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本編

-426- レンへの謝罪 アレックス視点

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レンのいる談話室へと足を運ぶ間も、セバスの小言は途切れなかった。
ここぞとばかりに言いたいことを全部言ってるわけじゃないだろうな?等と疑いつつも適当に返事をしていると、『聞いていらっしゃいますか?』と俺の反応まで伺ってくる始末だ。

「ああ、聞いている」
「結構です」

ここで、『聞いている』ではなく『聞こえている』と正直に返事をしていたら、更に小言の範囲は広がっていたはずだ。
言われずともレンが心優しい人であることも、相手の望むことを読むのに長けているのも、勉強熱心なのも全部知っている。
文句ひとつ言わずに、ダンスのレッスンに、魔法の勉強に、領地のことや各貴族についてを学び、ものとしてきた。
学校の視察に行けば、改善点をレポートで上げ、ハワード第二夫人とワグナー夫人を味方に新しい試みを始めるくらいだ。
忙しいのにもかかわらず今やらずとも……と思うが、始めるなら今から動くのが最良だとも思っている。

孤児院のことに対しても、行けば子供たちの心に寄り添って自身も心から楽しんでいる。
義務感がないのかといえば、そうじゃない。
侯爵夫人として出来ることはないか、子供たちが困っていることはないか、と考え、
地面で文字を練習している幼い子供たちのために『黒板』を送っている。
黒板が良いのではないかと提案したのはセオだが、それに至るまでの経緯はレンが子供たちの状況を知り、口にしたからだ。


「レン様、アレックス様がいらっしゃいます」
「っ!?───はい」

セバスの声掛けに、レンが勢いよく答えてすぐに扉が開いてその細い身体で俺を抱きしめてくる。
それを受け止めて両腕を回せば、ふんわりと甘い蜂蜜の香りが鼻を擽ってくる。
すげー心地がいいもんだ。
先ほどのセバスの小言で頭痛がしそうだったが、瞬時に払拭してくれた。

「心配かけた」
「うん……もう、平気なの?」
「ああ、すっかり良くなった」

俺の具合を確かめるように、レンは大きい瞳で見つめてくる。
正直、びっくりするほど体調は良好だ。
ピアスの魔力調整のおかげだとセバスが言っていたが、このピアス、本当に頭の上がらない付与がなされていて流石師匠だと感謝せずにはいられない。
本人にはっきりと言えば、下世話な答えが返ってきそうなので追究はしないでおく。

レンの問いに答えてきめ細やかな頬にそっと唇を寄せると、レンは嬉しそうに頬を緩ませた後に、セバスへと視線を移した。
ああ、これは疑われているな、と思うも、魔力酔いを隠して平静を装っていた俺がどうこう言えた口じゃない。
本当に俺が大丈夫なことを知ると、レンはほっとしたような表情を浮かべて、俺の向かい側から横へと移し師匠に向かい合う。
ああ、そうか、一緒にピアスを見せたいと言っていたな。

「並んでみて、どう?」
「似合ってるぞ、二人とも」
「へへっありがとう」

じっと師匠に見つめられると、これはこれで色々と見透かされている気分になる。
セバスとは違った意味で、一歩引きたくなるがぐっと堪えた。
満足そうなのは、師匠が選んで付与したピアスが俺にはまっているからだろうか?
それとも、レンの答えに満足したからだろうか。
まあ、どっちでもいい。
レンが、師匠の視線も言葉も素直に受け止めて嬉しくも恥ずかしそうに笑う、
そのすげー可愛い姿を横で見られたのだから。

「師匠、ありがとうございます。おかげで早く回復しました」
「ふん、阿呆なことしてるからだ」
「……っすみません」

一応お礼を言うと、想像通りの揶揄いを含んだ笑みが返ってきた。
壮絶美形な顔というのは、これだけ下世話な表情をしても厭らしくならないから始末に悪い。
『すみません』以外の言葉が見当たらずに呟くと、師匠は面白そうに笑ってきた。
本当に俺を揶揄うのが好きだ、昔から変わっていない。

ふと、セバスの視線を感じて、目の端に入れる。
『早くレン様に謝罪を』と雄弁に語っている。
そう焦らずとも俺もちゃんと口にするつもりだ。
せめてソファに落ち着く時間が必要だろ。
そうしてから少しばかり、とてつもなく可愛いレンを堪能したっていいじゃないか……と思いながらもその視線に負けた。

「レン、すまなかった」
「え……何が、すまなかったなの?」

失敗した、と思ったのは、レンが不安そうな顔でそっと問うてきたからだ。
しまった、理由を言わずに謝ったのは俺の落ち度だ。
また言葉が足らずにレンを不安にさせてしまった。

「ピアスに付与された魔法を、レンに伝えていなかった」
「あ、そっか、それか」

ほっとしたようにレンが呟いた。
付与魔法の説明は、セバスが先にしていると聞いていたし、『レン様は特に困らないそうです』とは聞いていたが、本当に気にしていなさそうだ。

「はあ……良かった、何かと思った」

意外な反応にびっくりするが、ほっとしたように笑うレンが可愛い。
や、そこで可愛い以外のもんを思って、俺も学ばなければならない。

「別に謝るようなことじゃないから大丈夫だよ」
「だが───」
「アレックスだって、お父様が用意してくれたピアスの付与魔法全てを読んだわけじゃないでしょう?」
「まあ、確かに。さっき起きて、確認したが」
「ね?僕も言わなかったんだからおあいこだよ」
「レンはどんな魔法がかけられているか全部聞いたのか?」
「全部は聞いてないけど……」

「変な魔法は付与してないぞ」

師匠の答えに『たしかに』という言葉を飲み込む。
強い物理攻撃も攻撃魔法もついでに操作系魔法の干渉をも一切受けず、治癒と解毒の作用に、魔力調整までご丁寧に施されていたので、頭が上がらない。
操作系の魔法干渉については盲点だった。
魔法の強い耐性がないと、絶対服従などのスキルを持つやつなら魔力の多い少ないに限らず操られてしまう。
そうそうそんなことは起きないと思いたいが、万が一のためだ。
空きのあるレンのブローチに施すのはそれがいいかもしれないな。
調整がかなり難しいが、理論立てて行えば俺にだって出来るはずだ。
精属性の魔法は扱えないので、それを付与するとなると魔法陣で一から構築し補う他ないが、それをしてでも施す価値はある。

時間が必要だろうが、お手本が自分の耳にはまっているのだから、同等の作用になるよう構築すればいいことだ。

「探知魔法のことなら、本当に僕は気にしていないから大丈夫」

俺がそんなことを考えている間に、レンから気づかいの言葉が返ってくる。
そういや、何故付与したのかを伝えていなかった。

「レンのピアスと、セオのブローチを探知魔法で繋げようと思ったんだ。
俺がいない時に万が一のことがあっても、セオがそのまま見失うことなくレンを追えるだろうと。
レンがセオに渡したブローチには、何も付与していないと聞いていたから」

自分で言っていても、なんて言い訳がましいのだろうと思っちまう。
正直に伝えたが、ため息を漏らしたのはセバスだろう。
その残念そうな視線で俺を見つめないでもらいたい。
レンは、呆れてはいないだろうか?
この際、例えセバスや師匠、セオに呆れて貰ってもいい。
ただ、レンにだけは、と切に願う。

「わかった」

ああ、本当に『わかった』のだろう。
何が分かったのかって、俺の気持ちを、だ。
妥協や諦めじゃない、しっかりと受け止めての『わかった』だ。

「僕はそれも構わないよ?安心できるならそうしよう?ね、セオ」
「レン様がそれでよいのであれば」
「うん」

若干、セオの言葉には俺に向けて棘があるが、仕方ない。
寧ろ、そのくらいレンのことを考えていてくれるんだ。
セオをレンにつかせてよかったと思うべきだろう。
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