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<第一章 第4話>

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  <第一章 第4話>
 エルシーとアイラが、剣をさやから抜いた。細身の長剣だ。
 二人とも、金髪碧眼の美少女だ。
 だが、彼女たちの表情は、みにくく引きつっていた。恐怖によるものだ。
 「クマート様!」
 振り返らずに答えた。
 「アメリア、だいじょうぶだ。わたしに、まかせなさい」
 アイラが、襲いかかってきた。
 右手の長剣を、まっすぐに伸ばして。クマートの心臓をめがけて。
 突き刺さった。クマートの心臓に。
 一瞬、そう見えた。
 アメリアたちが、悲鳴をあげるのが聞こえた。
 だが、アイラの長剣は、刺さっていなかった。
 直前に、左肩を後方に引いたからだ。
 右手で、アイラの右手首をつかんだ。
 強引に、引き寄せた。
 同時に、前に出したアイラの右足を、払った。自分の右足で。
 アイラの身体が、宙に浮いた。
 瞬間的に、彼女の身体が、百八十度近く回転した。つかまれた右手首を中心に。
 体重が、軽すぎたからだ。
 頭部から、床に落ちた。
 いや、頭部は、床に直撃しなかった。
 クマートが、彼女の右手首をつかんでいたからだ。
 しかし、背中をった。木製の床に。
 その直後、後頭部を、床に打った。
 アイラは白目をむいて、失神昏倒しっしんこんとうした。
 しまった。強く打ちすぎたか。
 彼女の右手首をつかんでいたのだが、そのつかんだ位置を、少し下げた。
 そのため、後頭部を床に打ちつけた。
 しかし、つかんだ手首の位置を下げなければ、右肩を脱臼だっきゅうしていたはずだ。
 ケガをしないようにとの配慮だったのだが。
 計算が、少し狂ったか。
 エルシーに、視線を向けた。
 彼女は、ガタガタとふるえていた。両膝もガクガクと震えており、立っているのが、やっとの状態だ。
 「剣を、鞘におさめてもらえませんか」
 静かに、話しかけた。
 「ならぬ!」
 グレースが、するどい声で叫んだ。
 「エルシー! その男を斬り殺すのじゃ!」
 「無理です。ウォードが勝てなかった相手です。わたしでは勝てません」
 「わらわにさからったら、どうなるか分かってるのか!」
 「しかし、わたしの剣の腕では……」
 さえぎった。グレースが。エルシーの言葉を。
 「反逆罪の適用は、おぬしだけでは、すまぬぞ! おぬしには、結婚したばかりの姉がおるじゃろ。その姉は、もうすぐ子どもが生まれるとか。わらわに逆らえば、おぬしも、おぬしの家族も親族も縁者も、おぬしの姉一家も、皆殺しじゃ! 生まれたばかりの赤子も斬首刑じゃ!」
 ひぃぃぃぃ、と悲鳴をあげた。エルシーが。
 その直後、彼女は叫んだ。絶望の表情で。
 「姫様に命をささげます!」
 エルシーが、襲いかかってきた。細身の長剣を振り上げて。
 振り下ろした。細身の長剣を。クマートの脳天に。
 だが、止まった。細身の長剣が。
 空手の防御技、左上段上げ受けだ。自分の左手首を、相手の右手首に当てて、止めたのだ。
 次の瞬間、左手で、エルシーの右手首をつかんだ。
 引き寄せた。強い力で。
 同時に、彼女の首の後ろに、右腕を回した。
 エルシーの身体が、宙に浮いた。両足が、床と平行になるほどに。
 右足で、彼女の両足を払ったからだ。勢いよく。
 だが彼女の身体は、空中で、九十度以上には、回転しなかった。
 彼女の後頭部を、右手で支えていたからだ。
 そのままエルシーの身体は、背中から床に落ちた。
 後頭部は、床に打たなかった。クマートの右手が、支えていたためだ。
 だがその直後、右手を外した。
 エルシーは、後頭部を床に打った。
 軽く打っただけだったが、白目をむいて失神した。
 「ええい、役立たずめ!」
 グレースが、吐き捨てた。自分の長剣を鞘から抜きながら。
 細身で、薄刃の長剣だった。
 薄刃なのは、重量を軽くするためだろう。
 グレースの腕力に合わせ、特注したのだ。
 そんな軽い剣では、骨を断つことはできない。
 グレースが、剣の切っ先を向けた。
 「わらわが、直々じきじきに成敗してくれる。おぬし、動くでないぞ。もし動いたら、おぬし一人の命では、すまぬ。おまえの家族も親族も、家臣も領民も、皆殺しじゃ! おぬしの領地を大軍をひきいて侵略し、おんな子どもも、全員皆殺しじゃ! それが嫌なら、この場でおとなしく死ね!」
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