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本編

-419- 魔力酔いからの目覚め アレックス視点

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見慣れた天蓋が視界に広がった。
視線を左へと向けると、窓の外はまだ明るく、あたたかな日差しが降り注いでいた。
だが、この日差しの傾きから言って、夕方に差し掛かろうとしているだろう。

ゆっくりと上半身を起こし、己の耳朶へと指を這わせる。
痛みは既にないが、きちんと両耳にピアスがはまっていた。

酔いもすっかりさめたし、魔力は満たされていて馴染んでいるように思えた。
寝たからか、かなり状態はいい。

が、魔法士の仕事もその後の薬師たちとの会合もすっぽかしちまった。
ユージーンにはきっとぐちぐちとまた何か言われるに違いないし、爺さん連中には下世話な視線を向けられるに違いない。

ベルを手にしようとしたところで、扉が二度叩かれる。
このタイミングは本当に頭が上がらない。
叩き方からしてすぐにセバスだとわかるが、一体どういう感覚をしているのか偶にその頭の中を見てみたいと思っちまう。

「今起きた」
「でしょうからお伺いに」
「───入れ」

厳しい視線を俺に向けながら、セバスがこちらにやってきた。
だが、俺の着替えやタオルを手にしているところを見ると、そう事態は深刻ではなさそうだ。

「心配をかけた」
「それは是非レン様へお伝えください」

湯であたためられたタオルを受け取り、その中に顔を埋めるとさっきよりは頭がすっきりとしてきた。
一度それをセバスへと戻し、シャツに手をかける。
着替えに他人の手を煩わしく思う俺は、必要がなければ極力自分で着替えているし、それをセバスも心得てきた。
俺の体調が戻っているのを知り、手を出してこないのだろう。
だが、口も出してこないのは少々予想外だ。

「どのくらい経った?」

シャツと下着を脱ぎ捨て、再びタオルを受け取り問うと、セバスの顔つきはより厳しいものとなった。
……なんだ?
まさか、一日以上経ってるのだろうか?

「現在は夕刻、四時過ぎにございます。
アレックス様がお休みになられてから日付を跨ぐようなことにはなっておりません」
「そうか」
「ユージーン様と薬師ギルドにはご連絡済でございます」
「助かる」
「アレックス様」
「……なんだ?」

いつになく、厳しい眼差しと口調で告げてきたのがわかると、こっちも少々身構える。
魔力酔いを起こすなど、多少やり過ぎたかもしれないが、後々のことを考えると俺の選択は間違っていなかったと思っている。
ただ、レンには心配をかけちまっただろうから、そこは反省しているが。

「アレックス様、なぜあのような魔法を付与しながらもレン様にお伝えすることなくピアスをはめられたのですか?」
「は?……あ───」

ヤバい。
そういやレンに付与魔法の説明をしていなかった。
漸くピアスをはめることが出来ることに浮かれ過ぎていたに違いない。
ユージーンにもあれだけ注意されていたのに、だ。

やっぱり、探知魔法はやり過ぎなのか?
や、そうじゃない。
それを先に言わないでレンにはめたことが問題なのだろう。

「探知魔法を付与するなど随分と束縛が過ぎると思いませんか?アレックス様が思わずともこの爺は過ぎた行為だと思っていますよ、ええ、そうですとも。
それもレン様へ伝えずに、ご自身でピアスをはめるなど。
レン様は知りもしないでしょうが、探知魔法は奴隷紋にも施される魔法の一つですよ、それを黙って付与する等どうかしています」
「事前に言うつもりだったんだ、うっかりしていた」
「たとえ仰るつもりだったとしても、お伝えしていなければ同じことです」

セバスの言うことはもっともだ。
ユージーンはごめんだ、と言ったピアスだが、レンもそう思っちまっただろうか?
レンの信頼を失うのは───恐ろしいことだ。
レンが納得するまで謝り通すし、どうしても駄目ならばピアスをこの手で一度外し、探知魔法は外す。
構築し直すのは微妙だが、外すだけなら持つだろう。
探知魔法は必要だと思って付与したが、レンの信用を失うならば外しても仕方ない。

「レンはなんて?」

恐る恐る聞くと、盛大なため息を吐かれた。
いつになく長く深いため息だ。

「……レン様は、特に困らないそうですよ。
アレックス様が心配性だから、自分の居場所がわかるだけで安心するなら、それはそれで意味があると思う、と。
自分の居場所が常にわかるくらいは特に問題もないそうです。
本当に、本当に出来たお方です。どちらが大人か───爺は、悲しゅうございます」

『悲しゅうございます』か。
そんな台詞、随分久しぶりに聞いた気がするな。
学生時代は良く言われていた、そう、今の様に全く悲しそうな顔などせずに。

「悪かった」
「心にもないことを」
「心配をかけたことは本当だろ?」
「……それもレン様へお伝えください」
「ああ。レンはどうしている?あれから」
「今はスペンサー公と魔法の勉強をされていますよ」
「まだいるのか?」
「アレックス様を心配するレン様の気をそらし、お相手をしてくださっているのでしょう。
あんな寂しそうな顔で『お父様たちももう帰っちゃうんだよね』等呟かれたら、大抵の者はどうにかしてあげたくなるものです。
お夕食も一緒にされるそうですよ。
きっとすぐにアレックス様が回復されることをわかっていらっしゃるのかとも思いますが」
「そうか」

一緒にピアスを見せたい、ともレンが言っていた。
師匠は師匠で、気に入った人間に対しては情が深い。
俺のことも、レンのことも、だ。

「レン様のところへ行かれますか?」
「ああ」

立ち上がっても、立ち眩みなどせず、状態はいい。
思った以上に回復が早い。

「そのピアスは、魔力の循環を多少は調整してくれるようですね」
「そうなのか?」
「ええ。ですが、もうおやめください。
何をおやめくださいと言いたいかは、全てを語らずともご自分でわかっていらっしゃるかと思われますが、そうでないなら───」
「わかったわかった、気を付ける」
「気を付ける?」
「や、もうしない」
「なら、結構」

本当に、セバスには俺の考えてることが手に取るようにわかってしまうらしい。
嘘も誤魔化しも通用しない相手だ。
だからこそ、頼もしくもある。
あるんだが。

もう少し、ほんの少し俺に対して寛大になってもいいんじゃないか?とも思っちまう。
レンに対する厳しさと俺に対する厳しさは全く度合いが違う。
や、逆じゃないだけマシか。
俺に甘く、レンに厳しいよりずっと良い。
……コレ、前にも何度か思ったか。

レンをこの手で早く抱きしめて、安心させてやりたい。
ああ、安心したいのは、俺の方かもしれないな。
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