絶体絶命ルビー・クールの逆襲<帝都大乱編>

蛇崩 通

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第三章 石打ち刑で絶体絶命 <第1話>

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  <第三章 第1話>
 絞首刑台の前には、幅五メートルほどの空きスペースがある。そのスペースは、太い縄で規制線が張られ、広場と区切られている。興奮した群衆が、絞首刑台に殺到しないようにするためだ。
 左腕に赤い腕章を巻いた党員たちの大部分は、その規制線の前後にいる。
 絞首刑台の正面の空きスペースには、死んだ司令官の部下たち約百名がいる。半数は、司令官を取り囲んで大声で呼びかけている。傷口をハンカチやスカーフで押さえているが、その程度では、大量出血は止まらない。今はまだ失神しているだけだが、もうしばらくたてば、失血死するだろう。残りのもう半数は、慌てふためき、意味もなく右往左往している。
 左手側には、副司令官とその部下約百名がいる。右手側は、参謀とその部下百名と、アンジェリカだ。それに、人質に取られた孤児院の子どもたち五十名あまりと、孤児院の院長を務める年老いたシスターが立ちすくんでいる。シスターは、ローランド夫人と三十年来の友人なので、五十歳代半ばくらいだ。
 規制線の向こう側には、党員が横五列に並んでいる。広場は、一辺が約百メートルの正方形のはずだ。帝都の都市設計は、どの区も基本的には同じだからだ。よって、規制線の向こう側の党員は、約五百名。彼らは、党友、というより群衆が、絞首刑台に殺到しないように、その場所に配備されているのだろう。
 広場の向こう側の車道には、百名ほどの党員のグループが二つ、配備されている。車道の右手側と左手側だ。遅れてやってきた党友たちの誘導をしている。だがおそらく、主な目的は、後方の警備だろう。
 また、空きびんが飛んできた。ビールの小瓶のようだ。
 あたらなかったが、次々に投げつけられると、そのうちあたってしまう。
 正面にいる司令官の部下の一人が、他の党員に何かを命じている。その男は、百人隊長だろう。その命令は、手渡しのリレー方式で、空き瓶を最前列まで運べ、というものだ。それを、リレー方式の伝言で、後方に次々に伝えるようだ。
 たしかに、遠くから投げるよりも、近くから投げつけたほうが、あたる確率は高まる。
 群衆の中には、あちらこちらに、ビール瓶らしき小瓶を手にしている男たちがいる。人数は、数十名から百名弱ほどか。彼らは、サーカスでも見に来るような感覚で、貴族の絞首刑を見に来たのだろう。だから、ビール瓶を手にしている。
 まずい状況だ。最前列に百近い空き瓶が集まり、一度に投げつけられたら、怪我けがをして転落してしまう。空き瓶が最前列に集まる前に、なんとか状況を打開しなければ。
 副司令官が、部下に怒鳴る声が聞こえた。
 視線を向けた。どうやら、「石を投げろ」と命じたところ、部下の一人が、「石がありません」と返答した。それに対し、副司令官が怒鳴りつけたようだ。「石畳をがせ」と。
 その一言で、数名の部下が、手斧やナイフを使って、広場の足下の石畳を剥がし始めた。
 まずい、まずい、まずい。これは、空き瓶よりもまずい。
 広場は石畳でおおわれている。よって、石畳の石は大量にある。大量に剥がして大量に投げつけられたら、大怪我をして転落する。
 なんとかしなければ。それも、今すぐだ。
 もう、時間がない。早くしないと、最初の石畳が剥がされてしまう。
 一瞬、石打ちの刑が脳裏に浮かんだ。罪人に対し、群衆が次々に石を投げつけて殺害する古代の処刑方法だ。即死せず、長時間にわたって苦痛が続くため、極めて残酷だ。異教徒の国では、今でも実施されている国もある。しかも、対象となる罪は、姦淫だ。以前、何かの本でそのことを読んだとき、娼婦である自分は石打ち刑の対象のため、恐怖した覚えがある。
 心の中に広がる恐怖を、無理矢理、振り払った。
 今、必要なことは、恐怖にふるえることではない。戦うことだ。
 ルビー・クールは、決断した。
 本当は、温存しておきたかった。数に限りがあるためだ。だが、しかたがない。
 今が、使うべきときだ。
 はりの上を、移動した。左へ。副司令官に接近するために。
 梁の一番左端まで、移動した。
 右足が前で、左足が後方の状態で、梁の上に左膝をついた。左手で梁をつかんだ。転落防止のためだ。
 右手で、制服のロングスカートの右すそを、少しまくった。
 右足首が、スカートから露出した。黒革のロング・ブーツが現れた。右足首の外側には、黒革のホルスターが装着されている。ホルスターのボタンをはずし、三十二口径の銀色リボルバーを右手で取り出した。
 右腕をまっすぐに伸ばし、副司令官をねらった。距離は、十メートル強だ。
 距離は近いが、高低のある場所からの射撃は、初めてだ。慎重に狙いをつけた。
 副司令官が、気づいた。驚愕きょうがくの表情を浮かべた。
 「なぜ、拳銃を持っているんだ!」
 副司令官が、そう怒鳴った。
 ルビー・クールは、冷ややかに答えた。
 「護身用よ。あなたたちのような悪党から、自分を守るためにね」
 あわてて副司令官は、自分のふところからリボルバーを取り出した。
 引き金を引いた。
 銃声が響いた。
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