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<第十六章 第3話>

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   <第十六章 第3話>
 五月最初の火曜日。
 地元大手紙の朝刊は、市長選挙については、なにも報道していなかった。
 だが一面は、フロスハーフェン市の事件だ。
 しかも、大きな白黒写真付きだ。
 多くの読者が、その写真に衝撃を受けたはずだ。
 重傷の制服警官たちが、床にズラリと並べられて、治療を受けている写真だ。
 場所は、教会附属病院の玄関ホールだ。
 重傷者が多すぎたため、治療室が満杯になった。そのため、助かる可能性の低い重傷者たちを、玄関ホールの床に並べて、応急処置だけをほどこした。
 その写真は、日曜日の午前中の撮影だと、記されていた。
 一面の見出しは、「銃撃戦で警官多数死傷。続報、フロスハーフェン市事件」だ。
 記事を読むと、土曜日の午後に激しい銃撃戦があり、多数の警官とギャングが死傷した、と書かれていた。
 詳しい内容は記されていないため、読者の誰もが、思い込むはずだ。警察とギャングが銃撃戦をした、と。
 本当は、銃撃戦の相手は、ルビー・クールら三名の少女たちなのだが。
 一面の二段目の記事は、日曜日午後の市警による死神団アジトの摘発てきはつだ。
 摘発の際も、激しい銃撃戦になったことが、記されている。
 その記事は社会面へと続き、アジトの摘発と銃撃戦について、詳しく記されていた。
 当然だ。新聞記者たちを現場に連れて行き、取材してもらったのだから。
 市警の活躍により、フロスハーフェン市のギャング組織は、殲滅せんめつされた。
 そう、記されていた。
 ほかに、市長親子の犯罪行為の数々についても、詳しく記されていた。
 しかし、殺し屋魔女ヒルダのことは、いっさい記されていなかった。
 これも、あたりまえだ。
 新聞記者たちは、市民裁判の際に、ヒルダの証言を聞いた。
 だが、証言だけで物証がない。そのため、報道の優先順位が低いと、判断したのだ。
 最優先で報道すべきなのは、確実な事実だからだ。
 ルビー・クールら三名の少女についても、いっさい報道されなかった。
 死神団のアジト摘発の記事では、「指揮官の優れた指揮により、本日は警官の死傷者がなかった」と記されていた。
 指揮官とは、ルビー・クールのことだ。
 だが、その指揮官が、若い女だったことは、記されていない。
 そのため読者は、その指揮官は、男性警官だと思い込む。
 フロスハーフェン支局は、ルビー・クールら三名の少女たちの存在について、本社には、いっさい報告していないはずだ。
 なぜなら、自分の目で見ない限り、誰も信じないからだ。
 三名の少女が、数百名のギャングと、数十名の警官を殺傷した、などという話は。
 朝食を終えたあと、ルビー・クールは、拉致監禁被害者の女性たちを集めた。グランドパレスホテルの一階ロビーに。
 彼女たちを、選挙管理委員会のスタッフとして雇用するためだ。彼女たちは、フロスハーフェン市の市民ではないため、市長選挙の投票権がない。そのため、公正性という点で、選挙管理委員会のスタッフとして、最適なのだ。
 土曜日の夜、グランドパレスホテルの従業員たちに頼んで、彼女たちが宿泊できるホテルを探した。近隣にある複数のホテルの空き部屋を全部を借りて、宿泊場所を確保した。
 一泊分と翌日の朝食の費用は、ルビー・クールが自腹を切った。自腹と言っても、ルビー・クールが設立した慈善団体の資金だが。
 次の日以降の宿泊費と食事代は、市長公邸の金庫からいただいた資金をてた。
 彼女たちは、日曜日と月曜日の二日間、ホテルに宿泊し、なにも仕事をせず、一日三食の食事をした。
 彼女たちには、休息が必要だと判断したからだ。
 もっとも、市長公邸で強制労働させられていたメイド五名は、休息したのは日曜日だけで、月曜日は、働いてもらっている。賃金を支払って。
 集まってもらった若い女性たち約五十名は、その多くが、死んだ魚のような目をしていた。
 これまでの過酷な体験により、心が死んでしまったのだ。
 彼女たちは、尊厳を踏みにじられた。
 だからこそ、尊厳を、回復する必要がある。
 自分が、価値ある存在であると、認識してもらう必要がある。
 ルビー・クールは、重々しい口調で、話し始めた。
 「みなさんには、これから、とても大切な仕事をしてもらいます。帝国史上、初めてとなる大変重要な仕事。無制限選挙の選挙管理の仕事です。帝国の未来に関わる大切な仕事です」
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