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<第九章 第2話>
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<第九章 第2話>
その女は、喪服を着ていた。黒いベールも、かぶっている。葬式帰りの未亡人といった服装だ。
彼女は、まっすぐに向かってきた。グランドパレスホテルに。
ホテルから三十メートルほどまで近寄ったときに、ヴィクトールが気づいた。ニコラウスに、小声で伝えた。
ニコラウスが、振り返った。
歓声を、あげた。
「殺し屋魔女ヒルダ!」
警部と執事も、振り返った。それに警官たちも。
彼らは、顔面蒼白となった。
黒ずくめの女ヒルダは、ギャングの死体を避けながら、ホテルの正面の馬車道まで来た。
警部から五メートルほど離れた場所で、歩を止めた。
口を開いた。ヒルダが。
「警部さん、市長からの伝言よ」
警部が、ツバをゴクリと飲んだ。恐怖で、凍りつきながら。
「あなたは、裏切ったわね」
「な、なんのことだ」
警部の動揺は、尋常ではなかった。
「あなたは部下に命令し、警察の銃を集めて、赤毛の女とその一味に、渡した。これは、重大な裏切り行為よ」
「ま、待ってくれ。負傷した部下の命を救うためだったんだ。裏切りじゃ、ない」
「裏切りか否かを決めるのは、市長よ。あなたじゃない」
「ま、待ってくれ」
「あなたは、クビよ」
三秒か、四秒の間があった。
警部は、拍子抜けしたようだった。
「そ、それだけ?」
言い放った。ヒルダが。
「そんなわけ、ないでしょ」
そこで、いったん言葉を句切った。
ヒルダが、高らかに宣言した。
「裏切り者には、死の制裁を!」
魔法詠唱を、始めた。
「出でよ、魔法の鉄杭!」
彼女の正面、一メートルほど先の空中に、長さ半メートルほどの鉄杭が、出現した。
魔法の鉄杭だ。
サファイア・レインが、小さな悲鳴をあげた。
「大きすぎるわ! 魔法構造物が!」
「けっこうやるわね」
ルビー・クールが、小声で答えた。
魔法構造物は、大きなものになればなるほど、難易度が高くなる。それだけ、大きな魔法力が必要だ。
魔法の長剣を出現させることができるのは、一流の魔女だけだ。人数は、ごくわずかだ。
魔法の短剣の場合でも、二流では無理だ。一流半くらいでなければ。人数は、やはり少数だ。
長さ半メートルの鉄杭なら、二流の魔女の水準を上回る。
とはいえ、魔法構造物の大きさでいえば、魔法の短剣よりも、小さいかもしれない。
なぜなら短剣よりも、鉄杭のほうが細いからだ。それに構造が、短剣よりも単純だ。
なるほど、考えたものだ。
魔法の短剣よりも、より小さな魔法力で、出現させることが、できるのかもしれない。
ヒルダが、魔法詠唱を続けた。
警部が叫んだ。必死の形相で。
「ま、待ってくれ」
ヒルダが、叫んだ。両手を一気に、前に押し出しながら。
「貫け! 心臓を!」
高速で飛んだ。魔法の鉄杭が。警部に向かって。
刺さった。警部の左胸に。
絶叫した。警部が。心臓を押さえて。
苦しみ、もがいた。数秒間。
倒れた。バタリと。警部が。
悲鳴をあげた。数名の警官たちが。
ヒルダが、執事を一瞥した。
冷や汗を流した。執事が、負傷した右手を抱えながら。
「あなたは、減給処分だそうよ。屋敷に戻って、止血しなさい」
ホッとした表情をした。執事が。
座り込んでいた執事が、立ち上がった。
その瞬間、発砲した。ルビー・クールが。
二十二口径の弾丸が、執事の足下近くに撃ち込まれた。
ギャッと、執事が叫んだ。
声をかけた。ルビー・クールが。
「あなたは帰っちゃダメよ。まだ、話してもらうことが、たくさんあるんだから」
ヒルダが、三階にいるルビー・クールを見上げた。
「あたしへの市長の命令は、ニコラウスを連れ帰ること。あなたたちを殺すことは、命じられてない。だから、おとなしくしていたら、あなたたちのことは、殺さないであげるわ」
「あたしたちには、銃があるのよ。戦えば、あなたは蜂の巣よ」
「あたしは、なにも武器を持ってないのよ。それなのに、銃で撃ち殺すの?」
「あなたが、あたしたちを魔法で攻撃すればね」
「ねえ、向こうの建物の三階、どんな会社が入居しているか、知ってる?」
ヒルダが、西側にある建物を指さした。
「知らないわ」
「地方紙大手のフロスハーフェン支局よ」
思わず、押し黙った。ルビー・クールが。
言葉を、続けた。ヒルダが。
「この広場で起こったことは、全部、新聞記者たちに見られているわ。もしあなたが、あたしを撃ち殺したら、新聞記者は、翌日の新聞に、何と書くかしら?」
ニヤリと、笑った。ヒルダが。
「魔法の幻覚はね、音声が届く範囲の者にしか見えないのよ。だから彼らには、遠すぎて、魔法の幻覚は見えない。武器をなにも持たない喪服の未亡人を、赤毛の女とその一味が、銃で撃ち殺した。赤毛の女は、極悪非道だ。そう書くわね。すぐに、州警察から指名手配されるわよ」
たしかに、それは、まずい。
銃が使えないのであれば、この女には、どのように対応すれば良いのか。
ルビー・クールは思わず、頭を抱えた。心の中で。
その女は、喪服を着ていた。黒いベールも、かぶっている。葬式帰りの未亡人といった服装だ。
彼女は、まっすぐに向かってきた。グランドパレスホテルに。
ホテルから三十メートルほどまで近寄ったときに、ヴィクトールが気づいた。ニコラウスに、小声で伝えた。
ニコラウスが、振り返った。
歓声を、あげた。
「殺し屋魔女ヒルダ!」
警部と執事も、振り返った。それに警官たちも。
彼らは、顔面蒼白となった。
黒ずくめの女ヒルダは、ギャングの死体を避けながら、ホテルの正面の馬車道まで来た。
警部から五メートルほど離れた場所で、歩を止めた。
口を開いた。ヒルダが。
「警部さん、市長からの伝言よ」
警部が、ツバをゴクリと飲んだ。恐怖で、凍りつきながら。
「あなたは、裏切ったわね」
「な、なんのことだ」
警部の動揺は、尋常ではなかった。
「あなたは部下に命令し、警察の銃を集めて、赤毛の女とその一味に、渡した。これは、重大な裏切り行為よ」
「ま、待ってくれ。負傷した部下の命を救うためだったんだ。裏切りじゃ、ない」
「裏切りか否かを決めるのは、市長よ。あなたじゃない」
「ま、待ってくれ」
「あなたは、クビよ」
三秒か、四秒の間があった。
警部は、拍子抜けしたようだった。
「そ、それだけ?」
言い放った。ヒルダが。
「そんなわけ、ないでしょ」
そこで、いったん言葉を句切った。
ヒルダが、高らかに宣言した。
「裏切り者には、死の制裁を!」
魔法詠唱を、始めた。
「出でよ、魔法の鉄杭!」
彼女の正面、一メートルほど先の空中に、長さ半メートルほどの鉄杭が、出現した。
魔法の鉄杭だ。
サファイア・レインが、小さな悲鳴をあげた。
「大きすぎるわ! 魔法構造物が!」
「けっこうやるわね」
ルビー・クールが、小声で答えた。
魔法構造物は、大きなものになればなるほど、難易度が高くなる。それだけ、大きな魔法力が必要だ。
魔法の長剣を出現させることができるのは、一流の魔女だけだ。人数は、ごくわずかだ。
魔法の短剣の場合でも、二流では無理だ。一流半くらいでなければ。人数は、やはり少数だ。
長さ半メートルの鉄杭なら、二流の魔女の水準を上回る。
とはいえ、魔法構造物の大きさでいえば、魔法の短剣よりも、小さいかもしれない。
なぜなら短剣よりも、鉄杭のほうが細いからだ。それに構造が、短剣よりも単純だ。
なるほど、考えたものだ。
魔法の短剣よりも、より小さな魔法力で、出現させることが、できるのかもしれない。
ヒルダが、魔法詠唱を続けた。
警部が叫んだ。必死の形相で。
「ま、待ってくれ」
ヒルダが、叫んだ。両手を一気に、前に押し出しながら。
「貫け! 心臓を!」
高速で飛んだ。魔法の鉄杭が。警部に向かって。
刺さった。警部の左胸に。
絶叫した。警部が。心臓を押さえて。
苦しみ、もがいた。数秒間。
倒れた。バタリと。警部が。
悲鳴をあげた。数名の警官たちが。
ヒルダが、執事を一瞥した。
冷や汗を流した。執事が、負傷した右手を抱えながら。
「あなたは、減給処分だそうよ。屋敷に戻って、止血しなさい」
ホッとした表情をした。執事が。
座り込んでいた執事が、立ち上がった。
その瞬間、発砲した。ルビー・クールが。
二十二口径の弾丸が、執事の足下近くに撃ち込まれた。
ギャッと、執事が叫んだ。
声をかけた。ルビー・クールが。
「あなたは帰っちゃダメよ。まだ、話してもらうことが、たくさんあるんだから」
ヒルダが、三階にいるルビー・クールを見上げた。
「あたしへの市長の命令は、ニコラウスを連れ帰ること。あなたたちを殺すことは、命じられてない。だから、おとなしくしていたら、あなたたちのことは、殺さないであげるわ」
「あたしたちには、銃があるのよ。戦えば、あなたは蜂の巣よ」
「あたしは、なにも武器を持ってないのよ。それなのに、銃で撃ち殺すの?」
「あなたが、あたしたちを魔法で攻撃すればね」
「ねえ、向こうの建物の三階、どんな会社が入居しているか、知ってる?」
ヒルダが、西側にある建物を指さした。
「知らないわ」
「地方紙大手のフロスハーフェン支局よ」
思わず、押し黙った。ルビー・クールが。
言葉を、続けた。ヒルダが。
「この広場で起こったことは、全部、新聞記者たちに見られているわ。もしあなたが、あたしを撃ち殺したら、新聞記者は、翌日の新聞に、何と書くかしら?」
ニヤリと、笑った。ヒルダが。
「魔法の幻覚はね、音声が届く範囲の者にしか見えないのよ。だから彼らには、遠すぎて、魔法の幻覚は見えない。武器をなにも持たない喪服の未亡人を、赤毛の女とその一味が、銃で撃ち殺した。赤毛の女は、極悪非道だ。そう書くわね。すぐに、州警察から指名手配されるわよ」
たしかに、それは、まずい。
銃が使えないのであれば、この女には、どのように対応すれば良いのか。
ルビー・クールは思わず、頭を抱えた。心の中で。
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