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<第十七章 第3話>

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   <第十七章 第3話>
 「州知事閣下の意向が、どうかしたかね?」
 秘書官は不審そうな目で、市議会議長を見た。
 ふたたび、冷や汗があふれた。市議会議長のひたいから。
 「そ、その……、市長選挙ですが……」
 「市長選挙が、どうかしたのかね?」
 「い、いえ、その……」
 割って入った。ルビー・クールが。
 「州知事閣下が新市長に求めるものは、なにかしら?」
 「そんなことは、決まっている。州知事閣下の施政方針は、平和と秩序だ」
 「その秩序は、楽団のハーモニーのような秩序かしら?」
 「そのとおりだ」
 秘書官は、満足そうにうなずいた。
 社会の秩序は、音楽のハーモニーのようなものであるべきだ。
 そういった主張は、貴族が好む言説だ。
 様々な種類の音符を重ねることにより、美しいハーモニーが生まれる。
 ちなみに音符は、平民を意味している。様々な音符があるように、平民の職業も様々だ。
 指揮者にあたるのが、首長だ。指揮者がダメだと、不協和音が発生する。
 貴族の責務は、調律によって不協和音を防ぐことだ。
 こういった主張は、貴族社会で、よく聞く言説だ。
 「議長閣下、せっかくの機会ですから、秘書官様に、ほかになにか、ご質問はありますか?」
 「いや、その……、これ以上は、なにも……」
 「秘書官様、議長は体調が優れないようです。さきほどから顔色が悪いですし、汗もひどいですから。熱があるのかしら。退席しても、よろしいでしょうか?」
 「ああ。ご苦労だった」
 退出させた。市議会議長を。レストランから。
 受付前のロビーに戻ると、市議会議長の顔色が良くなった。汗も止まった。
 ジロリと、ルビー・クールをにらんだ。市議会議長が。
 「秘書官に、伝えていなかったのか? 市警の腐敗のことを」
 少し、まずい状況か。
 ルビー・クールは、心の中で、眉をひそめた。
 こういったときは、強気で攻めたほうが良い。
 「キチンと伝えているわ。あなたのほうが、誤解しているのよ」
 「なにをだ?」
 「秘書官の言葉よ。警官が汚職に手を染める理由の第一位は、なにか知ってる?」
 「なにが言いたい?」
 「給料の安さ、よ。つまり秘書官は、あなたが市警の予算を削減したから、市警が汚職まみれになった、と思ったのよ」
 「時系列が逆だ。市警が市長の私兵と化したので、予算を削ったのだ」
 「そうね。予算削減の前に、汚職が深刻化したのよね」
 「そうだ」
 「あとで、その点をキチンと説明しておくわ。秘書官に」
 「頼むぞ」
 市議会議長は用心棒に囲まれて、ホテルの裏口に向かった。ルビー・クールは、裏口ドアまで見送りをした。
 市議会議長が、振り返った。ドアから出ていく前に。
 「さきほど、助け船を出してくれて、助かった。礼を言う」
 「別に、いいわ。あたしは、自分の責務を果たしただけだから」
 黙って見つめた。三秒ほど。市議会議長が、ルビー・クールを。
 「おまえ、ひょっとして、貴族か?」
 責務という単語は、貴族が好んで使う言葉だ。「高貴なる責務」、「神聖な責務」、「聖なる責務」など、など、など。
 彼には、貴族だと信じさせたほうが、都合が良い。
 市議会議長の問いかけに、冷ややかな笑みを浮かべて、答えた。
 「あたしたちは、非公式な存在よ。公式的には、帝都の慈善団体のボランティア・スタッフで、この町には、慈善活動のために来た」
 そこで、いったん言葉を句切った。
 口もとだけで、微笑ほほえんだ。視線は、冷ややかなままで。
 「だから、あたしたちのことは、詮索せんさくしちゃダメよ」
 低い声で、そう言った。
 まるで、悪役のように。
 彼が、答えた。三秒ほどの沈黙のあと、無表情で。
 「そうか」
 市議会議長が、ドアから出て行った。用心棒たちに、囲まれながら。
 これで、第二関門を突破した。
 ホッと、胸をなで下ろした。ルビー・クールは。
 だますことが、できた。州知事の秘書官と、市議会議長の両方を。
 秘書官のほうは、もはや、完全に思い込んでいるはずだ。ルビー・クールのことを。市議会議長の秘書で、彼の親族だ、と。
 一方、市議会議長は、信じ込んでいる。ルビー・クールが広めたにせ情報を。ルビー・クールら三名の少女たちは、州知事が非公式に派遣した特別チームである、と。
 さらに今日、思い込んだはずだ。ルビー・クールは、州知事の秘書官とは、以前からの知り合いだ、と。
 とはいえ、今はまだ、安心してはいけない。秘書官が、帰りの列車に乗るまでは。
 ふたたび気を引き締め、ルビー・クールは、レストランに戻った。

    第十八章「州知事との面会で絶体絶命」に続く
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