上 下
3 / 33

<第一章 第2話>

しおりを挟む
  <第一章 第2話>
 ハッと気づいた。リストバンドに忍ばせた釘は、先端を針のように鋭く加工してある。そのせいで、突起物にうまく引っかからないのだ。
 ならば、鍵穴へ入れる角度を変えれば、突起物に引っかけて、動かすことができるはずだ。
 角度を変えてみた。
 先端が突起物にあたるのだが、突起物は動かない。先端が細すぎるせいだ。
 だが、うまくやれば、できるはずだ。
 それには、時間がかかる。時間を稼がなければ。
 ルビー・クールは、金髪ツインテール少女に視線を向けた。彼女は、絞首刑台の右ななめ前に立っている。このテロ組織の参謀のかたわらだ。参謀は、副司令官に次ぐナンバースリーの地位だ。
 「アンジェリカ! お願いよ! 子どもたちの命を助けて!」
 アンジェリカが激怒して怒鳴った。
 「その名前で呼ぶな! あたしの革命家名は、ジャンヌ=マリーよ!」
 ルビー・クールが、悲痛な声で叫んだ。
 「あなたも同じ孤児院の出身でしょ! 助けてあげて! 孤児院の子どもたちは、あなたの妹たちや弟たちじゃない」
 アンジェリカは激怒して反論した。
 「あたしは捨て子だ! あたしには妹も弟もいない!」
 「でも、同じ孤児院出身でしょ。子どもたちの命を助けてくれるように、頼んでよ!」
 「そんなことするわけないでしょ! あたしは目覚めたのよ。無産者革命の理想にね。それによって、気づいた。この孤児院は、無産者の敵だ、と。だから、情報提供して襲わせた。ちょうどクリスマスのイベントで、支援者の貴族たちが来る日を狙ってね」
 ルビー・クールは、彼女の言葉に、打ちのめされた。
 アンジェリカと出会ったのは、十一歳の時だった。母に連れられて、ボランティアで、ローランド孤児院を初めて訪れた。同孤児院は、三十年ほど前から、ローランド夫人が主催する慈善団体が支援している。もともとは別の名称だったが、だいぶ前に、ローランド孤児院へ名称を変更している。
 その孤児院で、アンジェリカと出会った。身長に大きな差があったので、てっきり三歳ほど年下かと思ったら、同じ十一歳だった。貴族と庶民との栄養状態の差を、痛感した。
 それ以降、アンジェリカとは、毎月、顔を合わせた。ボランティアとして、アンジェリカを含めた孤児院の子どもたちに、勉強を教えてあげたり、一緒に遊んであげたりした。アンジェリカには、裁縫を教えてあげたりもした。
 最後に会ったのは、十二歳になる一ヶ月前だ。ローランド孤児院では、十二歳の誕生日の翌日に、孤児院を卒業する。少年は、職人などの見習いとなり、住み込みで働く。少女も、裁縫婦などの見習いとなって住み込みで働く。アンジェリカは、大衆食堂の住み込みウェイトレスになったと、あとで聞いた。
 アンジェリカが、追い打ちをかけるように、ルビー・クールを罵倒した。
 「偽善者の抑圧者め! 初めて会ったときから、あんたのことが大嫌いだった。無産者革命党に入党して、その理由がわかった。人間は平等であるべきなのよ! それなのに、あんたはすべてを持っていて、あたしはなにも持っていない。あんたは美しく、頭が良く、勉強も運動も、料理も裁縫も、誰よりもできる。あたしと同い年なのに!」
 十一歳のときのルビー・クールは、下級貴族向けの小学校で、すべてに関して一番だった。勉強も運動も、剣術も拳闘も。同じ小学校の男児で、勝てる者はいなかった。裁縫と料理については、ルビー・クールと同じくらい得意な女児は、数名いたような記憶がある。
 十一歳のときが、ルビー・クールの人生の絶頂期で、最良の時期だった。
 十二歳の誕生日に、娼婦となった。四月だ。「転落」の時代のはじまりだ。ルビー・クールの心の中で。
 十二歳の九月に、帝国魔法学園中等部に入学した。さらに、「転落」した。勉強でも、運動でも、魔法でも、ありとあらゆる分野で、上には上がいた。
 しかも、身分社会を思い知った。学生証には、身分欄がある。ルビー・クールの学生証の身分欄には、下層下級貴族と明記されている。貴族社会の最底辺だ。
 もっとも、中等部の全生徒の約六割は下層下級貴族だ。下級貴族全体では、全生徒の九割弱を占める。そのため、マジョリティー(多数派)だ。マイノリティー(少数派)の苦悩を味わったことはない。
 アンジェリカが、叫び続けた。悲痛な声で。
 「あんたはいつも、上から目線で、めぐんであげる側。あたしはいつも、卑屈ひくつに頭を下げて、恵まれる側。だけどそれは、貴族政と私有制のせいだった。貴族政と私有制があるから、持つ者と持たざる者が生まれる。だから、貴族政も、私有制を基盤とする資本主義も、廃止するべきなのよ」
 ルビー・クールは打ちのめされ、うなだれた。幼馴染みに痛罵されて。
 それを、たのしそうに眺めていた。司令官に副司令官、それに参謀が。いや、より正確には、打ちのめされたルビー・クールと、アンジェリカの両方だ。アンジェリカは、無産者革命党にとっての模範解答的主張を繰り広げたからだ。
 ルビー・クールは気を取り直して、司令官に視線を向け、哀願した。
 「ねえ、お願い。子どもたちの命だけは助けて」
 ニヤつきながら、司令官は右手をあげた。
 ルビー・クールの顔を、平手打ちした。
 「や、やめて! 顔は殴らないで!」
 悲鳴をあげ、反射的に、そう口走ってしまった。
 その言葉に興奮したのか、司令官は、再び右手をあげた。
 「いやっ! やめて! お願いよ」
 思わず、ルビー・クールは懇願した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【毎日20時更新】アンメリー・オデッセイ

ユーレカ書房
ミステリー
からくり職人のドルトン氏が、何者かに殺害された。ドルトン氏の弟子のエドワードは、親方が生前大切にしていた本棚からとある本を見つける。表紙を宝石で飾り立てて中は手書きという、なにやらいわくありげなその本には、著名な作家アンソニー・ティリパットがドルトン氏とエドワードの父に宛てた中書きが記されていた。 【時と歯車の誠実な友、ウィリアム・ドルトンとアルフレッド・コーディに。 A・T】 なぜこんな本が店に置いてあったのか? 不思議に思うエドワードだったが、彼はすでにおかしな本とふたつの時計台を巡る危険な陰謀と冒険に巻き込まれていた……。 【登場人物】 エドワード・コーディ・・・・からくり職人見習い。十五歳。両親はすでに亡く、親方のドルトン氏とともに暮らしていた。ドルトン氏の死と不思議な本との関わりを探るうちに、とある陰謀の渦中に巻き込まれて町を出ることに。 ドルトン氏・・・・・・・・・エドワードの親方。優れた職人だったが、職人組合の会合に出かけた帰りに何者かによって射殺されてしまう。 マードック船長・・・・・・・商船〈アンメリー号〉の船長。町から逃げ出したエドワードを船にかくまい、船員として雇う。 アーシア・リンドローブ・・・マードック船長の親戚の少女。古書店を開くという夢を持っており、謎の本を持て余していたエドワードを助ける。 アンソニー・ティリパット・・著名な作家。エドワードが見つけた『セオとブラン・ダムのおはなし』の作者。実は、地方領主を務めてきたレイクフィールド家の元当主。故人。 クレイハー氏・・・・・・・・ティリパット氏の甥。とある目的のため、『セオとブラン・ダムのおはなし』を探している。

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

【R15】アリア・ルージュの妄信

皐月うしこ
ミステリー
その日、白濁の中で少女は死んだ。 異質な匂いに包まれて、全身を粘着質な白い液体に覆われて、乱れた着衣が物語る悲惨な光景を何と表現すればいいのだろう。世界は日常に溢れている。何気ない会話、変わらない秒針、規則正しく進む人波。それでもここに、雲が形を変えるように、ガラスが粉々に砕けるように、一輪の花が小さな種を産んだ。

どんでん返し

あいうら
ミステリー
「1話完結」~最後の1行で衝撃が走る短編集~ ようやく子どもに恵まれた主人公は、家族でキャンプに来ていた。そこで偶然遭遇したのは、彼が閑職に追いやったかつての部下だった。なぜかファミリー用のテントに1人で宿泊する部下に違和感を覚えるが… (「薪」より)

四次元残響の檻(おり)

葉羽
ミステリー
音響学の権威である変わり者の学者、阿座河燐太郎(あざかわ りんたろう)博士が、古びた洋館を改装した音響研究所の地下実験室で謎の死を遂げた。密室状態の実験室から博士の身体は消失し、物証は一切残されていない。警察は超常現象として捜査を打ち切ろうとするが、事件の報を聞きつけた神藤葉羽は、そこに論理的なトリックが隠されていると確信する。葉羽は、幼馴染の望月彩由美と共に、奇妙な音響装置が残された地下実験室を訪れる。そこで葉羽は、博士が四次元空間と共鳴現象を利用した前代未聞の殺人トリックを仕掛けた可能性に気づく。しかし、謎を解き明かそうとする葉羽と彩由美の周囲で、不可解な現象が次々と発生し、二人は見えない恐怖に追い詰められていく。四次元残響が引き起こす恐怖と、天才高校生・葉羽の推理が交錯する中、事件は想像を絶する結末へと向かっていく。

失踪した悪役令嬢の奇妙な置き土産

柚木崎 史乃
ミステリー
『探偵侯爵』の二つ名を持つギルフォードは、その優れた推理力で数々の難事件を解決してきた。 そんなギルフォードのもとに、従姉の伯爵令嬢・エルシーが失踪したという知らせが舞い込んでくる。 エルシーは、一度は婚約者に婚約を破棄されたものの、諸事情で呼び戻され復縁・結婚したという特殊な経歴を持つ女性だ。 そして、後日。彼女の夫から失踪事件についての調査依頼を受けたギルフォードは、邸の庭で謎の人形を複数発見する。 怪訝に思いつつも調査を進めた結果、ギルフォードはある『真相』にたどり着くが──。 悪役令嬢の従弟である若き侯爵ギルフォードが謎解きに奮闘する、ゴシックファンタジーミステリー。

ピエロの嘲笑が消えない

葉羽
ミステリー
天才高校生・神藤葉羽は、幼馴染の望月彩由美から奇妙な相談を受ける。彼女の叔母が入院している精神科診療所「クロウ・ハウス」で、不可解な現象が続いているというのだ。患者たちは一様に「ピエロを見た」と怯え、精神を病んでいく。葉羽は、彩由美と共に診療所を訪れ、調査を開始する。だが、そこは常識では計り知れない恐怖が支配する場所だった。患者たちの証言、院長の怪しい行動、そして診療所に隠された秘密。葉羽は持ち前の推理力で謎に挑むが、見えない敵は彼の想像を遥かに超える狡猾さで迫ってくる。ピエロの正体は何なのか? 診療所で何が行われているのか? そして、葉羽は愛する彩由美を守り抜き、この悪夢を終わらせることができるのか? 深層心理に潜む恐怖を暴き出す、戦慄の本格推理ホラー。

映画をむさぼり、しゃぶる獣達――カルト映画と幻のコレクション

来住野つかさ
ミステリー
それは一人の映画コレクターの死から始まった―― 高名な映画コレクターの佐山義之氏が亡くなった。日比野恵の働く国立映画資料館の元にその一報が入ったのは、彼のコレクションを極秘に保全してほしいという依頼が死去当日に届いたから。彼の死を周りに悟られないようにと遺族に厳命を受け、ひっそり向かった佐山邸。貴重な映画資料に溢れたコレクションハウスと化したそこは厳重なセキュリティがかけられていたはずなのに、何故か無人の邸の地下に別の映画コレクターの他殺体が見つかる――。手に入れられる訳がないと思われていた幻のコレクションの存在とその行方は? カルト映画『夜を殺めた姉妹』との関連性とは? 残された資料を元に調査に乗り出すうちに、日比野達はコレクター達の欲と闇に巻き込まれて行く。 ※この作品はフィクションです。実在の場所、人物、映画とは一切関係ありません。 ※残酷描写、暴力描写、流血描写があります。

処理中です...