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エピローグ <第1話>
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<エピローグ 第1話>
五月最初の金曜日。
午前八時半を少し過ぎた頃、ポールが、地元大手紙の新聞と、印刷したばかりの広報紙を、持って来てくれた。グランドパレスホテルのスイートルームに。
広報紙は、選挙管理委員会の刊行だ。費用は、ルビー・クールが出している。もっとも、市長公邸の金庫から得た資金だが。
広報紙の表面には、小型カメラで撮影した州知事とホフマン新市長のツーショット写真が、掲載されている。
裏面の中央左側には、州知事の秘書官とホフマン新市長のツーショット写真が、小さく掲載されている。
記事の文章は、ルビー・クールが執筆した。昨日の帰りの列車の中で。
広報紙の表面の見出しは、「ホフマン新市長、州知事閣下に承認される」だ。
裏面の見出しは、「州知事との約束。公約の規制緩和をめぐる問題について」だ。
広報紙には、州知事による口頭試問について、記されている。口頭試問では、公約を問われた新市長が、規制緩和と答えたこと。それに対し州知事が、規制緩和のマイナス面に憂慮を示したこと。マイナス面への対応として、規制を緩和する分野を慎重に検討すること。失業対策として、就職相談窓口を新たに設け、職業訓練の支援制度を作ることを、州知事に約束したこと。そうした事実が、記されている。
この話は、昨日の夜、市議会議長にも、電話で報告した。就職相談窓口と職業訓練支援制度については、市議会で条例を作ることを要請し、快諾された。
地元大手紙の朝刊の一面トップは、州知事とホフマン新市長のツーショット写真だった。
見出しは、「州知事、フロスハーフェン新市長に訓示」だ。
写真は大きかったが、文章は短かった。フロスハーフェン支局長の記者が書いた文章は、だいぶ削減されたようだ。
内容は、州知事が新市長に、「平和と秩序」を重視した市政を厳命した、というものだ。
午前九時に、ホフマン新市長が、グランドパレスホテルに到着した。一階の受付前ロビーで、ソファーに座って、打ち合わせをした。選挙管理委員会刊行の広報紙を見せて。
「州知事との約束だから、就職相談窓口と職業訓練支援センターを作りましょう。条例の制定については、すでに市議会議長から快諾を得ているわ」
ホフマンは、広報紙の記事を読みながら、頭をかいた。
「こんな約束を、したのでしたっけ?」
「ええ。そうよ。覚えてないの?」
「いやぁ~、その~。緊張しすぎて頭が真っ白になってしまって、なにも覚えていません」
「新聞記者さんに確認してみる? 広報紙の記事の正確性について」
「いや、そこまでしなくても。書いてあるということは、そうなんでしょう」
ルビー・クールは、話を本題に戻した。
「今日の予定は、市の公共施設の見学と人事関連の連絡だったけど、就職相談窓口と職業訓練支援センターを、今日中に作りましょう」
驚いた声を、あげた。ホフマンが。
「今日ですか?」
「ええ。そうよ。あたしがあなたの臨時秘書を無料で務めるのは、今日で終わりだから」
「明日からは、有料ですか?」
「違うわ」
ルビー・クールは、口もとに、かすかな笑みを浮かべた。
「あたしを雇うことは、できないわ。誰にも。カネでは、ね」
「えっ? 雇われていないんですか?」
「最初から、言ってなかったかしら。あたしは、帝都の慈善団体のボランティア・スタッフだって。あたしは、あたしの責務を果たしている。それだけよ」
納得したような顔をした。ホフマンが。
彼は、思ったに違いない。この女は、やはり貴族だった、と。だから、貴族の人脈の中にいて、この町に来たのも、その人脈を通じた依頼だったのだ、と。
商人には商人の人脈があり、その中で仕事の依頼をし、商取引をしている。貴族も、それと同様だと思い、納得したのだろう。
ルビー・クールは、上着のポケットから、折りたたんだ紙を取り出した。
「まずは、人事について説明するわね」
口もとに、笑みを浮かべた。思わず。
今日も、順調だ。今のところ。
ルビー・クールは内心、ほくそ笑んだ。
五月最初の金曜日。
午前八時半を少し過ぎた頃、ポールが、地元大手紙の新聞と、印刷したばかりの広報紙を、持って来てくれた。グランドパレスホテルのスイートルームに。
広報紙は、選挙管理委員会の刊行だ。費用は、ルビー・クールが出している。もっとも、市長公邸の金庫から得た資金だが。
広報紙の表面には、小型カメラで撮影した州知事とホフマン新市長のツーショット写真が、掲載されている。
裏面の中央左側には、州知事の秘書官とホフマン新市長のツーショット写真が、小さく掲載されている。
記事の文章は、ルビー・クールが執筆した。昨日の帰りの列車の中で。
広報紙の表面の見出しは、「ホフマン新市長、州知事閣下に承認される」だ。
裏面の見出しは、「州知事との約束。公約の規制緩和をめぐる問題について」だ。
広報紙には、州知事による口頭試問について、記されている。口頭試問では、公約を問われた新市長が、規制緩和と答えたこと。それに対し州知事が、規制緩和のマイナス面に憂慮を示したこと。マイナス面への対応として、規制を緩和する分野を慎重に検討すること。失業対策として、就職相談窓口を新たに設け、職業訓練の支援制度を作ることを、州知事に約束したこと。そうした事実が、記されている。
この話は、昨日の夜、市議会議長にも、電話で報告した。就職相談窓口と職業訓練支援制度については、市議会で条例を作ることを要請し、快諾された。
地元大手紙の朝刊の一面トップは、州知事とホフマン新市長のツーショット写真だった。
見出しは、「州知事、フロスハーフェン新市長に訓示」だ。
写真は大きかったが、文章は短かった。フロスハーフェン支局長の記者が書いた文章は、だいぶ削減されたようだ。
内容は、州知事が新市長に、「平和と秩序」を重視した市政を厳命した、というものだ。
午前九時に、ホフマン新市長が、グランドパレスホテルに到着した。一階の受付前ロビーで、ソファーに座って、打ち合わせをした。選挙管理委員会刊行の広報紙を見せて。
「州知事との約束だから、就職相談窓口と職業訓練支援センターを作りましょう。条例の制定については、すでに市議会議長から快諾を得ているわ」
ホフマンは、広報紙の記事を読みながら、頭をかいた。
「こんな約束を、したのでしたっけ?」
「ええ。そうよ。覚えてないの?」
「いやぁ~、その~。緊張しすぎて頭が真っ白になってしまって、なにも覚えていません」
「新聞記者さんに確認してみる? 広報紙の記事の正確性について」
「いや、そこまでしなくても。書いてあるということは、そうなんでしょう」
ルビー・クールは、話を本題に戻した。
「今日の予定は、市の公共施設の見学と人事関連の連絡だったけど、就職相談窓口と職業訓練支援センターを、今日中に作りましょう」
驚いた声を、あげた。ホフマンが。
「今日ですか?」
「ええ。そうよ。あたしがあなたの臨時秘書を無料で務めるのは、今日で終わりだから」
「明日からは、有料ですか?」
「違うわ」
ルビー・クールは、口もとに、かすかな笑みを浮かべた。
「あたしを雇うことは、できないわ。誰にも。カネでは、ね」
「えっ? 雇われていないんですか?」
「最初から、言ってなかったかしら。あたしは、帝都の慈善団体のボランティア・スタッフだって。あたしは、あたしの責務を果たしている。それだけよ」
納得したような顔をした。ホフマンが。
彼は、思ったに違いない。この女は、やはり貴族だった、と。だから、貴族の人脈の中にいて、この町に来たのも、その人脈を通じた依頼だったのだ、と。
商人には商人の人脈があり、その中で仕事の依頼をし、商取引をしている。貴族も、それと同様だと思い、納得したのだろう。
ルビー・クールは、上着のポケットから、折りたたんだ紙を取り出した。
「まずは、人事について説明するわね」
口もとに、笑みを浮かべた。思わず。
今日も、順調だ。今のところ。
ルビー・クールは内心、ほくそ笑んだ。
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