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<第三章 第6話:甲冑真剣試合>

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  <第三章 第6話:甲冑真剣試合>
 騎士団長の剣は、巨大だった。刃渡りだけで、一メートル半はある。厚さも分厚く、重量がある。両手で持って使用する剣だ。
 さやからいた巨大な剣を、騎士団長は、自分の右肩にかついだ。グリップを両手で持ったまま。
 大男の騎士団長が、クマートを見下みおろした。
 「さあ、かかってきたまえ」
 クマートは、右足を前に出し、後屈立こうくつだちでかまえた。
 後屈立ちは、空手の基本的な立ち方の一つで、防御重視の立ち方だ。重心を、後方の足にかける。
 右手で持った長剣の切っ先を、相手に向けた。
 右方向にまわりながら、長剣のきを、何度か出した。騎士団長との距離を、充分にとりながら。
 観客席から、失笑の声が聞こえた。
 観客たちは、こう思ったに違いない。
 騎士団長相手に、恐怖している。そのため、腰が退けているのだ、と。
 騎士団長自身も、そう思ったようだ。
 「さあ、遠慮なく来い!」
 その直後だった。
 クマートが飛び込んだ。
 後方の左足を、右前足に引きつけた直後、左足で地面を強く踏んだ。重心を後ろ足から前足に移動させ、前屈立ぜんくつだちで着地するのと同時に、右手の長剣を突いた。
 金属音が、響いた。
 クマートの長剣の切っ先が、騎士団長の鎧の左腹部に、あたったのだ。
 前屈立ちは、重心を前方の足にかける攻撃重視の立ち方だ。
 騎士団長の表情が、変わった。
 次の瞬間、振り下ろした。巨大な剣を。騎士団長が。
 切りいた。
 ように、見えた。だが、すでにクマートの姿は、そこにはなかった。
 騎士団長の剣は、なにもない空間を切り裂いただけだった。
 クマートは、前方にあった右足を大きく後方に引き、ふたたび後屈立ちになっていた。今度は、左足を前に出して。
 その直後、クマートが長剣で突いた。騎士団長の籠手こてを。
 金属音が、ふたたび響いた。
 騎士団長の表情が、けわしくなった。
 巨大な剣を、左下から右上へと振り上げた。
 だがクマートは、その一撃をよけた。紙一重で。
 その次の瞬間、金属音が響いた。長剣の切っ先が、騎士団長の左胸にあたったのだ。
 観客席から、どよめきが起きた。
 騎士団長が、次々に巨大な剣を振るった。
 それをクマートが、紙一重でかわしながら、何度も飛び込み、長剣の突きを見舞った。
 そのたびに、金属音が響いた。
 騎士団長も、本気になった。巨大な剣を振るうスピードが、速くなった。
 これだけの巨大な剣を、このスピードで振るうとは、たいしたものだ。
 だが、剣の重量が重すぎるせいで、クマートのスピードには、ついていけない。
 金属音が、次々に響いた。長剣の突きが、騎士団長の鋼鉄製の鎧に、次々に決まって。
 まるで、アウト・ボクシングのようだ。
 ボクシングにおけるアウト・ボクシングは、通常、リーチの長い選手が、リーチの短い選手に対して行うものだ。
 だが、空手の場合は、スピードの速い小柄な者が、スピードの遅い大男相手に、アウト・ボクシング的な闘いをすることもある。
 クマートと熊人くまとの魂が入れ替わる前、熊人は日本で、動きのにぶい大男相手に、よくアウトボクシングをした。試合ではないが、身長百八十センチメートルはあるミドル級のボクサー相手に、バンタム級の熊人がアウトボクシングをし、一方的にパンチをあてたことがあった。
 ミドル級は、試合時の体重は約七十二キログラムだが、ふだんの体重は八十キロ前後ある者が多い。バンタム級は、試合時の体重は約五十三キロだが、ふだんの体重は六十キロ前後だ。
 空手でもボクシングでも、熊人は、大男をスピードで翻弄ほんろうするのが、得意だった。
 金属音が、響き続けた。
 最初に長剣の突きをあててから、二百秒は、たった。
 騎士団長の息が、あがってきた。
 剣が巨大で、重すぎるからだ。
 それに対し、クマートの息はまだ、あがっていない。一年三ヶ月間の厳しく、そして科学的なトレーニングの成果だ。
 もちろん、長剣の重量が軽いということもある。
 この辺で、勝負を決めよう。
 そう、思った。
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