絶体絶命ルビー・クールの逆襲<帝都大乱編>

蛇崩 通

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<第四章 第4話>

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  <第四章 第4話>
 だが、ルビー・クールは、気を取り直した。
 彼らのうち、党友約一万人は、絞首刑ショーを見に来ただけのただの見物客のはずだ。戦う意志のある者たちは、党員だけだろう。
 党員十個中隊千人のうち、すでに二個中隊は撤退した。もう二個中隊は、広場の向こう側の車道に配備されている。距離的に遠いため、彼らはルビー・クールを攻撃できない。
 絞首刑台の正面近くの三個中隊は、壊滅的打撃を負っている。中隊長、副隊長、それに、中隊内で第三位から第五位の地位の男が、すでに戦死している。もはや、中隊の指揮を執れる者は、残っていないだろう。それに加え、負傷者数は、各中隊とも、三十名前後だ。
 一般的には、将兵の三割が死傷すると、その部隊は壊滅とされる。なぜなら、負傷していない兵士が、負傷兵を治療のために後方に運ばなければならない。重傷者ならば、兵士二名かりでなければ、運べない。そのため、負傷兵が三割近くに達すると、負傷兵の運搬だけで手一杯となり、撤退以外の選択肢がなくなってしまう。
 三個中隊は、すでに壊滅状態だ。よって、あと一押しで、その三個中隊は、恐怖に押しつぶされて逃げ出すはずだ。
 ここで、彼らの戦意をくじくべきだ。それが、最善の策だ。
 ルビー・クールは、リボルバーの銃口を、絞首刑台の正面の党員と党友に向けた。
 続けざまに、六発全弾を発射した。四列目か五列目にいる長身の党員を狙った。
 多数の党員党友が、悲鳴をあげ絶叫した。徹甲弾一発で、八名以上が死傷したからだ。
 徹甲弾六発で、五十名ほどの死傷者が発生した。
 一瞬で変わった。広場の空気が。
 特に、見物けんぶつ客気分の党友たちは、自分たちが銃撃の標的にされたため、一気に恐怖のどん底に突き落とされた。
 もちろん、ルビー・クールの言葉の効果もある。広場の前方以外の党友は、それまで、前方の党員たちが銃撃を受けても、なにが起きたのかを理解していなかった。だが、ルビー・クールの言葉による説明で、徹甲弾は何人もの人間の身体を、簡単に貫通することを知った。一発で多数を死傷させることも知った。そのため、銃撃音に、以前よりも恐怖を感じるようになった。加えて、負傷者の絶叫や悲鳴が、ますます恐怖を増大させた。
 正面の三個中隊が、後方に撤退し始めた。その三個中隊の後方の党友たち数百人も、銃撃から逃げようと、後方に移動し始めた。
 だが、それより後方の党友たちは、まだ動かない。
 あと、もう一押しだ。
 しかしもう、徹甲弾は六発しかない。今、すべてを使ってしまうべきではない。
 ルビー・クールは、左太ももの一巻目の弾丸ベルトから、通常の拳銃弾を取りだし、装填した。
 すでに党友たちは、徹甲弾の威力に強い恐怖を感じている。ただの拳銃弾でも、銃声を聞き、近くの者が悲鳴をあげれば、恐怖で逃げ出すはずだ。
 ルビー・クールは、銃口を向けた。撤退の流れを止めている集団に、銃弾を撃ち込んだ。続けざまに六発。
 空薬莢からやっきょうを排出し、通常の拳銃弾を、さらに六発装填した。
 その六発も、全弾、一気に撃ち尽くした。
 すぐさま空薬莢を排出した。右の膝を立て、右太ももの一巻き目の弾丸ベルトから、拳銃弾を取りだし、六発装填した。
 これで、左右の太ももの一巻き目の弾丸ベルトの弾丸は、全部使い尽くした。
 群衆が、一気に動き出した。
 悲鳴、絶叫、それに怒声。
 恐怖に駆られた党員党友、とりわけ党友たちが、一気に逃げ出し始めた。
 広場の中央付近では、将棋倒しが発生した。数十名が押し倒され、押し潰された。彼らもまた悲鳴をあげ、絶叫した。
 広場は、ますます恐怖に包まれた。
 ジャン=ジャックが、大声で怒鳴っていた。「逃げるな、戦え」と。だがもはや、恐怖に駆られた群衆の耳には、入らなかった。
 ルビー・クールは、はりの右はしまで移動した。
 銃口を、ジャン=ジャックに向けた。大声で、叫んだ。
 「あなたの負けよ! 子どもたちを解放しなさい!」
 ジャン=ジャックは、五歳くらいの女児を、左腕で抱え上げた。右手に持ったリボルバーの銃口を、女児の頭に突きつけた。
 「このガキを殺すぞ!」
 「その子を殺したら、その瞬間に、あなたを射殺するわよ!」
 ルビー・クールは、そう叫んだ。
 だが距離は、三十メートル以上もある。もし発砲したら、ジャン=ジャックにあたらず、彼の周囲にいる子どもたちにあたってしまう可能性もある。難しい状況だ。
 ジャン=ジャックが、部下に向かって怒鳴った。
 「小さなガキ十名を抱え上げろ! ガキどもを人間の盾にして撤退する!」
 その非道な言葉に、ルビー・クールは打ちのめされた。
 思わず、感情的になって叫んだ。
 「あなたには人間の良心がないの!」
 ジャン=ジャックが、せせら笑った。
 「我々が持っている良心は、無産者革命党員の良心だけだ! 人間の良心などという古くさい道徳観念は、我々の革命の障害にしかならない!」
 「人でなし!」
 ルビー・クールの叫びを無視し、ジャン=ジャックとその部下たちは、広場の右側出入り口から、撤退を始めた。泣き叫ぶ五歳から六歳の子ども十名を、人間の盾にしながら。自分の胸のあたりに子どもを抱えているのは、どうやら全員、中隊の幹部のようだ。
 ルビー・クールが、大声で叫んだ。
 「ジャン=ジャック! 子どもを一人でも殺したら、あなたを必ず殺すわよ! あなたの部下たちも皆殺しにするわ! たとえどこへ逃げても、地の果てまで追いかけるわ!」
 ジャン=ジャックが広場から出て、石塀の向こう側に消えた。
 「アンジェリカ!」
 ルビー・クールが、叫んだ。アンジェリカが振り返った。
 「子どもを一人でも殺したら、あなたのことも殺すわよ! 死にたくなければ、子どもの命を守りなさい!」
 アンジェリカの表情は、引きつっていた。ルビー・クールが、司令官を始めとして、次々に幹部や党員を殺傷していくのを見て、強い恐怖を感じたのだ。
 アンジェリカは、なにも言わずに背を向け、ジャン=ジャックを追いかけた。姿が、ルビー・クールの視界から消えた。
 ルビー・クールは、打ちのめされていた。高さ三メートルのはりの上で。十名の子どもたちを拉致らちされて。

    第五章に続く
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