絶体絶命ルビー・クールの逆襲<炎の反逆者編>

蛇崩 通

文字の大きさ
上 下
83 / 138

<第十六章 第3話>

しおりを挟む
   <第十六章 第3話>
 五月最初の火曜日。
 地元大手紙の朝刊は、市長選挙については、なにも報道していなかった。
 だが一面は、フロスハーフェン市の事件だ。
 しかも、大きな白黒写真付きだ。
 多くの読者が、その写真に衝撃を受けたはずだ。
 重傷の制服警官たちが、床にズラリと並べられて、治療を受けている写真だ。
 場所は、教会附属病院の玄関ホールだ。
 重傷者が多すぎたため、治療室が満杯になった。そのため、助かる可能性の低い重傷者たちを、玄関ホールの床に並べて、応急処置だけをほどこした。
 その写真は、日曜日の午前中の撮影だと、記されていた。
 一面の見出しは、「銃撃戦で警官多数死傷。続報、フロスハーフェン市事件」だ。
 記事を読むと、土曜日の午後に激しい銃撃戦があり、多数の警官とギャングが死傷した、と書かれていた。
 詳しい内容は記されていないため、読者の誰もが、思い込むはずだ。警察とギャングが銃撃戦をした、と。
 本当は、銃撃戦の相手は、ルビー・クールら三名の少女たちなのだが。
 一面の二段目の記事は、日曜日午後の市警による死神団アジトの摘発てきはつだ。
 摘発の際も、激しい銃撃戦になったことが、記されている。
 その記事は社会面へと続き、アジトの摘発と銃撃戦について、詳しく記されていた。
 当然だ。新聞記者たちを現場に連れて行き、取材してもらったのだから。
 市警の活躍により、フロスハーフェン市のギャング組織は、殲滅せんめつされた。
 そう、記されていた。
 ほかに、市長親子の犯罪行為の数々についても、詳しく記されていた。
 しかし、殺し屋魔女ヒルダのことは、いっさい記されていなかった。
 これも、あたりまえだ。
 新聞記者たちは、市民裁判の際に、ヒルダの証言を聞いた。
 だが、証言だけで物証がない。そのため、報道の優先順位が低いと、判断したのだ。
 最優先で報道すべきなのは、確実な事実だからだ。
 ルビー・クールら三名の少女についても、いっさい報道されなかった。
 死神団のアジト摘発の記事では、「指揮官の優れた指揮により、本日は警官の死傷者がなかった」と記されていた。
 指揮官とは、ルビー・クールのことだ。
 だが、その指揮官が、若い女だったことは、記されていない。
 そのため読者は、その指揮官は、男性警官だと思い込む。
 フロスハーフェン支局は、ルビー・クールら三名の少女たちの存在について、本社には、いっさい報告していないはずだ。
 なぜなら、自分の目で見ない限り、誰も信じないからだ。
 三名の少女が、数百名のギャングと、数十名の警官を殺傷した、などという話は。
 朝食を終えたあと、ルビー・クールは、拉致監禁被害者の女性たちを集めた。グランドパレスホテルの一階ロビーに。
 彼女たちを、選挙管理委員会のスタッフとして雇用するためだ。彼女たちは、フロスハーフェン市の市民ではないため、市長選挙の投票権がない。そのため、公正性という点で、選挙管理委員会のスタッフとして、最適なのだ。
 土曜日の夜、グランドパレスホテルの従業員たちに頼んで、彼女たちが宿泊できるホテルを探した。近隣にある複数のホテルの空き部屋を全部を借りて、宿泊場所を確保した。
 一泊分と翌日の朝食の費用は、ルビー・クールが自腹を切った。自腹と言っても、ルビー・クールが設立した慈善団体の資金だが。
 次の日以降の宿泊費と食事代は、市長公邸の金庫からいただいた資金をてた。
 彼女たちは、日曜日と月曜日の二日間、ホテルに宿泊し、なにも仕事をせず、一日三食の食事をした。
 彼女たちには、休息が必要だと判断したからだ。
 もっとも、市長公邸で強制労働させられていたメイド五名は、休息したのは日曜日だけで、月曜日は、働いてもらっている。賃金を支払って。
 集まってもらった若い女性たち約五十名は、その多くが、死んだ魚のような目をしていた。
 これまでの過酷な体験により、心が死んでしまったのだ。
 彼女たちは、尊厳を踏みにじられた。
 だからこそ、尊厳を、回復する必要がある。
 自分が、価値ある存在であると、認識してもらう必要がある。
 ルビー・クールは、重々しい口調で、話し始めた。
 「みなさんには、これから、とても大切な仕事をしてもらいます。帝国史上、初めてとなる大変重要な仕事。無制限選挙の選挙管理の仕事です。帝国の未来に関わる大切な仕事です」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

ARIA(アリア)

残念パパいのっち
ミステリー
山内亮(やまうちとおる)は内見に出かけたアパートでAR越しに不思議な少女、西園寺雫(さいおんじしずく)と出会う。彼女は自分がAIでこのアパートに閉じ込められていると言うが……

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

伏線回収の夏

影山姫子
ミステリー
ある年の夏。俺は15年ぶりにT県N市にある古い屋敷を訪れた。大学時代のクラスメイトだった岡滝利奈の招きだった。屋敷で不審な事件が頻発しているのだという。かつての同級生の事故死。密室から消えた犯人。アトリエにナイフで刻まれた無数のX。利奈はそのなぞを、ミステリー作家であるこの俺に推理してほしいというのだ。俺、利奈、桐山優也、十文字省吾、新山亜沙美、須藤真利亜の6人は大学時代、この屋敷でともに芸術の創作に打ち込んだ仲間だった。6人の中に犯人はいるのか? 脳裏によみがえる青春時代の熱気、裏切り、そして別れ。懐かしくも苦い思い出をたどりながら事件の真相に近づく俺に、衝撃のラストが待ち受けていた。 《あなたはすべての伏線を回収することができますか?》

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

【R15】アリア・ルージュの妄信

皐月うしこ
ミステリー
その日、白濁の中で少女は死んだ。 異質な匂いに包まれて、全身を粘着質な白い液体に覆われて、乱れた着衣が物語る悲惨な光景を何と表現すればいいのだろう。世界は日常に溢れている。何気ない会話、変わらない秒針、規則正しく進む人波。それでもここに、雲が形を変えるように、ガラスが粉々に砕けるように、一輪の花が小さな種を産んだ。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

さんざめく左手 ― よろず屋・月翔 散冴 ―

流々(るる)
ミステリー
【この男の冷たい左手が胸騒ぎを呼び寄せる。アウトローなヒーロー、登場】 どんな依頼でもお受けします。それがあなたにとっての正義なら 企業が表向きには処理できない事案を引き受けるという「よろず屋」月翔 散冴(つきかけ さんざ)。ある依頼をきっかけに大きな渦へと巻き込まれていく。彼にとっての正義とは。 サスペンスあり、ハードボイルドあり、ミステリーありの痛快エンターテイメント! ※さんざめく:さざめく=胸騒ぎがする(精選版 日本国語大辞典より)、の音変化。 ※この作品はフィクションです。実在の人物・団体とは関係ありません。

処理中です...