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<第五章 第6話:本当に欲しいもの>
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<第五章 第6話:本当に欲しいもの>
全員が、マリアンヌを注視した。
数秒間、静寂が流れた。
「そのとおりです、マリアンヌさん」
クマートが、言葉を続けた。
「だから私は、マリアンヌさんが学業を続けられるように、全力を尽くします。学業を続けて、きちんと卒業できれば、人生の選択肢が増えます」
「クマート、おまえそこまで、この女のことを……」
シーナが、目もとをぬぐった。涙が少しばかり、こぼれたからだ。
マリアンヌに、視線を向けた。
「おまえ、どうすんだよ。クマートのこの思いに、どうこたえる? 愛人になるのか、ならないのか。どうするんだ?」
そのときだった。
鋭い女の声だった。
「それを決めるのは、クマート様よ」
仁王立ちしていた。メイドのメリッサが。レモネードの入った銀製グラスを片手に。
全員の視線が、集中した。メリッサに。
彼女が、言葉を続けた。
「一年前、あたしはクマート様に頼んだ。愛人に、してくださいって。だけど、拒否された」
「まじかよ! 自分から頼んだのかよ!」
そのシーナの言葉を無視し、メリッサは話し続けた。能面のような表情で。
「クマート様は、あたしに尋ねた。なぜ、愛人になりたいのですか、って。あたしは答えたわ。はっきりと。お金が欲しいからです。一万シルバーくださいって」
「カネ目当てかよ! 拒否されて当然だな!」
一万シルバーは、帝国共通銀貨一万枚だ。日本円に換算すると、一億円くらいだ。
「しかも、一万シルバーなんて! 強欲すぎるだろ! 女教師の生涯年収の二倍以上だぞ! あたしの生涯年収も超えてるぞ! あたしは女性初の校長だったのに!」
オスターラント領国政府で働く公務員は、給料が安い。特に、女性公務員は、男性公務員の四割以下の賃金だ。なぜなら、たとえば女性教師の場合も、大部分の者は、結婚して寿退職するまでの間、三年から五年程度の勤務期間だからだ。
とはいえ、公務員は、全員貴族だ。貴族とその家族には、住居、教育、医療が無償で提供される。その上、小麦粉などの食料品が、現物支給される。
オスターラント領は辺境のせいか、貨幣経済の発展が不十分なため、貴族に対しては、現物支給があるのだ。もちろん、それが貴族の特権でもある。領国政府は、平民には、教育も医療も提供しない。
メリッサはシーナの言葉を無視して、話し続けた。
「クマート様は、あたしに言ったのよ。それなら、私のもとで働いてみませんか、って。努力と能力によっては、一万シルバー稼げますよ、って」
「メイドで、一万シルバー稼げるのかよ!」
そこでクマートが、説明を入れた。
「メリッサさんには、クマート商会の事務職員兼営業員をしてもらっています」
「クマート商会? そう言えば、噂で聞いたことあるな。クマートが商人のまねごとを始めたって」
クマートはマリアンヌに視線を向けながら、説明を始めた。
「クマート商会は、私が一年前に設立した商会で、オスターラント領の特産品を販売するのが、主な仕事です」
メリッサが、胸を張った。
「この一年間に、歩合だけで五百シルバー稼いだわ。オスターラント市でね。帝都の人口は、オスターラント市の三十倍以上。単純計算すれば、これから一年間で一万五千シルバー稼げる計算になるわ」
「まじかよ」
「まあ、どれだけ稼げるかは、メリッサさんの努力にもよりますけど。もちろん、メリッサさんがたくさん稼げるように、私も相談に乗って、協力しますから」
そのとき、アメリアが尋ねた。
「事務職員兼営業員なら、なぜ、この屋敷でメイドをしているの?」
「メリッサさんが、この屋敷に住むためです。お店の売り上げ状況や商品開発、市場調査などについて、私と密に連絡を取るためには、この屋敷に住んでもらったほうが、都合がいい。だけれども、この屋敷は学園の寮なので、住める者は、学園の生徒と、その生徒に仕えるメイドだけだからです」
いつのまにかソファーに座っていたマリアンヌが、ふたたび立ち上がった。
「クマート様、あたしを、メイド兼営業員として雇ってください」
クマートは、微笑みながら、尋ねた。
「マリアンヌさんが、本当に欲しいものは、なんですか?」
「全部です。だから、学業も続けたいです。それに……」
マリアンヌが、微笑んだ。小悪魔のように、可愛らしく。
「クマート様のことも、欲しくなっちゃった、かも」
第六章に続く
全員が、マリアンヌを注視した。
数秒間、静寂が流れた。
「そのとおりです、マリアンヌさん」
クマートが、言葉を続けた。
「だから私は、マリアンヌさんが学業を続けられるように、全力を尽くします。学業を続けて、きちんと卒業できれば、人生の選択肢が増えます」
「クマート、おまえそこまで、この女のことを……」
シーナが、目もとをぬぐった。涙が少しばかり、こぼれたからだ。
マリアンヌに、視線を向けた。
「おまえ、どうすんだよ。クマートのこの思いに、どうこたえる? 愛人になるのか、ならないのか。どうするんだ?」
そのときだった。
鋭い女の声だった。
「それを決めるのは、クマート様よ」
仁王立ちしていた。メイドのメリッサが。レモネードの入った銀製グラスを片手に。
全員の視線が、集中した。メリッサに。
彼女が、言葉を続けた。
「一年前、あたしはクマート様に頼んだ。愛人に、してくださいって。だけど、拒否された」
「まじかよ! 自分から頼んだのかよ!」
そのシーナの言葉を無視し、メリッサは話し続けた。能面のような表情で。
「クマート様は、あたしに尋ねた。なぜ、愛人になりたいのですか、って。あたしは答えたわ。はっきりと。お金が欲しいからです。一万シルバーくださいって」
「カネ目当てかよ! 拒否されて当然だな!」
一万シルバーは、帝国共通銀貨一万枚だ。日本円に換算すると、一億円くらいだ。
「しかも、一万シルバーなんて! 強欲すぎるだろ! 女教師の生涯年収の二倍以上だぞ! あたしの生涯年収も超えてるぞ! あたしは女性初の校長だったのに!」
オスターラント領国政府で働く公務員は、給料が安い。特に、女性公務員は、男性公務員の四割以下の賃金だ。なぜなら、たとえば女性教師の場合も、大部分の者は、結婚して寿退職するまでの間、三年から五年程度の勤務期間だからだ。
とはいえ、公務員は、全員貴族だ。貴族とその家族には、住居、教育、医療が無償で提供される。その上、小麦粉などの食料品が、現物支給される。
オスターラント領は辺境のせいか、貨幣経済の発展が不十分なため、貴族に対しては、現物支給があるのだ。もちろん、それが貴族の特権でもある。領国政府は、平民には、教育も医療も提供しない。
メリッサはシーナの言葉を無視して、話し続けた。
「クマート様は、あたしに言ったのよ。それなら、私のもとで働いてみませんか、って。努力と能力によっては、一万シルバー稼げますよ、って」
「メイドで、一万シルバー稼げるのかよ!」
そこでクマートが、説明を入れた。
「メリッサさんには、クマート商会の事務職員兼営業員をしてもらっています」
「クマート商会? そう言えば、噂で聞いたことあるな。クマートが商人のまねごとを始めたって」
クマートはマリアンヌに視線を向けながら、説明を始めた。
「クマート商会は、私が一年前に設立した商会で、オスターラント領の特産品を販売するのが、主な仕事です」
メリッサが、胸を張った。
「この一年間に、歩合だけで五百シルバー稼いだわ。オスターラント市でね。帝都の人口は、オスターラント市の三十倍以上。単純計算すれば、これから一年間で一万五千シルバー稼げる計算になるわ」
「まじかよ」
「まあ、どれだけ稼げるかは、メリッサさんの努力にもよりますけど。もちろん、メリッサさんがたくさん稼げるように、私も相談に乗って、協力しますから」
そのとき、アメリアが尋ねた。
「事務職員兼営業員なら、なぜ、この屋敷でメイドをしているの?」
「メリッサさんが、この屋敷に住むためです。お店の売り上げ状況や商品開発、市場調査などについて、私と密に連絡を取るためには、この屋敷に住んでもらったほうが、都合がいい。だけれども、この屋敷は学園の寮なので、住める者は、学園の生徒と、その生徒に仕えるメイドだけだからです」
いつのまにかソファーに座っていたマリアンヌが、ふたたび立ち上がった。
「クマート様、あたしを、メイド兼営業員として雇ってください」
クマートは、微笑みながら、尋ねた。
「マリアンヌさんが、本当に欲しいものは、なんですか?」
「全部です。だから、学業も続けたいです。それに……」
マリアンヌが、微笑んだ。小悪魔のように、可愛らしく。
「クマート様のことも、欲しくなっちゃった、かも」
第六章に続く
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