絶体絶命ルビー・クールの逆襲<炎の反逆者編>

蛇崩 通

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<第十六章 第2話>

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   <第十六章 第2話>
 「あなたが、印刷屋さんね」
 メガネの中年男が、恐縮して答えた。ルビー・クールに。
 「いえ、私の本業は、広告業です。印刷機は、持っていますが」
 彼の本業は、商店の広告チラシなどの印刷だ。
 「明日の朝までに、印刷してもらいたいチラシがあるの」
 そう言って、二枚の紙を見せた。
 一枚は、市長選挙の宣伝広告だ。立ち会い演説会と市長選挙の日時と場所も、記されている。それに、市長選挙の投票の際には、フロスハーフェン市の住民登録証を持参するように、と。
 市長就任式の日時も、記した。木曜の朝九時だ。
 この宣伝広告は、昨日の日曜日に、ルビー・クールが手書きで作成した。
 もう一枚は、立候補者の名前、年齢、職業を、受付順に記した紙だ。
 サファイア・レインが、受付業務をしながら、いた時間に作成してくれた。
 「この二枚を、一枚のチラシの表と裏に印刷してくれないかしら」
 「わかりました」
 「印刷したら、明日の朝一番に、彼に渡してちょうだい」
 そう言って、ポールを紹介した。
 そのあと、印刷する枚数を、相談した。
 この町の世帯数は、一万世帯ほどだ。人口は、住民登録している市民と、その子供たちだけで、五万人ほど。
 ほかに、住民登録していない農村出身者が、スラム街を中心に数万人いる。彼らは、市長選挙の対象外だ。
 フロスハーフェン市では、成人の市民は、女性も住民登録している。未成年も、十五歳前後で、住民登録することが多いようだ。中所得層の子女が働き始めるのが、そのくらいの年齢だからだ。
 よって、有権者数は二万人以上だ。
 投票箱は、月曜日の午前中に、発注した。二千名分の投票用紙が入る投票箱を、十箱だ。
 それに、投票用紙に使う紙も、二万人分。
 投票箱は家具職人に依頼し、投票用紙は文具店に頼んだ。
 いずれも、この町の職人たちと商人たちだ。
 チラシの印刷枚数は迷ったが、二千枚にした。五世帯に一枚の割合で、配布できる計算だ。
 市長選挙のチラシは、無料で配布することにした。ポール一人で二千枚を配ることは困難なため、彼の新聞売り仲間にも、手伝ってもらうことにした。
 もちろん、ポールたち新聞売りたちには、その分の賃金を払うことにした。
 要件が片付き、ポールと印刷屋が帰った。
 彼らは、すぐに他人に話すだろう。ルビー・クールが電話で、市議会議長に話したことを。
 特にポールは、明日、市長選挙のチラシを配りながら、多くの市民に話すはずだ。
 市長選挙は、市議会議長が協力し、州知事も黙認しているという噂が広まれば、多くの市民は、安心して投票に足を運ぶはずだ。
 そうなれば、投票率が高まり、市長選挙の正統性も増す。高い投票率で選ばれた新市長ならば、州知事も、承認せざるを得ない。
 ここまでは、順調だ。
 あとは、明日の新聞だ。地元大手紙に、フロスハーフェン市の市長選挙の実施予定が、掲載されるか否か。
 州知事の秘書官は、市長選挙のことは、知らない。ゆえに本日中は、州知事の耳に、市長選挙の情報が入ることはない。
 秘書官を、鉄道の駅から市長公邸まで、行きも帰りも馬車で送り迎えをしたのは、市民たちと接触させないためだ。
 多くの市民と接触すれば、市長選挙の話を、耳にする可能性がある。
 それを防ぐために、馬車で送り迎えをしたのだ。
 明日の新聞で、市長選挙の実施が報道された場合、州知事は、どのような行動に出るだろうか。
 富裕層だけによる制限選挙ならば、ほかの自治体でも実施している。そのため、市長選挙の報道だけならば、州知事は無反応だろう。
 だが、無制限選挙と報道されれば、ふたたび、秘書官を派遣してくる。真実かどうかを、確かめるために。
 とはいえ、州知事の最大の懸念は、本日中に晴れるはずだ。秘書官の報告によって。
 上級貴族である州知事が恐れているのは、革命の勃発ぼっぱつだ。
 フロスハーフェン市の市民裁判での市長処刑を機に、ほかの自治体にも同様の市民革命が波及する。やがて、その市民革命の大波が帝都に波及し、帝国政府と貴族政が打倒される。
 それを、恐れている。州知事は。
 だが、秘書官の報告で、その恐れは払拭ふっしょくされる。
 フロスハーフェン市の市長とその息子は、無実の市民数十名を殺害していた凶悪犯だった。
 市民たちが市長を処刑した理由は、彼が凶悪殺人犯だったからだ。
 ゆえに、市民たちの目標は、体制の打倒ではない。
 それにそもそも、フロスハーフェン市には、貴族はいない。そのため、貴族政の打倒には、結びつかない。
 だいじょうぶだ。
 うまくいく。
 ルビー・クールは、自分に、そう言い聞かせた。
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