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<第一章 第2話>
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<第一章 第2話>
ハッと気づいた。リストバンドに忍ばせた釘は、先端を針のように鋭く加工してある。そのせいで、突起物にうまく引っかからないのだ。
ならば、鍵穴へ入れる角度を変えれば、突起物に引っかけて、動かすことができるはずだ。
角度を変えてみた。
先端が突起物にあたるのだが、突起物は動かない。先端が細すぎるせいだ。
だが、うまくやれば、できるはずだ。
それには、時間がかかる。時間を稼がなければ。
ルビー・クールは、金髪ツインテール少女に視線を向けた。彼女は、絞首刑台の右ななめ前に立っている。このテロ組織の参謀のかたわらだ。参謀は、副司令官に次ぐナンバースリーの地位だ。
「アンジェリカ! お願いよ! 子どもたちの命を助けて!」
アンジェリカが激怒して怒鳴った。
「その名前で呼ぶな! あたしの革命家名は、ジャンヌ=マリーよ!」
ルビー・クールが、悲痛な声で叫んだ。
「あなたも同じ孤児院の出身でしょ! 助けてあげて! 孤児院の子どもたちは、あなたの妹たちや弟たちじゃない」
アンジェリカは激怒して反論した。
「あたしは捨て子だ! あたしには妹も弟もいない!」
「でも、同じ孤児院出身でしょ。子どもたちの命を助けてくれるように、頼んでよ!」
「そんなことするわけないでしょ! あたしは目覚めたのよ。無産者革命の理想にね。それによって、気づいた。この孤児院は、無産者の敵だ、と。だから、情報提供して襲わせた。ちょうどクリスマスのイベントで、支援者の貴族たちが来る日を狙ってね」
ルビー・クールは、彼女の言葉に、打ちのめされた。
アンジェリカと出会ったのは、十一歳の時だった。母に連れられて、ボランティアで、ローランド孤児院を初めて訪れた。同孤児院は、三十年ほど前から、ローランド夫人が主催する慈善団体が支援している。もともとは別の名称だったが、だいぶ前に、ローランド孤児院へ名称を変更している。
その孤児院で、アンジェリカと出会った。身長に大きな差があったので、てっきり三歳ほど年下かと思ったら、同じ十一歳だった。貴族と庶民との栄養状態の差を、痛感した。
それ以降、アンジェリカとは、毎月、顔を合わせた。ボランティアとして、アンジェリカを含めた孤児院の子どもたちに、勉強を教えてあげたり、一緒に遊んであげたりした。アンジェリカには、裁縫を教えてあげたりもした。
最後に会ったのは、十二歳になる一ヶ月前だ。ローランド孤児院では、十二歳の誕生日の翌日に、孤児院を卒業する。少年は、職人などの見習いとなり、住み込みで働く。少女も、裁縫婦などの見習いとなって住み込みで働く。アンジェリカは、大衆食堂の住み込みウェイトレスになったと、あとで聞いた。
アンジェリカが、追い打ちをかけるように、ルビー・クールを罵倒した。
「偽善者の抑圧者め! 初めて会ったときから、あんたのことが大嫌いだった。無産者革命党に入党して、その理由がわかった。人間は平等であるべきなのよ! それなのに、あんたはすべてを持っていて、あたしはなにも持っていない。あんたは美しく、頭が良く、勉強も運動も、料理も裁縫も、誰よりもできる。あたしと同い年なのに!」
十一歳のときのルビー・クールは、下級貴族向けの小学校で、すべてに関して一番だった。勉強も運動も、剣術も拳闘も。同じ小学校の男児で、勝てる者はいなかった。裁縫と料理については、ルビー・クールと同じくらい得意な女児は、数名いたような記憶がある。
十一歳のときが、ルビー・クールの人生の絶頂期で、最良の時期だった。
十二歳の誕生日に、娼婦となった。四月だ。「転落」の時代のはじまりだ。ルビー・クールの心の中で。
十二歳の九月に、帝国魔法学園中等部に入学した。さらに、「転落」した。勉強でも、運動でも、魔法でも、ありとあらゆる分野で、上には上がいた。
しかも、身分社会を思い知った。学生証には、身分欄がある。ルビー・クールの学生証の身分欄には、下層下級貴族と明記されている。貴族社会の最底辺だ。
もっとも、中等部の全生徒の約六割は下層下級貴族だ。下級貴族全体では、全生徒の九割弱を占める。そのため、マジョリティー(多数派)だ。マイノリティー(少数派)の苦悩を味わったことはない。
アンジェリカが、叫び続けた。悲痛な声で。
「あんたはいつも、上から目線で、恵んであげる側。あたしはいつも、卑屈に頭を下げて、恵まれる側。だけどそれは、貴族政と私有制のせいだった。貴族政と私有制があるから、持つ者と持たざる者が生まれる。だから、貴族政も、私有制を基盤とする資本主義も、廃止するべきなのよ」
ルビー・クールは打ちのめされ、うなだれた。幼馴染みに痛罵されて。
それを、愉しそうに眺めていた。司令官に副司令官、それに参謀が。いや、より正確には、打ちのめされたルビー・クールと、アンジェリカの両方だ。アンジェリカは、無産者革命党にとっての模範解答的主張を繰り広げたからだ。
ルビー・クールは気を取り直して、司令官に視線を向け、哀願した。
「ねえ、お願い。子どもたちの命だけは助けて」
ニヤつきながら、司令官は右手をあげた。
ルビー・クールの顔を、平手打ちした。
「や、やめて! 顔は殴らないで!」
悲鳴をあげ、反射的に、そう口走ってしまった。
その言葉に興奮したのか、司令官は、再び右手をあげた。
「いやっ! やめて! お願いよ」
思わず、ルビー・クールは懇願した。
ハッと気づいた。リストバンドに忍ばせた釘は、先端を針のように鋭く加工してある。そのせいで、突起物にうまく引っかからないのだ。
ならば、鍵穴へ入れる角度を変えれば、突起物に引っかけて、動かすことができるはずだ。
角度を変えてみた。
先端が突起物にあたるのだが、突起物は動かない。先端が細すぎるせいだ。
だが、うまくやれば、できるはずだ。
それには、時間がかかる。時間を稼がなければ。
ルビー・クールは、金髪ツインテール少女に視線を向けた。彼女は、絞首刑台の右ななめ前に立っている。このテロ組織の参謀のかたわらだ。参謀は、副司令官に次ぐナンバースリーの地位だ。
「アンジェリカ! お願いよ! 子どもたちの命を助けて!」
アンジェリカが激怒して怒鳴った。
「その名前で呼ぶな! あたしの革命家名は、ジャンヌ=マリーよ!」
ルビー・クールが、悲痛な声で叫んだ。
「あなたも同じ孤児院の出身でしょ! 助けてあげて! 孤児院の子どもたちは、あなたの妹たちや弟たちじゃない」
アンジェリカは激怒して反論した。
「あたしは捨て子だ! あたしには妹も弟もいない!」
「でも、同じ孤児院出身でしょ。子どもたちの命を助けてくれるように、頼んでよ!」
「そんなことするわけないでしょ! あたしは目覚めたのよ。無産者革命の理想にね。それによって、気づいた。この孤児院は、無産者の敵だ、と。だから、情報提供して襲わせた。ちょうどクリスマスのイベントで、支援者の貴族たちが来る日を狙ってね」
ルビー・クールは、彼女の言葉に、打ちのめされた。
アンジェリカと出会ったのは、十一歳の時だった。母に連れられて、ボランティアで、ローランド孤児院を初めて訪れた。同孤児院は、三十年ほど前から、ローランド夫人が主催する慈善団体が支援している。もともとは別の名称だったが、だいぶ前に、ローランド孤児院へ名称を変更している。
その孤児院で、アンジェリカと出会った。身長に大きな差があったので、てっきり三歳ほど年下かと思ったら、同じ十一歳だった。貴族と庶民との栄養状態の差を、痛感した。
それ以降、アンジェリカとは、毎月、顔を合わせた。ボランティアとして、アンジェリカを含めた孤児院の子どもたちに、勉強を教えてあげたり、一緒に遊んであげたりした。アンジェリカには、裁縫を教えてあげたりもした。
最後に会ったのは、十二歳になる一ヶ月前だ。ローランド孤児院では、十二歳の誕生日の翌日に、孤児院を卒業する。少年は、職人などの見習いとなり、住み込みで働く。少女も、裁縫婦などの見習いとなって住み込みで働く。アンジェリカは、大衆食堂の住み込みウェイトレスになったと、あとで聞いた。
アンジェリカが、追い打ちをかけるように、ルビー・クールを罵倒した。
「偽善者の抑圧者め! 初めて会ったときから、あんたのことが大嫌いだった。無産者革命党に入党して、その理由がわかった。人間は平等であるべきなのよ! それなのに、あんたはすべてを持っていて、あたしはなにも持っていない。あんたは美しく、頭が良く、勉強も運動も、料理も裁縫も、誰よりもできる。あたしと同い年なのに!」
十一歳のときのルビー・クールは、下級貴族向けの小学校で、すべてに関して一番だった。勉強も運動も、剣術も拳闘も。同じ小学校の男児で、勝てる者はいなかった。裁縫と料理については、ルビー・クールと同じくらい得意な女児は、数名いたような記憶がある。
十一歳のときが、ルビー・クールの人生の絶頂期で、最良の時期だった。
十二歳の誕生日に、娼婦となった。四月だ。「転落」の時代のはじまりだ。ルビー・クールの心の中で。
十二歳の九月に、帝国魔法学園中等部に入学した。さらに、「転落」した。勉強でも、運動でも、魔法でも、ありとあらゆる分野で、上には上がいた。
しかも、身分社会を思い知った。学生証には、身分欄がある。ルビー・クールの学生証の身分欄には、下層下級貴族と明記されている。貴族社会の最底辺だ。
もっとも、中等部の全生徒の約六割は下層下級貴族だ。下級貴族全体では、全生徒の九割弱を占める。そのため、マジョリティー(多数派)だ。マイノリティー(少数派)の苦悩を味わったことはない。
アンジェリカが、叫び続けた。悲痛な声で。
「あんたはいつも、上から目線で、恵んであげる側。あたしはいつも、卑屈に頭を下げて、恵まれる側。だけどそれは、貴族政と私有制のせいだった。貴族政と私有制があるから、持つ者と持たざる者が生まれる。だから、貴族政も、私有制を基盤とする資本主義も、廃止するべきなのよ」
ルビー・クールは打ちのめされ、うなだれた。幼馴染みに痛罵されて。
それを、愉しそうに眺めていた。司令官に副司令官、それに参謀が。いや、より正確には、打ちのめされたルビー・クールと、アンジェリカの両方だ。アンジェリカは、無産者革命党にとっての模範解答的主張を繰り広げたからだ。
ルビー・クールは気を取り直して、司令官に視線を向け、哀願した。
「ねえ、お願い。子どもたちの命だけは助けて」
ニヤつきながら、司令官は右手をあげた。
ルビー・クールの顔を、平手打ちした。
「や、やめて! 顔は殴らないで!」
悲鳴をあげ、反射的に、そう口走ってしまった。
その言葉に興奮したのか、司令官は、再び右手をあげた。
「いやっ! やめて! お願いよ」
思わず、ルビー・クールは懇願した。
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