67 / 138
第十四章 市長選挙の準備で絶体絶命 <第1話>
しおりを挟む
<第十四章 第1話>
五月最初の日曜日。午後九時過ぎ。
電話を、かけた。ルビー・クールが。グランドパレスホテルのスイートルームから。
メイドが出た。
「市議会議長を、出してちょうだい」
「どなた様でしょうか?」
「グランドパレスホテルのスイートルームに泊まっている赤毛の女よ」
すぐに、取り次いでくれた。
「なんの用だ?」
ドスの効いた声だった。
聞いた瞬間に、理解した。
この男も、実力者だ。多くの人々を支配してきた独裁者だ。
市長は極悪だった。その抵抗勢力の中心人物のため、善人かと思っていた。
だが、違うかも知れない。
一筋縄では、いかない男だ。この男は。
平静さを装い、ルビー・クールが答えた。
「市長選挙のお誘いよ」
「市長選挙だと? そんなもの、できると思っているのか?」
「あら、なぜ、できないと思うのかしら?」
「今朝の新聞、読んでないのか?」
「読んだわよ。地元大手紙を。フロスハーフェン支局は、仕事が早いわね」
今朝の地元大手紙の一面見出しは、凄かった。
「フロスハーフェン市長処刑。市民裁判で」だ。
本文を読むと、以下の内容が記されていた。
市長公邸で、女性の死体三十体を発見。
市長親子は、市民数十名を殺害か。
市長は贋金を製造。使用か。
白黒写真も、掲載されていた。
市長公邸の裏庭から、少女たちの遺体が掘り起こされたときの写真だ。
フロスハーフェン駅からは、午後十時発の夜行列車がある。その列車に乗れば、午後零時過ぎに州都に着く。
フロスハーフェン支局は、助手に記事原稿と写真のネガを持たせ、午後十時発の夜行列車に乗せた。地元大手紙の本社は、重大スクープだと即座に判断し、零時過ぎに一面の差し替えをした。
州都の印刷所で印刷された新聞は、州都発午前六時の列車で、フロスハーフェン市に運ばれた。
今日の午前九時前には、グランドパレスホテルにも、その新聞が届いた。
市議会議長が、言った。ドスの効いた声で。
「明日、月曜の朝には、州警察が動く。おまえと、おまえの協力者は、全員逮捕されるぞ。州警察に」
「あら、なんの容疑で?」
「とぼけるな! おまえは、どれだけ人を殺したと思ってるんだ?」
「昨日と今日の二日間だけなら、千人には達していないわ。数百名程度よ」
絶句した。市議会議長が。
数秒後、口を開いた。
「それだけ殺して、ただで、すむと思うのか?」
「昨年十二月の帝都大乱の時は、悪党どもを一万人以上殺したわよ。協力者たちと、一緒にだけど」
絶句した。再び。市議会議長が。
十数秒の沈黙のあと、市議会議長が叫んだ。
「おまえ、何者だ!」
「あたしたちは、帝都の慈善団体のボランティア・スタッフよ。この町には、慈善活動に来たのよ」
沈黙が、流れた。
市議会議長は、考えている。
ルビー・クールの言葉を。
深読みしているはずだ。
彼は、こう考えるはずだ。
ルビー・クールたちは、帝都のある団体から、この町に派遣された。
目的は、無辜の民を多数殺害している極悪市長親子の排除だ。
もしそうなら、帝都のその団体の主催者は、やんごとなき人だ。
上級貴族か、あるいは、皇族か。
いや、待てよ。
もしそうなら、保守的なはずだ。
無制限選挙を主張し、実施しようとするはずがない。
納めた所得税の多寡にかかわらず、選挙権と被選挙権を付与する無制限選挙は、知識人向け新聞や、労働者向け新聞が、盛んに主張している。
だが実際には、帝国では、地方選挙も含めて、無制限選挙が実施されたことはない。
無制限選挙を主張し、しかも、暴力を厭わない団体ならば、革命団体かも知れない。
革命団体なら、非合法のテロ組織だ。
対応を間違えれば、自分の命も危ない。
そう思ったはずだ。
「ワシに電話をかけた目的は、なんだ?」
「市長選挙に、誰か擁立してくれないかしら。あなたの親族でも良いわよ。もちろん、当選するかどうかは、わからないけれど。もし当選したら、あなたにとっては、この町を牛耳る絶好の機会よ。もっとも、あなたがろくでもない市政をして、市民を苦しめれば、四年後の次の市長選挙では、敗れるけど」
怒鳴った。市議会議長が、受話器越しに。
「おまえの本当の目的は、なんだ?」
冷ややかに、答えた。ルビー・クールが。
「あたしの本当の目的は、すべての人々が、幸せに生きられる社会を、つくることよ」
言葉を、続けた。今度は、ドスを効かせるように、低い声で。
「だから、多くの人々を苦しめる極悪非道の悪党は、許さない。絶対に、ね」
五月最初の日曜日。午後九時過ぎ。
電話を、かけた。ルビー・クールが。グランドパレスホテルのスイートルームから。
メイドが出た。
「市議会議長を、出してちょうだい」
「どなた様でしょうか?」
「グランドパレスホテルのスイートルームに泊まっている赤毛の女よ」
すぐに、取り次いでくれた。
「なんの用だ?」
ドスの効いた声だった。
聞いた瞬間に、理解した。
この男も、実力者だ。多くの人々を支配してきた独裁者だ。
市長は極悪だった。その抵抗勢力の中心人物のため、善人かと思っていた。
だが、違うかも知れない。
一筋縄では、いかない男だ。この男は。
平静さを装い、ルビー・クールが答えた。
「市長選挙のお誘いよ」
「市長選挙だと? そんなもの、できると思っているのか?」
「あら、なぜ、できないと思うのかしら?」
「今朝の新聞、読んでないのか?」
「読んだわよ。地元大手紙を。フロスハーフェン支局は、仕事が早いわね」
今朝の地元大手紙の一面見出しは、凄かった。
「フロスハーフェン市長処刑。市民裁判で」だ。
本文を読むと、以下の内容が記されていた。
市長公邸で、女性の死体三十体を発見。
市長親子は、市民数十名を殺害か。
市長は贋金を製造。使用か。
白黒写真も、掲載されていた。
市長公邸の裏庭から、少女たちの遺体が掘り起こされたときの写真だ。
フロスハーフェン駅からは、午後十時発の夜行列車がある。その列車に乗れば、午後零時過ぎに州都に着く。
フロスハーフェン支局は、助手に記事原稿と写真のネガを持たせ、午後十時発の夜行列車に乗せた。地元大手紙の本社は、重大スクープだと即座に判断し、零時過ぎに一面の差し替えをした。
州都の印刷所で印刷された新聞は、州都発午前六時の列車で、フロスハーフェン市に運ばれた。
今日の午前九時前には、グランドパレスホテルにも、その新聞が届いた。
市議会議長が、言った。ドスの効いた声で。
「明日、月曜の朝には、州警察が動く。おまえと、おまえの協力者は、全員逮捕されるぞ。州警察に」
「あら、なんの容疑で?」
「とぼけるな! おまえは、どれだけ人を殺したと思ってるんだ?」
「昨日と今日の二日間だけなら、千人には達していないわ。数百名程度よ」
絶句した。市議会議長が。
数秒後、口を開いた。
「それだけ殺して、ただで、すむと思うのか?」
「昨年十二月の帝都大乱の時は、悪党どもを一万人以上殺したわよ。協力者たちと、一緒にだけど」
絶句した。再び。市議会議長が。
十数秒の沈黙のあと、市議会議長が叫んだ。
「おまえ、何者だ!」
「あたしたちは、帝都の慈善団体のボランティア・スタッフよ。この町には、慈善活動に来たのよ」
沈黙が、流れた。
市議会議長は、考えている。
ルビー・クールの言葉を。
深読みしているはずだ。
彼は、こう考えるはずだ。
ルビー・クールたちは、帝都のある団体から、この町に派遣された。
目的は、無辜の民を多数殺害している極悪市長親子の排除だ。
もしそうなら、帝都のその団体の主催者は、やんごとなき人だ。
上級貴族か、あるいは、皇族か。
いや、待てよ。
もしそうなら、保守的なはずだ。
無制限選挙を主張し、実施しようとするはずがない。
納めた所得税の多寡にかかわらず、選挙権と被選挙権を付与する無制限選挙は、知識人向け新聞や、労働者向け新聞が、盛んに主張している。
だが実際には、帝国では、地方選挙も含めて、無制限選挙が実施されたことはない。
無制限選挙を主張し、しかも、暴力を厭わない団体ならば、革命団体かも知れない。
革命団体なら、非合法のテロ組織だ。
対応を間違えれば、自分の命も危ない。
そう思ったはずだ。
「ワシに電話をかけた目的は、なんだ?」
「市長選挙に、誰か擁立してくれないかしら。あなたの親族でも良いわよ。もちろん、当選するかどうかは、わからないけれど。もし当選したら、あなたにとっては、この町を牛耳る絶好の機会よ。もっとも、あなたがろくでもない市政をして、市民を苦しめれば、四年後の次の市長選挙では、敗れるけど」
怒鳴った。市議会議長が、受話器越しに。
「おまえの本当の目的は、なんだ?」
冷ややかに、答えた。ルビー・クールが。
「あたしの本当の目的は、すべての人々が、幸せに生きられる社会を、つくることよ」
言葉を、続けた。今度は、ドスを効かせるように、低い声で。
「だから、多くの人々を苦しめる極悪非道の悪党は、許さない。絶対に、ね」
0
お気に入りに追加
12
あなたにおすすめの小説

ARIA(アリア)
残念パパいのっち
ミステリー
山内亮(やまうちとおる)は内見に出かけたアパートでAR越しに不思議な少女、西園寺雫(さいおんじしずく)と出会う。彼女は自分がAIでこのアパートに閉じ込められていると言うが……
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
伏線回収の夏
影山姫子
ミステリー
ある年の夏。俺は15年ぶりにT県N市にある古い屋敷を訪れた。大学時代のクラスメイトだった岡滝利奈の招きだった。屋敷で不審な事件が頻発しているのだという。かつての同級生の事故死。密室から消えた犯人。アトリエにナイフで刻まれた無数のX。利奈はそのなぞを、ミステリー作家であるこの俺に推理してほしいというのだ。俺、利奈、桐山優也、十文字省吾、新山亜沙美、須藤真利亜の6人は大学時代、この屋敷でともに芸術の創作に打ち込んだ仲間だった。6人の中に犯人はいるのか? 脳裏によみがえる青春時代の熱気、裏切り、そして別れ。懐かしくも苦い思い出をたどりながら事件の真相に近づく俺に、衝撃のラストが待ち受けていた。
《あなたはすべての伏線を回収することができますか?》

【R15】アリア・ルージュの妄信
皐月うしこ
ミステリー
その日、白濁の中で少女は死んだ。
異質な匂いに包まれて、全身を粘着質な白い液体に覆われて、乱れた着衣が物語る悲惨な光景を何と表現すればいいのだろう。世界は日常に溢れている。何気ない会話、変わらない秒針、規則正しく進む人波。それでもここに、雲が形を変えるように、ガラスが粉々に砕けるように、一輪の花が小さな種を産んだ。
強制憑依アプリを使ってみた。
本田 壱好
ミステリー
十八年間モテた試しが無かった俺こと童定春はある日、幼馴染の藍良舞に告白される。
校内一の人気を誇る藍良が俺に告白⁈
これは何かのドッキリか?突然のことに俺は返事が出来なかった。
不幸は続くと言うが、その日は不幸の始まりとなるキッカケが多くあったのだと今となっては思う。
その日の夜、小学生の頃の友人、鴨居常叶から当然連絡が掛かってきたのも、そのキッカケの一つだ。
話の内容は、強制憑依アプリという怪しげなアプリの話であり、それをインストールして欲しいと言われる。
頼まれたら断れない性格の俺は、送られてきたサイトに飛んで、その強制憑依アプリをインストールした。
まさかそれが、運命を大きく変える出来事に発展するなんて‥。当時の俺は、まだ知る由もなかった。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる