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本編
-393- 本日最後の アレックス視点
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夕飯も問題なく終えて、本日最終の仕事へと取り掛かる。
笑顔のユージーンに出迎えられたが、今日は気分が良い方の笑顔だ。
例え彼の手によって俺の仕事が増えようとも、俺のやることは変わらないし、想定内だからだ。
だが、中々思うように進まない。
手が動かないのは、修復作業に難航しているわけじゃない。
帰った後のことで頭がいっぱいだからだ。
人生で何度目かの難解な壁にぶち当たっているに違いない───
夕飯時は良かった。
俺が帰った後、ピアノと歌を披露しただとか、魔力の循環が前より良くなって少しずつ魔法も上達してるだとか、空間収納を教わったことなどを嬉しそうに
話してくれた。
15時のお茶の時間は、レンは自分のことよりも師匠とナギサに話をふっていた。
ナギサは学びに来ている身なのだが、それでもレンからしたら、もてなす心があるのだろう。
や、ただ単に、優しいだけかもしれないな。
俺が今日の授業はどうだったかを聞くと楽しそうに話をしてくれるわけだから、自分から話すのが苦手というわけではないはずだ。
はじめのころは、『アレックスは宮廷でどんな仕事をしてるのか聞いても良い?』と俺の仕事のことを色々聞いてくれた。
だが、今日は何をしたのか、この時間どうしていたのか、までは聞かれたことはない。
答えられないこともあったので正直助かっているが、俺の行動を把握したいという気持ちはレンにはないようだ。
対する俺はと言うと、レンの行動を逐一把握していたい。
思い切って、レン自身に今日は聞いてみた。
『レン』
『ん?』
メインの肉料理が出された時に聞こうと思ったのが良くなかった。
俺の顔を見た後、レンはすぐに料理へと釘付けになった。
嬉しそうに口元に笑みを深める。
仕方ないか。
今日も見ためにも美しい盛り付けで素晴らしい出来栄えだ。
レンが来てからというもの、皿の上が華やかになった。
今まで手を抜かれていたかと言われたら、そうじゃない。
ただ、俺の好みだけじゃなく、レンの好みそうなものへとアレンジが入っただけだ。
俺だけに作っていた時と違い、新しく作り甲斐があるのだろう。
人を満足させる料理を作ることに関しては、マーティンの上をいく者はいないと思っている。
味だけじゃなく、見た目にも、内容にも満足させる料理だ。
『レン』
『あ、ごめんなさい。何?』
『いや……レンは俺を窮屈に思ってはいないか?』
『窮屈?』
『ああ』
料理が新しくなる度ワインも変わる。
すべて綺麗に飲み干しているレンは、料理の量を調整していた。
横でワインを注ぐセバスは、無言でデキャンタを傾けていたが、何とも言えない目で俺を見るのはやめて欲しい。
少し、表現が曖昧過ぎたろうか。
『どこで何をするのか、何をしたのかを知っていたいと思ってしまう。
セバスやセオから報告を受けても、レンからもいつも話を聞いてるだろ?』
『窮屈には思わないよ?ちょっと心配性だなって思うけど』
そういや、セオからは、すでに心配性だと思われてる云々言われていたな。
少しおどけたように口にするレンは、それが駄目とは思っていないようだ。
『それに、聞かれない方が寂しいよ?
アレックスの仕事は僕が聞いちゃいけない部分もあるかもしれないけれど、僕に関してはアレックスに言っちゃいけないことって殆どないはずだから』
『そうか』
知らず緊張していたらしい。
レンの答えに、ほっとするくらいには。
『本日のメインには、白を選ばせていただきました』
話がひと段落してセバスがそっとグラスをレンの前に置く。
今日のメインがさっぱりとした塩味のとり肉料理だからか。
確かに、今日の肉ならば、白も悪くない選択だ。
まずはお楽しみくださいと、レンへ促すセバスはとても楽しそうだ。
ワインも紅茶も、選ぶのが元々好きなのだろう。
『わ、軽やか!爽やかで、すごく新鮮だね!
あ……ワインなのに新鮮っていう言い方は変かな?』
『いいえ、素晴らしい感覚でございます』
そう言って、セバスは出した白ワインの蘊蓄を語る。
レンは、面倒だろうに毎回興味深そうにしっかり聞いている。
そうやって聞くからまたセバスがつけあがるんだろうが……レンの負担になっていないならばいいが。
『そうだ、アレックス。お父さまから、転移魔法を教えて貰っても良い?』
『………』
駄目だ、とは言えない。
必要ないだろう、とも……言えないな。
『まだ早いんじゃないか?』
『そっかな?』
『転移魔法は少し場所がずれると思いもよらないところに出るんだ。
レンが知らないところに出てしまったら、大変だろう?
師匠は知ってて放る人だ』
あれは本当に良くない。
場所の特定を失敗したのが分かっていて、しばらく放っておかれた。
ガキの頃にそんなんされて、半べそかきながら真っ暗な森を歩き、しばらく歩いたところではたと気が付いた。
転移で戻ればいい、と。
戻ることには成功したが、泥だらけで涙目の俺を目にして師匠は面白そうに笑い飛ばしたんだ。
本当に性格が悪い。
『先に、防御魔法が良いと思うぞ』
『防御魔法?』
『ああ。空間を操る闇属性は、防御魔法、結界を張るのも適している。
レンは自身を鍛えているし、セオという優秀な専属従者がいるから、レン自身が回避することは容易だろう。
だが、俺がそばにいない時に、万が一一度に複数人を守りたいとレンが思った時には、防御魔法が役に立つ』
『そっか。うん、ならそうするね。ありがとう、アレックス』
『いや』
転移魔法を諦めさせたいばかりに、レンの気をひく魔法がそれだった、などとは言葉には出来なかった。
見送りの時間がやってきて、レンからの行ってらっしゃいの口づけを笑顔で甘受した時にはまだ良かった。
『今日は、早く帰って来るんでしょう?』
と期待に満ちた可愛い顔で問われたら、抗えない。
『ああ』
『約束したもんね』
『……そうだな』
レンがにこにこ顔で答えるのに対し、俺は歯切れの悪い返事を返すしか出来ない。
セバスの片眉がぴくりと器用に上がる。
問いただすのはやめてくれ?と祈りながら、宮廷へと戻った。
笑顔のユージーンに出迎えられたが、今日は気分が良い方の笑顔だ。
例え彼の手によって俺の仕事が増えようとも、俺のやることは変わらないし、想定内だからだ。
だが、中々思うように進まない。
手が動かないのは、修復作業に難航しているわけじゃない。
帰った後のことで頭がいっぱいだからだ。
人生で何度目かの難解な壁にぶち当たっているに違いない───
夕飯時は良かった。
俺が帰った後、ピアノと歌を披露しただとか、魔力の循環が前より良くなって少しずつ魔法も上達してるだとか、空間収納を教わったことなどを嬉しそうに
話してくれた。
15時のお茶の時間は、レンは自分のことよりも師匠とナギサに話をふっていた。
ナギサは学びに来ている身なのだが、それでもレンからしたら、もてなす心があるのだろう。
や、ただ単に、優しいだけかもしれないな。
俺が今日の授業はどうだったかを聞くと楽しそうに話をしてくれるわけだから、自分から話すのが苦手というわけではないはずだ。
はじめのころは、『アレックスは宮廷でどんな仕事をしてるのか聞いても良い?』と俺の仕事のことを色々聞いてくれた。
だが、今日は何をしたのか、この時間どうしていたのか、までは聞かれたことはない。
答えられないこともあったので正直助かっているが、俺の行動を把握したいという気持ちはレンにはないようだ。
対する俺はと言うと、レンの行動を逐一把握していたい。
思い切って、レン自身に今日は聞いてみた。
『レン』
『ん?』
メインの肉料理が出された時に聞こうと思ったのが良くなかった。
俺の顔を見た後、レンはすぐに料理へと釘付けになった。
嬉しそうに口元に笑みを深める。
仕方ないか。
今日も見ためにも美しい盛り付けで素晴らしい出来栄えだ。
レンが来てからというもの、皿の上が華やかになった。
今まで手を抜かれていたかと言われたら、そうじゃない。
ただ、俺の好みだけじゃなく、レンの好みそうなものへとアレンジが入っただけだ。
俺だけに作っていた時と違い、新しく作り甲斐があるのだろう。
人を満足させる料理を作ることに関しては、マーティンの上をいく者はいないと思っている。
味だけじゃなく、見た目にも、内容にも満足させる料理だ。
『レン』
『あ、ごめんなさい。何?』
『いや……レンは俺を窮屈に思ってはいないか?』
『窮屈?』
『ああ』
料理が新しくなる度ワインも変わる。
すべて綺麗に飲み干しているレンは、料理の量を調整していた。
横でワインを注ぐセバスは、無言でデキャンタを傾けていたが、何とも言えない目で俺を見るのはやめて欲しい。
少し、表現が曖昧過ぎたろうか。
『どこで何をするのか、何をしたのかを知っていたいと思ってしまう。
セバスやセオから報告を受けても、レンからもいつも話を聞いてるだろ?』
『窮屈には思わないよ?ちょっと心配性だなって思うけど』
そういや、セオからは、すでに心配性だと思われてる云々言われていたな。
少しおどけたように口にするレンは、それが駄目とは思っていないようだ。
『それに、聞かれない方が寂しいよ?
アレックスの仕事は僕が聞いちゃいけない部分もあるかもしれないけれど、僕に関してはアレックスに言っちゃいけないことって殆どないはずだから』
『そうか』
知らず緊張していたらしい。
レンの答えに、ほっとするくらいには。
『本日のメインには、白を選ばせていただきました』
話がひと段落してセバスがそっとグラスをレンの前に置く。
今日のメインがさっぱりとした塩味のとり肉料理だからか。
確かに、今日の肉ならば、白も悪くない選択だ。
まずはお楽しみくださいと、レンへ促すセバスはとても楽しそうだ。
ワインも紅茶も、選ぶのが元々好きなのだろう。
『わ、軽やか!爽やかで、すごく新鮮だね!
あ……ワインなのに新鮮っていう言い方は変かな?』
『いいえ、素晴らしい感覚でございます』
そう言って、セバスは出した白ワインの蘊蓄を語る。
レンは、面倒だろうに毎回興味深そうにしっかり聞いている。
そうやって聞くからまたセバスがつけあがるんだろうが……レンの負担になっていないならばいいが。
『そうだ、アレックス。お父さまから、転移魔法を教えて貰っても良い?』
『………』
駄目だ、とは言えない。
必要ないだろう、とも……言えないな。
『まだ早いんじゃないか?』
『そっかな?』
『転移魔法は少し場所がずれると思いもよらないところに出るんだ。
レンが知らないところに出てしまったら、大変だろう?
師匠は知ってて放る人だ』
あれは本当に良くない。
場所の特定を失敗したのが分かっていて、しばらく放っておかれた。
ガキの頃にそんなんされて、半べそかきながら真っ暗な森を歩き、しばらく歩いたところではたと気が付いた。
転移で戻ればいい、と。
戻ることには成功したが、泥だらけで涙目の俺を目にして師匠は面白そうに笑い飛ばしたんだ。
本当に性格が悪い。
『先に、防御魔法が良いと思うぞ』
『防御魔法?』
『ああ。空間を操る闇属性は、防御魔法、結界を張るのも適している。
レンは自身を鍛えているし、セオという優秀な専属従者がいるから、レン自身が回避することは容易だろう。
だが、俺がそばにいない時に、万が一一度に複数人を守りたいとレンが思った時には、防御魔法が役に立つ』
『そっか。うん、ならそうするね。ありがとう、アレックス』
『いや』
転移魔法を諦めさせたいばかりに、レンの気をひく魔法がそれだった、などとは言葉には出来なかった。
見送りの時間がやってきて、レンからの行ってらっしゃいの口づけを笑顔で甘受した時にはまだ良かった。
『今日は、早く帰って来るんでしょう?』
と期待に満ちた可愛い顔で問われたら、抗えない。
『ああ』
『約束したもんね』
『……そうだな』
レンがにこにこ顔で答えるのに対し、俺は歯切れの悪い返事を返すしか出来ない。
セバスの片眉がぴくりと器用に上がる。
問いただすのはやめてくれ?と祈りながら、宮廷へと戻った。
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