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<第一章 第5話>

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  <第一章 第5話>
 グレース伯爵令嬢が、襲いかかってきた。
 振り下ろした。薄刃で細身の長剣を。
 クマートの脳天に。
 だが、長剣は途中で止まった。
 真剣白羽取りだ。
 両手の手のひらで、長剣をはさんだ。剣の腹を。
 空手の通常の防御技を使うと、グレースの細い手首が、骨折してしまう。そう考え、真剣白羽取りにした。
 合わせた手のひらを横に倒しながら手前に引くと、グレースの右手は、剣のグリップを離してしまった。
 握力が、弱いからだ。
 剣のグリップを、右手で握った。
 グレースが、硬直した。石像のように。絶望の表情で。
 殺されると、思ったのだろう。
 そこで、剣の切っ先を下げた。
 息を吐いた。大きく。グレースが。
 恐怖による石化は、けたようだ。
 にらみつけた。グレースが。クマートを。
 「返せ! わらわの剣を!」
 「剣をさやおさめると約束するのであれば、お返しします」
 数秒間、にらみつけた。グレースが。
 突然、ニタリと微笑ほほえんだ。グレースが。
 悪いことを考えている顔だ。
 「いいじゃろう。剣を返すなら、鞘に収める」
 左右の手のひらの上に、剣の刀身を乗せ、差し出した。グレースに。
 グレースが、右手で剣のグリップをつかんだ。
 次の瞬間だった。
 剣を水平に振るった。グレースが。クマートの首に向かって。
 アメリアたちが、悲鳴をあげた。
 首がられたように、見えたのだ。背後にいるアメリアたちからは。
 だがグレースの剣は、クマートには、かすりもしなかった。
 大きく一歩、後退したからだ。クマートが。グレースの斬撃にあわせて。
 にらみつけた。グレースのことを。不満そうな表情で。
 「伯爵令嬢様、なぜ約束を破るのですか?」
 高笑いした。グレースが。
 「たわけ者が! 約束とは、弱者が強者に対して守るものじゃ! 強者は弱者に対し、約束など守る必要はないのじゃ! なぜなら、約束をたがえた場合、強者は弱者に罰を与えることができるが、弱者は強者に罰を与えることはできない。弱者は、泣き寝入りすることしかできないのじゃ。ゆえに強者は、弱者に対し、いくらでもうそをつき、だまし、利用してよいのじゃ。弱者から盗み、奪い、弱者を踏みにじる。それが強者の権利じゃ! それが、この世界の現実じゃ!」
 そう叫び、グレースは教室中を見回した。
 「よく聞け、虫けらども! 強者である権力者のわらわに対し、貴様らは、約束をたがえてはならぬ! 嘘をついてはならぬ! 一方わらわは、貴様ら虫けらに対する約束など、守る義務はないのじゃ!」
 グレースが、剣を高く振り上げた。
 「今度こそ、動くな! 動いたら、おぬしの家族も家臣も領民も皆殺しじゃ! おぬしの生まれ故郷を、地獄に変えてやる!」
 そのときだった。
 「なにをしているのですか! 剣を収めなさい!」
 女性教師が立っていた。教室の入り口付近に。
 グレースが、振り返った。剣を振り上げたままで。
 「教師ふぜいが、わらわに命令するな!」
 愕然がくぜんとした表情をした。女性教師が。振り返ったグレースの顔を見て。
 「伯爵令嬢様! 教室で剣をいてはなりません!」
 「わらわに命令するな! 不敬じゃ! 教師ふぜいが! おぬしも斬首ざんしゅ刑じゃ!」
 グレースが、突撃した。女性教師に向かって。
 振り下ろした。長剣を。女性教師に。
 だがグレースは、なにも切りけなかった。
 振り下ろした右手からは、いつの間にか、長剣が消えていた。
 「どこにいったのじゃ! わらわの剣は!」
 「ここです」
 グレースの長剣は、クマートが、左右の手のひらではさんでいた。
 長剣を振り上げた瞬間、後方から、真剣白羽取りで剣を奪ったのだ。
 「わらわの剣を返せ!」
 「下校時に、お返しします。それまでは、わたしが預かります」
 「今すぐ返せ!」
 「なぜ今、必要なのですか?」
 「決まってるわ! この不敬な女教師と、奴隷になるのを拒否した平民を、今すぐ斬首刑にするためじゃ!」
 女性教師が顔面蒼白で叫んだ。
 「斬首刑!? 奴隷!? 伯爵令嬢様、なにを言ってるのですか! ここは教室ですよ!」
 そのとき、メガネ少年が口を開いた。早口で、事情の説明を始めた。
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