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<第十八章 第3話>
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<第十八章 第3話>
列車は、予定時刻に州都に着いた。すぐに馬車に乗り、州庁舎に向かった。
州庁舎に着いたのは、十二時半の少し前だ。
州庁舎のすぐ近くにある大型カフェに、入った。
店内は、広かった。
テーブルに着くと、ホフマンに声をかけた。
「昼食は、サンドウィッチなど、軽めのほうが良いわよ。なぜなら、州知事閣下の前に立ったら、ものすごく緊張するから。食べ過ぎたら、吐くわよ」
新聞記者が、吹き出しながら、尋ねた。
「ルビー嬢は、州知事の前で吐いた人、見たことあるのですか?」
笑いながら答えた。
「実際に吐いた人は見たことないけど、あとで言ってた人が、いたわよ。緊張しすぎて、吐きそうだった、と」
ウエイトレスに注文を出してから、店内を見回した。
店の奥に、VIP席があった。背の高い紳士が三名、食事中だった。
見た瞬間に、わかった。
彼らは貴族だ、と。
年齢は三十歳代のため、州政府の課長クラスだろう。
席を立ちながら、ホフマンたちに声をかけた。
「顔見知りがいたから、ちょっと挨拶してくるわ」
笑顔で近づいた。
VIP席とホフマンたちの席は、だいぶ距離がある。普通の大きさの声で話しただけなら、ホフマンたちには聞こえない。
ルビー・クールが、声をかけた。
「こんにちは。州政府の方々ですよね?」
「こんにちは、お嬢さん。君は?」
「あたし、市長の臨時秘書です」
彼らは、思ったはずだ。市長とは、州都の市長のことだ、と。その市長が、見習い秘書を臨時で雇った、と。
「あたしの名前はマリア・シュミット。だけどみんなは、あたしのことをルビーと呼びます。赤毛が、宝石のルビーのように赤いから。みなさんも、あたしのことをルビーと呼んでくださいね」
そう言って、はにかんで見せた。
これで彼らは、こうも思ったはずだ。ルビー・クールの言動と服装を見て。コネ採用された金持ちの娘だ、と。邪険に扱わないほうが良いだろう、と。
「みなさんは、どちらの課の課長様ですか?」
思った通りだった。彼らは三人とも、州政府の課長だった。黒髪のメガネ男が財務課長で、金髪のイケメンが土木課長、茶髪の陽気な男が河川課長だ。
「あたし、今日一日、フロスハーフェン市の新市長を案内するんです。このあと午後一時半から、州知事閣下と面会なんです」
どよめいた。課長たちが。
「その町って、大事件が起きた町じゃないか?」
カラカラと笑った。ルビー・クールが。
もちろん、わざとだ。
「ええ、そのようですね。新聞の一面にも出ていましたわね。今日案内するのは、昨日の市長選挙で当選した新市長です。事件を起こした前の市長とは、いっさい関係ない人ですわ」
河川課長が、笑顔で尋ねてきた。
「新市長って、どんな人物だ?」
「向こうにいますので、今、呼んできますわ」
即座に拒絶した。財務課長が。
「いや、いいよ。我々は、もうすぐ店を出る時間だから」
ここは、無理押しをしないほうが良い。
ルビー・クールは、笑顔で答えた。
「ええ。了解しましたわ。それでは今後、仕事で顔を合わせる機会がございましたら、そのときは、よろしくお願いしますわね」
そう言って、ホフマンたちの席に戻った。
席に着いてから、ホフマンに説明した。課長たちの名前と肩書きを。いかにも、以前からの知り合いであるかのように。
「あなたのことを紹介しようとしたんだけど、財務課長さんに拒否されちゃったわ」
「なぜです?」
驚いた顔でホフマンが、そう尋ねた。
「財務課長さんは、まじめだからね。州庁舎以外の場所で、利害関係者と会いたくないのよ。補助金の不正支出などを、疑われたくないから」
午後一時の十五分ほど前、三名の課長たちが、席を立った。
入り口に向かったのを見ると、ルビー・クールは立ち上がり、会釈をした。
土木課長は、鷹揚に右手を挙げた。
河川課長は、にこやかに声をかけてきた。近くを通る際に。
「ルビー、良い午後を」
「ええ。良い午後を。また近いうちに」
古くからの知り合いのように、笑顔で手を振った。
新聞記者が、尋ねてきた。
「彼らとは、古くからの知り合いなのですか?」
「そうねえ……。最初に会ったのは、親戚の結婚式だったかしら。それとも葬式のほうが、先だったかしら」
こう言えば、親族同士の付き合いがあると、思わせることができる。
妙に、納得した顔をしていた。新聞記者も、ホフマンも。
ここまでは、うまくいっている。
あとは、州知事との面会だけだ。
ルビー・クールが、笑顔で口を開いた。
「午後一時きっかりに、この店を出るわよ」
列車は、予定時刻に州都に着いた。すぐに馬車に乗り、州庁舎に向かった。
州庁舎に着いたのは、十二時半の少し前だ。
州庁舎のすぐ近くにある大型カフェに、入った。
店内は、広かった。
テーブルに着くと、ホフマンに声をかけた。
「昼食は、サンドウィッチなど、軽めのほうが良いわよ。なぜなら、州知事閣下の前に立ったら、ものすごく緊張するから。食べ過ぎたら、吐くわよ」
新聞記者が、吹き出しながら、尋ねた。
「ルビー嬢は、州知事の前で吐いた人、見たことあるのですか?」
笑いながら答えた。
「実際に吐いた人は見たことないけど、あとで言ってた人が、いたわよ。緊張しすぎて、吐きそうだった、と」
ウエイトレスに注文を出してから、店内を見回した。
店の奥に、VIP席があった。背の高い紳士が三名、食事中だった。
見た瞬間に、わかった。
彼らは貴族だ、と。
年齢は三十歳代のため、州政府の課長クラスだろう。
席を立ちながら、ホフマンたちに声をかけた。
「顔見知りがいたから、ちょっと挨拶してくるわ」
笑顔で近づいた。
VIP席とホフマンたちの席は、だいぶ距離がある。普通の大きさの声で話しただけなら、ホフマンたちには聞こえない。
ルビー・クールが、声をかけた。
「こんにちは。州政府の方々ですよね?」
「こんにちは、お嬢さん。君は?」
「あたし、市長の臨時秘書です」
彼らは、思ったはずだ。市長とは、州都の市長のことだ、と。その市長が、見習い秘書を臨時で雇った、と。
「あたしの名前はマリア・シュミット。だけどみんなは、あたしのことをルビーと呼びます。赤毛が、宝石のルビーのように赤いから。みなさんも、あたしのことをルビーと呼んでくださいね」
そう言って、はにかんで見せた。
これで彼らは、こうも思ったはずだ。ルビー・クールの言動と服装を見て。コネ採用された金持ちの娘だ、と。邪険に扱わないほうが良いだろう、と。
「みなさんは、どちらの課の課長様ですか?」
思った通りだった。彼らは三人とも、州政府の課長だった。黒髪のメガネ男が財務課長で、金髪のイケメンが土木課長、茶髪の陽気な男が河川課長だ。
「あたし、今日一日、フロスハーフェン市の新市長を案内するんです。このあと午後一時半から、州知事閣下と面会なんです」
どよめいた。課長たちが。
「その町って、大事件が起きた町じゃないか?」
カラカラと笑った。ルビー・クールが。
もちろん、わざとだ。
「ええ、そのようですね。新聞の一面にも出ていましたわね。今日案内するのは、昨日の市長選挙で当選した新市長です。事件を起こした前の市長とは、いっさい関係ない人ですわ」
河川課長が、笑顔で尋ねてきた。
「新市長って、どんな人物だ?」
「向こうにいますので、今、呼んできますわ」
即座に拒絶した。財務課長が。
「いや、いいよ。我々は、もうすぐ店を出る時間だから」
ここは、無理押しをしないほうが良い。
ルビー・クールは、笑顔で答えた。
「ええ。了解しましたわ。それでは今後、仕事で顔を合わせる機会がございましたら、そのときは、よろしくお願いしますわね」
そう言って、ホフマンたちの席に戻った。
席に着いてから、ホフマンに説明した。課長たちの名前と肩書きを。いかにも、以前からの知り合いであるかのように。
「あなたのことを紹介しようとしたんだけど、財務課長さんに拒否されちゃったわ」
「なぜです?」
驚いた顔でホフマンが、そう尋ねた。
「財務課長さんは、まじめだからね。州庁舎以外の場所で、利害関係者と会いたくないのよ。補助金の不正支出などを、疑われたくないから」
午後一時の十五分ほど前、三名の課長たちが、席を立った。
入り口に向かったのを見ると、ルビー・クールは立ち上がり、会釈をした。
土木課長は、鷹揚に右手を挙げた。
河川課長は、にこやかに声をかけてきた。近くを通る際に。
「ルビー、良い午後を」
「ええ。良い午後を。また近いうちに」
古くからの知り合いのように、笑顔で手を振った。
新聞記者が、尋ねてきた。
「彼らとは、古くからの知り合いなのですか?」
「そうねえ……。最初に会ったのは、親戚の結婚式だったかしら。それとも葬式のほうが、先だったかしら」
こう言えば、親族同士の付き合いがあると、思わせることができる。
妙に、納得した顔をしていた。新聞記者も、ホフマンも。
ここまでは、うまくいっている。
あとは、州知事との面会だけだ。
ルビー・クールが、笑顔で口を開いた。
「午後一時きっかりに、この店を出るわよ」
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