挟んだ。怒気を含んだ強い口調で。
 「王妃様が嘘をついているというのですか! 王妃様に対し、無礼が過ぎます!」
 一瞬、動揺した。中年貴族女性が。
 だが、すぐに気を取り直した。
 「疑っては、おりません。しかし、男児か否かの確認は、常に第三者が行うのが慣例です。王族の場合は」
 黙って、うなずいた。アイシアが。スマーティアに視線を向けて。
 スマーティアが、レイニーに巻かれている布地を、ほどき始めた。
 レイニーを、裸にした。
 アイシアは両手で、裸のレイニーを高く掲げた。レイニーの下半身を見せつけるように。
 「王子よ。ついてるでしょ。キチンと」
 沈黙した。数秒間。中年貴族女性は。
 だがその直後、わざとらしい声を出した。
 「まあ、なんと可愛らしい王子様かしら」
 そう言って、両手を伸ばしてきた。
 「ちょっとだけ、抱かしてくださいな」
 思わずアイシアが両手を引いた。中年貴族女性の両手から、レイニーを遠ざけるために。
 だが、一歩踏み込んだ。中年貴族女性が。両手を伸ばしながら。
 右手の指輪に仕込んだ毒針を、レイニーに刺すために。
 刺されたら、死ぬ。
 絶体絶命のピンチだ。
 頭の中が、真っ白になった。極度の恐怖で。
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