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本編

-399- 最終調整

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「よくお似合いですよ!」

セオが僕を見て満足そうに頷く。
ティッセルボナーの店長さんとお針子さん二人と三人が来てくれて、出来上がったスーツに袖を通す。
着替えはセオが手伝ってくれて、店長さんが少し距離のある場所から全体を確認して、お針子さん二人が調整する態勢だ。

お針子さんは笑った時の笑顔が似てるから親子なのかな?って思ったら、やっぱり親子だった。
領都でお針子を目指す人なら、ティッセルボナーのお針子は憧れの職場らしい。
お給金が良くて、お休みも週に一度ある他に、季節ごとに長期のお休みがちゃんとあって、なりたてから3年間は家が遠くても寮に入れるという。
エリソン侯爵領の領民でなくても、実力があれば紹介を貰って働けるから、良いお針子さんが揃っているのだとか。

僕が聞いても、にこにこと二人が答えてくれるからつい、色々と聞いちゃう。
ふたりはお針子の仕事に誇りを持っているし、とても楽しそうにしているし、僕にも委縮せずに接してくれる。
選ばれてここにいるんだろうから、このふたりは、お針子としても人としても、とても優秀なんだろうと思う。

「エリソン侯爵領で農家をしていると産休があるって聞いたけれど、ティッセルボナーも産休制なの?」
「そうなんです。ですからこうして母と一緒に勤めることが出来ています」
「そっか。素敵な職場だね」
「ええ、とっても」

「んー……ズボンの裾は気持ち分下げてちょうだい」
「はい」

話ながらも、店長さんの指示でほんの少しずつ詰めてくふたりの手つきはプロそのもので手際がとてもいいし丁寧だ。
それに、シャツの時もだけれど、さっきから、“気持ち分”だとか“少し”だとか言う指示なのに、意図したとおりに動けるところが凄い。
ほんの数ミリの世界だ。

僕には違いがあんまり分からないけれど、店長さんとセオが直した後はより笑顔になるから、はたから見ると違いがあるんだろうな。

「帝都ですと子供を授かると一度仕事を辞さないといけないところが殆どのようですよ。
勿論、領都であっても全ての店がそうとは限りませんが」
「良いお針子をよそへ手放したくはありませんので。お店にとってもお針子にとってもどちらにも良いことだと思っています」

ここで初めて店長さんが産休に対して意見を言ってくれた。調整が終わって、次の服に着替えるタイミングだからかな?

産休の間、お給料が出ないところもあるみたいだけれど、ティッセルボナーは少しだけお給金も出るようだ。
こういう話は中々聞けないと思うし、こうして働いているお針子さんから直に聞けるのはより貴重だ。
服の仕上がりより、こっちの話の方に興味を持っちゃう。

服の仕上がりや微調整は、もうセオにお任せしようと早々放棄したのもある。
僕はもう着せ替え人形状態だ。

「ああ、良いですね!凄く可愛いです。このシャツにして正解でした」

三着目を着たところで、セオがにこやかに告げてくるので僕も全身の鏡で確認する。


本当だ。
セオが選んだシャツもスーツの上下も、僕の中世的な顔にもの凄ーく似合ってしまった。
デザインを見た時には、ペプラムのシャツなんて、ちょっと裾のフリルが多いんじゃないかな?なんて思ったのに。
メイクのせいで、より甘い感じになった僕にぴったりだ。

逆に、僕くらい中世的な顔をしていないと、このデザインは似合わないんじゃないかな?と心配になるくらいだ。
でも、ペプラム自体は選ぶ人が多いらしい。
袖は、もっとふんわりしたものが選ばれることが多いみたいだけれど。
細い腰がより細く見える気がする。

この服を着て、カッチリとした男性的なスーツ姿のアレックスの横に立ったら、凄くいい気分になれそう。

「ええ、ええ、本当に。とても良くお似合いです」
「ここまでしっくりと着こなされる方はそうそういらっしゃいませんわ」

次々と称賛が入り、僕も、そうかな?なんて、煽てられてついつい良い気になっちゃう。

「こちらは丈も幅も良さそうですね。つれたりしていませんか?」
「うん、大丈夫だと思う。あんまりぴっちりだとご飯食べられなさそうだし」

ゴムもないし、生地自体に伸びがないからこのハイウエストなパンツだとあんまりぴったりなのもどうかな?って思う。
さっきの二つだって深めなのに、このスーツのズボンは更にハイウエストだ。
「食べるためのお洋服じゃありません───失礼します。……まだ余裕ありますね」

セオが僕のウエストを確かめて驚いたように目を見張る。
まあ、細いのは確かだし、少し余裕があるのも確かだ。

「でも着て食べるでしょう?さっきの二つよりも更にハイウエストだし、これ以上詰めたくない」
「んーそうですね……」
「それに他のシャツと合わせることもあるかも知れないでしょう?もし詰めちゃうなら、お腹のボタンが飛んだ時セオのせいにするよ?」
「っはは。わかりました、これはこのままにしましょう」
「うん」

良かった、セオが折れてくれた。
ダメな時はダメだって言うはずだから、見た目的には問題なかったんだと思う。



「明後日、本日と同じ時間にお渡しできますが、いかがでしょう?」
「是非お願いします」

見送りは、セバスとセオと一緒に僕もホールで行った。
しなくても良いとは聞いてるよ?
でも、とても良くしてもらったし、どう考えたって優先して作ってくれたんだろうし、なにより僕がそうしたかったからだ。

明後日と言ったら、午後はエリー先生のお家にお邪魔する日だ。
セオが是非、と言ったのはそのせいかな?
セバスも大きく頷いてる。

もっと普段着でいいんじゃないかなーと思ったけど、理由があるにしろ、伯爵家にお邪魔するのだから、訪問の際にはそれなりの服装マナーがあるみたいだ。

「上には上がいらっしゃることをお見せするに良い機会です」
「爺さま、ハワード伯爵の家令と仲悪いよねー」
「え、そうなの?」

家令と仲が悪い、なんてことあるのかな?どちらも基本家から出ないと思うんだけど。

「いいえ、あちらが何かと目の敵にしているだけですよ。学生時代、あちらが1つ先輩でした。更に私の方が身分が下であったのにも関わらず、侯爵家に勤めることになったのをずっと根に持っていまして。息子に譲らずしぶとく家令を貫いてるようですね」
「そっか」
「レン様のお姿を見れば完敗することでしょう」

鼻息荒くしてセバスが言うけど、二人ともまだまだ元気で、自分のご主人様のことが大好きなんだなろうなーとしか思えなかった。

うん、張り合うことじゃないよね。
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