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<第一章 第5話>

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  <第一章 第5話>
 両目を、つり上げた。ルビー・クールが。
 怒った表情を作り、注意を促した。
 受付の青年も、気づいた。自分の失態に。
 気を取り直し、わざと大きな声で、ルビー・クールに声をかけた。
 「お客様、何か、ご用でしょうか?」
 「ええ。電話を貸してくれるかしら?」
 ルビー・クールも、わざと大きな声で、尋ねた。
 「ええ。もちろんです」
 受付の青年は、何年も前から、このホテルに潜入している労農革命党のスパイだ。
 彼だけではない。このホテルには、以前から数名のスパイが、情報収集のために潜入している。ホテルのボーイに、掃除婦、一階にあるレストランのウエイター、それに受付のフロントマンの計四名だ。他に、一階レストランのシェフは、労農革命党の料理人支部の所属だ。彼はスパイではないため、情報収集はしないが。
 この中級ホテルは、第五ブロックにあるため、公務員が出張で利用することが多い。第五ブロックには、警察署の支署の他、区役所の出張所や、郵便局がある。そのため、よその地区から出張に来た公務員が、利用することが多いのだ。
 労農革命党は、過去に何度か、警察署襲撃事件を起こした。そのため、警察には目のかたきにされている。そこで、警察の動向を探るため、多くのスパイを放っている。警察関係者が、頻繁に利用する飲食店や各種店舗に。このホテルも、その一つだ。
 そのおかげで、無産者革命党が、貴族令嬢たちを、このホテルに監禁した情報も、すぐに一報が入った。その後も、監視役の無産者革命党一個中隊の情報をはじめ、様々な情報が、逐一、労農革命党の帝都第一支部に入ることになった。
 労農革命党帝都第一支部は、南一区北西エリアを管轄する支部だ。
 ルビー・クールが、受付の青年に声をかけた。貴族令嬢たちに聞こえるように、大きな声で。
 「貴族令嬢様が、ご自宅に電話をかけます。席を、はずしていただけるかしら」
 「ええ。もちろんです」
 受付の壁時計を、見た。
 時間が、あまりない。
 電話をかけるのは、中級貴族令嬢二名に、限定した。
 彼女たちが自宅に電話をかけている間に、下級貴族令嬢たちから、話を聞いた。この一週間の出来事を。
 帝都大乱初日。先週の土曜日の昼過ぎ。貴族令嬢たちがボランティアとして訪れていた孤児院に、無産者革命党の党員たちが、乱入してきた。その数は、百名近くいたようだ。
 おそらく、一個中隊だろう。無産者革命党は、百名で一個中隊を構成している。
 貴族令嬢たちは、一瞬、戸惑った。
 だが、すぐに気を取り直した。
 魔法の火球、ファイアー・ボールを投げつけた。次々に。本物も混ぜながら。五名の下級貴族令嬢が投げつけたファイアー・ボールは、ピンポン球くらいの大きさだ。
 一方、中級貴族令嬢二名は、バレーボールほどの大きさのファイアー・ボールを投げつけた。
 魔法は、すべて、まぼろしだ。相手の脳に、強制的に、幻覚を見せ、幻聴を聞かせ、幻痛を与える。魔法で、肉体を傷つけることはできない。だが、一流の魔法使いならば、強力な幻痛によって、心臓麻痺で、人間を殺すことができる。
 もっとも、人を殺せるほどの強力な魔法力を持つ者は、めったにいない。
 下級貴族令嬢は、魔法力が弱い。そのため、魔法の幻覚に、本物を混ぜることで、魔法攻撃を強化する。
 彼女たちも、ルビー・クールと同様に、本物のファイアー・ボールのたねを、いくつか持ち歩いていた。ポケットに忍ばせて。
 本物のファイアー・ボールの種の作り方は、簡単だ。
 青銅貨を三枚重ねて、紙で、くるむだけだ。くるんだ際に、口の部分をねじる。
 そのねじった部分に、マッチで火をつけ、魔法の幻覚を重ね、相手に投げつける。
 いくつもの魔法のファイアー・ボールと共に。
 すると相手は、幻覚と本物の区別がつかない。本物の炎が、衣服に燃え移ると、大やけどを負ってしまう。
 そうなると、魔法の幻覚の炎をも、本物だと誤解し、慌てふためき、逃げ出すことになる。
 まさに、そうした状況となった。
 孤児院に乱入した百名近い無法者たちは、五名の下級貴族が、次々に投げつけたファイアー・ボールに、慌てふためいた。なぜなら、数人の衣服は本当に燃えて、身体中に燃え広がったからだ。
 中級貴族令嬢二名が投げつけた大型ファイアー・ボールも、効果は絶大だった。魔法の火力が強すぎたため、その攻撃を食らった男たちは絶叫し、逃げ出したからだ。
 百名近い無法者たちを孤児院から追い出したあと、ドアや窓に鍵をかけ、孤児院の戸締まりを厳重にした。
 その後は、籠城戦と、兵糧攻めの戦いになった。
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