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本編

-391- 穏やかな時間 アレックス視点

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オリバーとアサヒへ了承を貰ってからは、より仕事が捗った。
もう俺の中では決定事項として店の予約も話も進めてしまっていたから正直助かったが。

毎度合わせてくれていることに慣れるのも少し考え物だな、と少しだけ反省する。

『いつでも歓迎しますよ?時間がある時に自由にお越しください。ここは元々あなたの家なのですし、私も次に会えるのを楽しみにしています』と穏やかに笑顔を向けられたことを思い出す。
もし、傍にユージーンかコナーがいたら、また言動を注意されているに違いない。
少しでも気がある奴だったらその気になっているだろう。
実際あちらの使用人であるタイラーからは、移り住んだ直後にオリバーのいないところで直接問われたこともある。

少しもその気はなかったのでそのように伝えてたが、もし俺の属性が闇でなければ、あの時の心内も変わっていたかもしれないなとは思う。

……や、今そう思ったところでオリバーは親友以外の何者でもないし、俺にもオリバーにもようやく心から愛せる者を得たのだ。
もし、なんて架空の話はいらない、か。

ともかくその言葉に甘えて、オリバーのところへは時間が空いた時にふらっと立ち寄っている。
あれから言葉通りいつでも歓迎してくれている親友がいることに感謝するばかりだ。


っと、もうこんな時間か。
セバスの呼び声よりも先に昼の時間に気が付けたことに、自分自身を褒めてやりたい。
レンのこととなると根掘り葉掘り聞きたい俺は、出来るだけ帰宅時間より先に、セバスとの時間を取ることが増えてきた。
場合によっては、セオも、だ。
ふたりからそっくりな呆れた視線を浴びるが、気になるのだからしょうがないだろう。

そう伝えたところで、『そんなに気になるのでしたらご自身でお聞きした方が良ろしいかと思いますよ?関心があることが愛情の一つとも言うでしょう』と言ってきたのがセバスで、『レン様にはすでに“心配性だ”と思われていらっしゃいます。そんなに気になるのでしたらレン様自身にお尋ねください』と言ってきたのがセオだ。
因みにふたりとも、そんなにの、“そん”と“なに”のあいだにやたらと間があった。

だが、レンとの時間は、俺の聞きたいことよりもレンから話したいことを聞きたい。
それに、懐が大きく見せたいのが男というものだ。
レンには、俺自身が狭量なことをなるべくなら見せたくない。
そう。
見せたくないのだが、あんな夜を過ごして『なんでも一つだけ』を口にしてしまうほどには、心が狭い。

『なんでもひとつだけ』はもうこれきりになるよう気をつけなくては。
祖父さまが幾度となく口にして、都度、嬉しそうにも後悔していたのを見てきたのだ。
同じ道をたどってはマズい。


「お帰りなさいませ」
「ああ、今戻った。どうだ?」
「………レン様でしたら、何の問題もなくお過ごしでございましたよ」
「そうか」

ため息まじりに伝えられても、もう何も言うまい。
主相手にいかがなものかと思うが、セバス相手に口で勝とうとは思えない。
それに顔に出るのは、隠し事を出来ないと言う点で美点でもある───などと良い方へと転換しつつ、セバスの話に耳を傾ける。

『そうか』と言いつつ、それで?と聞かずとも、午前中のレンの様子を程細かに教えてくれる。
セバスの目の届かないところは、セオの意見も交えながら、だ。
こういうやり取りになってしまうのは、祖母さんに似たのかもしれない。

レン自身に目を向けてやることや話を聞いてやることも大切なのはわかっている。
それを疎かにしないように、と毎回セバスに注意されているし、今日もまた同じようなことを告げられる。


「わかったわかった。他に俺が気に留めておくことはないな?」
「一点だけ。校外学習の件で、レン様に警備隊長へ一筆お書き頂きましたので、そこだけは」
「……直接会うのは絶対に俺のいる時にしてくれ、とだけ伝えておく。あの方だけは、お前の他にセオとジュードとレオンの三人いてもまだ足りない」
「心得ておりますとも」

悪い人ではない。
領民にも慕われているし、この人についていこう、と思えるカリスマ性を持っている。
剣の腕は帝国内においても三本の指に入るだろうし、エリソン侯爵領という穏やかでゆるい領内を守らせるのはもったいないと思うほどの腕だ。
本人はそんなことをもろともせず、うちの領を気に入ってくれているし、辞める気も出る気もさらさらない、と幾度と誘いを断っているのも知っている。
力技だけじゃなく、人の心理を読むのにも長けているので、相手の先を上手く読む。
それが、人間であろうと、獣であろうと、魔物であろうと関係ない。
ドンピシャであたりを引いてきた男だ。

だが、一つ、難点があった。
恋愛面において、手癖がすこぶる悪い。
相手に決まった恋人がいようとなかろうと、ちょっかいをかけては、相手が落ちたら手をつける。
本当に、そこだけはどうしようもないおっさんだ。

しかも、非常に面食いである。
すれていない美人が好き、というとてつもなく面倒な好みをしている。
相手が本気になっては何人も泣かせているらしいが、そいういう相手なのですぐに寄り添ういい男がくる……や、周りが上手く充てがっている、が正しいか。
副隊長に何度も何度も注意されても繰り返すほどには、面倒なんだ。

会えば、セオにもちょっかいをかけている。
セオは、黙っていたら美人ではあるし、すれていない。
実際は長く付き合う恋人がいるのだが、反応がいちいち隊長好みなんだろうな。

だが、本人が本気で嫌がったり迷惑したりするほどじゃない。
そこは、本当に見極めが上手く、だからこそ強く出られないようだ。

手癖が悪い上に、容姿は整っていて、警備隊の隊長という魅力的な男なのがまた質が悪い。
まさかレンへ手を出すとは思っていないが、俺の目の届かぬところで初対面を果すことなどあってはならない相手だ。
ひとつ心配事が減ると、ひとつ増える。
そんな状態だ。



だからだろう。
レンとの時間は本当に癒される。

ダンスも少しずつ慣れてきた。
レンがじゃない、俺がだ。


「───はい、おしまいです」
「ありがとう、アレックス」
「俺の方こそありがとう。少しはマシになった気がするな」
「及第点でしょう」


すぐに厳しいセバスの評価が入るが、今日は一度しか注意を受けていなかった。

「アレックスとだと、凄く楽しいけれどドキドキするから慣れるのが大変かも」
「レン様は非常に美しく踊られていますのでそのままで大丈夫かと思われますよ」
「そうかな?」

すげー可愛いレンの返しを、セバスが綺麗に邪魔してくれる。
ふたりきりであったら甘い時を過ごしたいくらいだが、セバスはそうはさせなかった。

まあ、当たり前か。
昼食時間の前の短い時だ。
俺の考えなどお見通しだと思われていそうな視線に、一度言葉が詰まってしまう。



その後も穏やかに時間が流れていった。
午後にやってくる師匠とナギサの話や、行きたいと言っていた孤児院の話がメインだ。

もうすっかり今夜のことは忘れているんじゃないだろうか?
そんな期待がちらりと過る中、レンの甘い口づけを甘受し、宮廷へと転移する。


午後の仕事も捗りそうだ。
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