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<第五章 第2話>

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  <第五章 第2話>
 一瞬、早かった。ルビー・クールの発砲が。クレイジー・ドッグが銃口を向けるよりも。
 彼の拳銃は、はじき飛ばされた。ルビー・クールの撃った弾丸が、あたったからだ。回転弾倉に。
 自分の使い慣れた拳銃ではなく、しかも、より反動の大きな三十六口径のリボルバーだ。
 だが、相手の回転弾倉に、うまく、あてることができた。
 もっとも、距離が近い。十メートルほどしか離れていない。この距離なら、はずさない。
 二挺の銃口を向けながら、ルビー・クールは、ゆっくりと近づいた。
 途中で、中隊長たちの死体から、足を使って拳銃を移動させながら。サッカー・ボールを蹴るように、つま先や、靴の側面で軽く拳銃を蹴り、石畳の上のちょうど良い位置に、配置した。
 ルビー・クールにすきがあると思ったのか、クレイジー・ドッグが、自分の拳銃を拾おうと、手を伸ばした。
 発砲した。
 ふたたび、弾き飛ばされた。石畳の上の拳銃が。さらに遠くへ。
 クレイジー・ドッグも、気づいた。自分の手から拳銃を弾き飛ばしたのは、偶然でないことを。
 ルビー・クールに向かって、怒鳴った。
 「おまえ、誰に雇われた? コヨーテか?」
 コヨーテは、銀狼会の四大幹部の一人だ。南一区に縄張りを持つため、以前から、クレイジー・ドッグと衝突を繰り返している。同じ銀狼会の幹部同士なのに。
 「違うわ」
 「鉄血会か?」
 「違うわ」
 「二倍払う。おまえの雇い主の。だから、オレの側に、つけ!」
 ルビー・クールは、クレイジー・ドッグに銃口を向けたまま、四名の中隊長の死体から、拳銃を移動させた。左足だけを使って。
 チラリと、エルザに視線を向けた。
 苦戦していた。二刀流の用心棒に。相手も、スピードが速かった。パワーは、はるかに上回っている。刃渡りの長さも、相手のほうが長い。
 「三倍だ。三倍払おう」
 クレイジー・ドッグは、感じているはずだ。追い詰められている、と。
 なぜなら、頼りにしている一流の用心棒は、ナイフ使いの女殺し屋に、釘付けになっている。連れてきた他の部下たち十名は、炎の壁の向こう側だ。
 その状態で、拳銃使いの女殺し屋に、銃口を向けられている。
 そう、思っているはずだ。
 エルザのほうは、時間がかかりそうだ。
 ルビー・クールが、口を開いた。銃口を、クレイジー・ドッグに向けながら。
 「監禁されていた貴族の女性が、一名足りないわ。あなたが、第一師団長から購入したんでしょ」
 「そうだ。それが、どうかしたか」
 「いくら払ったの?」
 「拳銃三十挺と、弾丸千発だ」
 安すぎる。どう考えても。合計で二万キャピタ(著者注:日本円で約二百万円)未満だ。
 だが、わずかな銃しか持たない無産者革命党にとっては、拳銃三十挺は、金額以上の価値があったのだろう。
 「彼女の居場所は?」
 「そんなこと聞いて、どうする?」
 「あたしが、連れて帰るわ」
 クレイジー・ドッグが、押し黙った。次の一手を、考えているのだ。自分が生きのびるために、なにが最善の一手かを。
 もう、時間がない。
 そろそろ、ダリアの魔法持続時間が切れる。魔法の炎の壁が、消滅する。一万人の悪党たちが、一斉いっせいに襲いかかってくる。
 発砲した。ルビー・クールが。
 絶叫した。クレイジー・ドッグが。右足の甲を撃ち抜かれて。
 「きなさい! 彼女の居場所は、どこ?」
 クレイジー・ドッグは絶叫し続け、なにも答えない。石畳の上を、のたうちまわりながら。
 「ボス!」
 そう叫びながら用心棒が、後方に大きく跳躍した。ボスの護衛を、優先するためだ。
 「よそ見しないでよね!」
 エルザが、そう叫んだ。
 次の瞬間、用心棒の右の頸動脈けいどうみゃくに、細身のナイフが刺さった。
 エルザが、ナイフを投げたのだ。
 用心棒が、左膝をついた。石畳に。
 左の太ももにも、細身のナイフが刺さっていた。
 エルザは二本目を、ほぼ同時に投げたのだ。
 新たなナイフ二本を、取り出した。腰の後ろに、左右の手を回して。
 すばやく接近した。悪魔のようなみを、浮かべながら。
 用心棒は抵抗しようと、大型ナイフの切っ先を、エルザに向けた。
 次の瞬間、ほとばしった。真っ赤な鮮血が。
 二本の大型ナイフを、落とした。用心棒が。
 切り裂かれていた。彼の左右の手首が。エルザのナイフによって。
 その直後、とどめを刺した。エルザが。左の頸動脈を、切り裂いて。
 用心棒は、絶命した。真っ赤な鮮血を、吹き上げて。
 エルザが、つぶやいた。用心棒の死体を見下みおろしながら。
 「油断したわね。ザ・リッパー」
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