7 / 53
<第一章 第6話>
しおりを挟む
<第一章 第6話>
初日の攻防で、無産者革命党側は、大やけどで、数名の重傷者を出した。
そのため、それ以降は無理に攻撃せず、兵糧攻めの方針に転換した。
土曜日の夕方から、拡声器を使って、プロパガンダを叫び続けた。
貴族令嬢たちは、当初は、その呼びかけを無視し、警察の救助が来るのを、待ち続けた。
だが、警察の救助は、来なかった。
その孤児院は、警察署の北東エリア支署と同じ、第五ブロックにある。警察支署との距離は、七百メートルくらいしか、離れていない。ふだんは、治安の良い地域だ。
土曜日の正午頃、無産者革命党が孤児院を襲う前、一個連隊千名で、無産者革命党は、警察支署を包囲した。そのため、警察は、出動できなくなった。
だが、貴族令嬢たちは、そうした状況を知らなかった。
孤児院には、電話はなかった。そのため、孤児院に籠城した貴族令嬢たちは、外部の情報を、入手することができなかった。
彼女たちが得る情報は、無産者革命党が拡声器で怒鳴り続けるプロパガンダだけだった。
翌日、日曜日になっても、警察は、救助に来なかった。
月曜日になっても、警察は、救助に来なかった。
籠城三日目の月曜日には、限界に達していた。
精神的な問題に加え、食料問題でも。
孤児院の食料が、月曜日の朝には、尽きたのだ。
もともと、その孤児院は、上級貴族が主催する慈善団体の支援を受けることで、運営が成り立っていた。
その慈善団体は、毎月、寄付金を持参していた。
慈善団体の代表を務める上級貴族令嬢は、年に数回、直接、その孤児院を訪れていた。上級貴族令嬢が訪れるときは、警察が厳重に警備した。
だが今回は、上級貴族令嬢は、参加しなかった。それゆえに、警察の警備は、なかった。そのため簡単に、無産者革命党の孤児院への侵入を許してしまったのだ。
その孤児院では、貴族令嬢たちが持参する寄付金を土曜日に受け取ったあと、週明けの月曜日に、一ヶ月分の保存食料を買い込んでいた。孤児院の運営は、経済的にギリギリの状態だった。
そのため、孤児院にある食料は、月曜日の朝までしか、なかった。
月曜日の昼食と夕食は、捨てる予定だった干からびたニンジンとカブでスープを作り、飢えをしのいだ。
無産者革命党は、孤児院の食料が、すぐに尽きることを、事前に知っていた。南三区のローランド孤児院を襲ったときと同様に、その孤児院出身者を、仲間に加えていたからだ。
無産者革命党は、月曜日の朝から、孤児院の窓から見える場所に、食料品を並べた。パンに、ジャガイモ、ニンジン、カブ、キャベツ、それにベーコンやーセージ、チーズなども並べた。大量に。
そして、こう呼びかけた。
「降伏すれば、この食料品を、無料で、孤児院の子どもたちに提供する」と。
さらに、こう呼びかけた
「すでに、帝都の平民区はすべて、無産者革命党の統治下に入った。無産者革命党による革命政府が樹立された。革命政府は、貨幣を廃止した。よって、革命政府の下では、すべての人々に、彼らが必要とする商品が、必要な量だけ、提供される。もはや孤児院の子どもたちが、飢えに苦しむことはない」と。
繰り返し、こうしたプロパガンダを聞かされている間に、貴族令嬢たち、とりわけ、家計が苦しい下級令嬢たちの中に、信じる者が現れた。
貴族令嬢たちの間の意見は、分かれた。そこで、妥協策として、火曜日の朝までは、警察の救助を待つことにした。
だが、火曜日の朝になっても、警察は、来なかった。
やむなく、貴族令嬢たちは、降伏の条件を交渉することにした。
無産者革命党は、言葉巧みに、貴族令嬢たちを、だました。
無産者革命党が設立した革命政府は、帝国政府と交渉し、自分たちの権利を認めさせたい。
だが、帝国政府は貴族中心の政府だ。首相も、警察大臣も、上級貴族だ。そのため、自分たち平民では、帝国政府と交渉ができない。
そこで、貴族のあなたたちに、交渉担当者になってもらいたい。交渉担当者になってくれるのであれば、貴族令嬢たちには危害を加えない。ホテルでの何不自由ない生活を、無料で提供する。
そう言って、だました。
提供するホテルが、同じ第五ブロックで、孤児院のすぐ近くということもあり、貴族令嬢たちは、その申し出を受け入れた。孤児院の子どもたちの安全と、食料の提供を条件に。
包囲していた無産者革命党は、無産者革命党第一師団第一連隊だ。つまり、第一師団の師団長、副師団長、参謀が所属する師団の中核となる連隊だ。
第一師団にとって、貴族令嬢の確保が、最重要目標だった。
貴族令嬢たちが降伏を受け入れた直後に、孤児院に、大量の食料が搬入された。
無産者革命党側が約束を守ったため、貴族令嬢たちは孤児院を出た。
もっとも、武装は解除しなかったが。
ポケットに、本物のファイアーボールの種を、たくさん入れていた。
エミーリアは、孤児院の暖炉の脇にあった火掻き棒を、持ち出していた。その火掻き棒で、土曜日に侵入した無産者革命党の党員たちを何人も叩きのめし、ケガを負わせた。
他にも、下級令嬢の中には、キッチンナイフを、隠し持っている者もいた。
無産者革命党は、初日の抵抗力の大きさに懲りたのか、貴族令嬢たちと距離を取り、接近することさえなかった。
貴族令嬢たちは、すぐ近くの中級ホテルに案内された。
彼女たちは、火曜日の夕方から、木曜日までは、安楽な生活を享受した。二人一組で、四階のツインルームに軟禁されたが。
とはいえ、他の階に行くことは禁止されたものの、互いの部屋を行き来するのは、許された。
食事は、一日三食、レストランの料理を、部屋まで届けてもらえた。しかも、自分でメニューを見て注文した料理だ。
ホテルのクリーニング・サービスも、使うことができた。
廊下で見張りをしている無産者革命党の党員の中には、プロパガンダ広報員がいた。まだ若い少年たちだった。彼らは笑顔で、嬉々として、無産者革命党が、如何に素晴らしいかを、話し続けた。貴族令嬢が部屋から出るたびに。
それにより、貴族令嬢たちは、徐々に、洗脳されていった。
だが、金曜日の朝、大問題が、発生した。
ルイーザが、行方不明になったのだ。
第二章「脱出難航で絶体絶命」に続く
初日の攻防で、無産者革命党側は、大やけどで、数名の重傷者を出した。
そのため、それ以降は無理に攻撃せず、兵糧攻めの方針に転換した。
土曜日の夕方から、拡声器を使って、プロパガンダを叫び続けた。
貴族令嬢たちは、当初は、その呼びかけを無視し、警察の救助が来るのを、待ち続けた。
だが、警察の救助は、来なかった。
その孤児院は、警察署の北東エリア支署と同じ、第五ブロックにある。警察支署との距離は、七百メートルくらいしか、離れていない。ふだんは、治安の良い地域だ。
土曜日の正午頃、無産者革命党が孤児院を襲う前、一個連隊千名で、無産者革命党は、警察支署を包囲した。そのため、警察は、出動できなくなった。
だが、貴族令嬢たちは、そうした状況を知らなかった。
孤児院には、電話はなかった。そのため、孤児院に籠城した貴族令嬢たちは、外部の情報を、入手することができなかった。
彼女たちが得る情報は、無産者革命党が拡声器で怒鳴り続けるプロパガンダだけだった。
翌日、日曜日になっても、警察は、救助に来なかった。
月曜日になっても、警察は、救助に来なかった。
籠城三日目の月曜日には、限界に達していた。
精神的な問題に加え、食料問題でも。
孤児院の食料が、月曜日の朝には、尽きたのだ。
もともと、その孤児院は、上級貴族が主催する慈善団体の支援を受けることで、運営が成り立っていた。
その慈善団体は、毎月、寄付金を持参していた。
慈善団体の代表を務める上級貴族令嬢は、年に数回、直接、その孤児院を訪れていた。上級貴族令嬢が訪れるときは、警察が厳重に警備した。
だが今回は、上級貴族令嬢は、参加しなかった。それゆえに、警察の警備は、なかった。そのため簡単に、無産者革命党の孤児院への侵入を許してしまったのだ。
その孤児院では、貴族令嬢たちが持参する寄付金を土曜日に受け取ったあと、週明けの月曜日に、一ヶ月分の保存食料を買い込んでいた。孤児院の運営は、経済的にギリギリの状態だった。
そのため、孤児院にある食料は、月曜日の朝までしか、なかった。
月曜日の昼食と夕食は、捨てる予定だった干からびたニンジンとカブでスープを作り、飢えをしのいだ。
無産者革命党は、孤児院の食料が、すぐに尽きることを、事前に知っていた。南三区のローランド孤児院を襲ったときと同様に、その孤児院出身者を、仲間に加えていたからだ。
無産者革命党は、月曜日の朝から、孤児院の窓から見える場所に、食料品を並べた。パンに、ジャガイモ、ニンジン、カブ、キャベツ、それにベーコンやーセージ、チーズなども並べた。大量に。
そして、こう呼びかけた。
「降伏すれば、この食料品を、無料で、孤児院の子どもたちに提供する」と。
さらに、こう呼びかけた
「すでに、帝都の平民区はすべて、無産者革命党の統治下に入った。無産者革命党による革命政府が樹立された。革命政府は、貨幣を廃止した。よって、革命政府の下では、すべての人々に、彼らが必要とする商品が、必要な量だけ、提供される。もはや孤児院の子どもたちが、飢えに苦しむことはない」と。
繰り返し、こうしたプロパガンダを聞かされている間に、貴族令嬢たち、とりわけ、家計が苦しい下級令嬢たちの中に、信じる者が現れた。
貴族令嬢たちの間の意見は、分かれた。そこで、妥協策として、火曜日の朝までは、警察の救助を待つことにした。
だが、火曜日の朝になっても、警察は、来なかった。
やむなく、貴族令嬢たちは、降伏の条件を交渉することにした。
無産者革命党は、言葉巧みに、貴族令嬢たちを、だました。
無産者革命党が設立した革命政府は、帝国政府と交渉し、自分たちの権利を認めさせたい。
だが、帝国政府は貴族中心の政府だ。首相も、警察大臣も、上級貴族だ。そのため、自分たち平民では、帝国政府と交渉ができない。
そこで、貴族のあなたたちに、交渉担当者になってもらいたい。交渉担当者になってくれるのであれば、貴族令嬢たちには危害を加えない。ホテルでの何不自由ない生活を、無料で提供する。
そう言って、だました。
提供するホテルが、同じ第五ブロックで、孤児院のすぐ近くということもあり、貴族令嬢たちは、その申し出を受け入れた。孤児院の子どもたちの安全と、食料の提供を条件に。
包囲していた無産者革命党は、無産者革命党第一師団第一連隊だ。つまり、第一師団の師団長、副師団長、参謀が所属する師団の中核となる連隊だ。
第一師団にとって、貴族令嬢の確保が、最重要目標だった。
貴族令嬢たちが降伏を受け入れた直後に、孤児院に、大量の食料が搬入された。
無産者革命党側が約束を守ったため、貴族令嬢たちは孤児院を出た。
もっとも、武装は解除しなかったが。
ポケットに、本物のファイアーボールの種を、たくさん入れていた。
エミーリアは、孤児院の暖炉の脇にあった火掻き棒を、持ち出していた。その火掻き棒で、土曜日に侵入した無産者革命党の党員たちを何人も叩きのめし、ケガを負わせた。
他にも、下級令嬢の中には、キッチンナイフを、隠し持っている者もいた。
無産者革命党は、初日の抵抗力の大きさに懲りたのか、貴族令嬢たちと距離を取り、接近することさえなかった。
貴族令嬢たちは、すぐ近くの中級ホテルに案内された。
彼女たちは、火曜日の夕方から、木曜日までは、安楽な生活を享受した。二人一組で、四階のツインルームに軟禁されたが。
とはいえ、他の階に行くことは禁止されたものの、互いの部屋を行き来するのは、許された。
食事は、一日三食、レストランの料理を、部屋まで届けてもらえた。しかも、自分でメニューを見て注文した料理だ。
ホテルのクリーニング・サービスも、使うことができた。
廊下で見張りをしている無産者革命党の党員の中には、プロパガンダ広報員がいた。まだ若い少年たちだった。彼らは笑顔で、嬉々として、無産者革命党が、如何に素晴らしいかを、話し続けた。貴族令嬢が部屋から出るたびに。
それにより、貴族令嬢たちは、徐々に、洗脳されていった。
だが、金曜日の朝、大問題が、発生した。
ルイーザが、行方不明になったのだ。
第二章「脱出難航で絶体絶命」に続く
0
お気に入りに追加
6
あなたにおすすめの小説
【R15】アリア・ルージュの妄信
皐月うしこ
ミステリー
その日、白濁の中で少女は死んだ。
異質な匂いに包まれて、全身を粘着質な白い液体に覆われて、乱れた着衣が物語る悲惨な光景を何と表現すればいいのだろう。世界は日常に溢れている。何気ない会話、変わらない秒針、規則正しく進む人波。それでもここに、雲が形を変えるように、ガラスが粉々に砕けるように、一輪の花が小さな種を産んだ。
ダブルネーム
しまおか
ミステリー
有名人となった藤子の弟が謎の死を遂げ、真相を探る内に事態が急変する!
四十五歳でうつ病により会社を退職した藤子は、五十歳で純文学の新人賞を獲得し白井真琴の筆名で芥山賞まで受賞し、人生が一気に変わる。容姿や珍しい経歴もあり、世間から注目を浴びテレビ出演した際、渡部亮と名乗る男の死についてコメント。それが後に別名義を使っていた弟の雄太と知らされ、騒動に巻き込まれる。さらに本人名義の土地建物を含めた多額の遺産は全て藤子にとの遺書も発見され、いくつもの謎を残して死んだ彼の過去を探り始めた。相続を巡り兄夫婦との確執が産まれる中、かつて雄太の同僚だったと名乗る同性愛者の女性が現れ、警察は事故と処理したが殺されたのではと言い出す。さらに刑事を紹介され裏で捜査すると告げられる。そうして真相を解明しようと動き出した藤子を待っていたのは、予想をはるかに超える事態だった。登場人物のそれぞれにおける人生や、藤子自身の過去を振り返りながら謎を解き明かす、どんでん返しありのミステリー&サスペンス&ヒューマンドラマ。
ARIA(アリア)
残念パパいのっち
ミステリー
山内亮(やまうちとおる)は内見に出かけたアパートでAR越しに不思議な少女、西園寺雫(さいおんじしずく)と出会う。彼女は自分がAIでこのアパートに閉じ込められていると言うが……
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
マクデブルクの半球
ナコイトオル
ミステリー
ある夜、電話がかかってきた。ただそれだけの、はずだった。
高校時代、自分と折り合いの付かなかった優等生からの唐突な電話。それが全てのはじまりだった。
電話をかけたのとほぼ同時刻、何者かに突き落とされ意識不明となった青年コウと、そんな彼と昔折り合いを付けることが出来なかった、容疑者となった女、ユキ。どうしてこうなったのかを調べていく内に、コウを突き落とした容疑者はどんどんと増えてきてしまう───
「犯人を探そう。出来れば、彼が目を覚ますまでに」
自他共に認める在宅ストーカーを相棒に、誰かのために進む、犯人探し。
✖✖✖Sケープゴート
itti(イッチ)
ミステリー
病気を患っていた母が亡くなり、初めて出会った母の弟から手紙を見せられた祐二。
亡くなる前に弟に向けて書かれた手紙には、意味不明な言葉が。祐二の知らない母の秘密とは。
過去の出来事がひとつづつ解き明かされ、祐二は母の生まれた場所に引き寄せられる。
母の過去と、お地蔵さまにまつわる謎を祐二は解き明かせるのでしょうか。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる